現在リリカルなのはの二次創作と日記を掲載。そのうちオリジナルの恋愛物も書くかも……
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空の少年22~命の軽さ~
「跳べる?」

「大丈夫です。座標も送ってもらいましたし、そう距離もありません」

サリエルに演算支援を頼めば、それこそ一瞬で行ける。

リンディの問いにクイントから伝えられた場所を設定しながら黒煉は答えた。

「私も行くから、少し待って」
告げるとリンディの足元に円形のミッド式魔法陣が現れた。プログラムを一見すれば何かしらの医療魔法の類だと分かったが、その方面にはあまり精通していない黒煉には直ぐには判断出来なかった。術式が発動して数秒もすれば、程良く上気していた彼女の顔色が一瞬真っ赤になった後、大きく息をつくと普段の状態に戻っていた。シャツのボタンを更に開け、片手で胸元をバタつかせて風を送り込んでいる。今まで以上に胸の谷間が顕になり、レースのあしらわれたライムグリーンの何かがチラチラと見えて、黒煉としてはいろいろ勘弁して欲しかったが、何をしたか理解して目を瞬かせた。

「……アルコールを抜いたんですか?」

肝臓の働きを活性化させてアルコールをアセトアルデヒドへ、更に酢酸へと酸化させ、加えて血流速度を上げることで筋肉へと運んだ後、電気信号を通して筋肉を収縮させ強引に炭酸ガスにしたのだ。通常の医療魔法も、肉体の自然治癒力を加速させるものが多くあるため、やってやれないことはないだろう。

「成人前の子に教えたり見せるのは御法度なんだけどね。なんだかんだで身体への負担も大きいし」

まったくもってその通りだ。これがあればほとんど飲酒してもバレないことになる。

だが、管理局の武装隊の人間にはある意味必須の魔法だろう。非番でも出動せざるをえない場合はいくらでもある。そんな時に酒飲んでるので出張れませんでは正直話にならない。そして彼女の言うように、通常の分解の過程を外部から強引に加速させるため、臓器へ負担もかかり、酢酸が炭酸ガスになる際にはそれなりの熱も発生し、それを下げるために発汗もさせるようだ。

「それでも思考能力が低下したままよりはマシね」

リンディの言葉はもっともだが、それは自らの任務であるときの話だ。今彼女が現場に向かうことに黒煉は躊躇いを覚えた。ただでさえ陸と海は犬猿の仲だ。クイントから話を聞く限りは、どうにも色々と裏の有りそうなきな臭いの事件だ。その場に前線を退いたとはいえ、実質海の総務部門トップが介入するというのは下手に軋轢が増しかねない。加えて──

(──おそらく、俺個人や引いてはフェイスに対する陸の印象が一気に悪くなる──)

彼はこの数分の間で、ひどく打算的なことを考えていた。クイントの要請に応じて黒煉がこの事件の鎮圧に協力して、見事それを成し遂げれば陸での評価はかなり上がるだろう。だがそのためには、総務統括官であるリンディの存在が”邪魔”だった。

そうしてそんな考えをする自分に腹が立ち、強くまぶたを閉じた。今の彼があるのはリンディのおかげだ。そして彼が今目指しているのはリンディとの約束を果たすための場所だ。それなのに、彼女の存在を蔑ろにするのは本末転倒だった。

「……ごめんなさい、また貴方を悩ませているわね」

黒煉の頭に、暖かい感触が伝わってきた。瞼を開き、視線を上げればそこにはリンディの腕があった。ゆっくりと髪を撫でる手のひら。

「そんな顔をさせるために、貴方を頼った訳じゃないのにね……」

それまでに比べると、どこか沈んだ声。黒煉に対する申し訳なさが滲み出ているようだった。

その声音は彼の胸を締め付けるが、その手の温もりは彼の心を落ち着かせた。

「なんだか、俺いつも頭撫でてもらってばっかりですね」

リンディにはこの先どれだけ経とうとも、どれだけ自らが成長しようと頭が上がることはないんだろう。苦笑しながら、彼女のわずかな思いやりだけでこんなにも浮かれてしまう自分自身が、あまりにも滑稽でおかしかった。

もっとわがままになろう。欲しいものを我慢するのは止めよう。もっと欲張りに生きよう。

どうしても取りこぼすものは出てくるだろう。それでも求めることを諦めなければ、より多くのものを得られるはずだ。

「行きましょうか」

リンディの返事も待たず、黒煉は転移魔法を発動させる。特殊な支援を受けた魔法は、効果を発揮するまでのラグも大幅に短縮する。

数瞬のうちに二人の姿は光の中に消え去っていった。















目的地へたどり着くまでのわずかな間、黒煉はこれから首を突っ込む事件に意識を向けた。

(ミッドチルダで質量兵器によるテロ、しかもご丁寧にAMFまで張り巡らされている……か)















魔法少女リリカルなのは 空の少年 22

 ~命の軽さ~















一旦白に塗りつぶされ、新しく描き直された風景が黒煉とリンディの視界に入り込む。一番初めに認識したのは夜空の黒。周辺のものよりも高い建物の屋上だ。だが、黒煉の方には直ぐに訝しむような表情が浮かんだ。

「どうかしたの?」

その様子に気づいたリンディが声をかける。

「出現位置がおかしいんです。本当なら作戦本部のもっと近くに転移できるはずなのに……」

おそらく事件による火災か何かだろうが、この位置からも煙が見えるがそれが遠すぎる。彼女の質問に応えながら、今しがたの転移魔法のログを洗い直すために端末を展開した。発動までは問題なかったはずだ。設定もクイントから伝えられた場所とも一致していた。

『申し訳ありません。おそらくAMFの影響でしょうが、転移先に現出用のゲートを正常に構築できなかったため、私の独断で場所をずらしました』

ファイルを開いたところで、それに目を通す前にサリエルが静かに声を上げた。念話ではなく、魔力を使って擬似的に電子音声を合成していた。身近にいる複数人で話をするには、わざわざ念話を使うよりもこちらの方がやりやすい。

そんな彼女の言葉に黒煉は考えた。別段、彼女の判断を非難しようというわけではなかった。転移魔法というのは非常にデリケートで扱いには細心の注意を払わなければいけない。実のところ、転移の原理がはっきりと解明されてないのに実用化されているのだ。魔導研究者によっては、時空間の隙間を移動しているだとか、自分の情報をいったん分解して目的地で再構築するとか、人口ワームホールを創りだしてそこを通っているとか、論文は多岐に渡る。通常の魔法というものは、ミッド式とベルカ式でそれぞれに合わせたプログラム術式を組んでいるが、転移魔法については全く同じものが伝えられている。魔法が二つに派生する前の根本的な原初魔法の時代から変わっていない可能性もある。おそらく理論が失われて術式だけが残り、使えるから使っているだけなのだろう。リンカーコアと一緒だ。

そういう非常にデリケートな魔法のため、出発地点と出現地点の設定は注意しなければならない。AMFが展開されていて魔力が阻害されたままゲートを構築して、なにか問題があった場合洒落にならない。その点において、サリエルの判断は実に正しかった。

作戦本部はAMFの展開範囲外に置かれているはずだが、それでも微弱ながら影響を受けているのだろうか。それとも少しずつ展開範囲を広げられているか。

「ここからは足で行きます。飛行魔法を使うにしても、地上本部の管制と許可をとるのは面倒です」

「私もその方がいいと思うわ」

フェイスが正式に稼動していない今のこの時点で、黒煉は管理局においてなんの権限も持ち合わせていない。管理局に籍は置いているが、現状では本局にいるレヴェントン付の一空士でしかない。隣にいるリンディについても権限自体はかなり上層にいるが既に現場を離れた身であるため、海の人間であることに関係なくここで強引に口を出せば越権行為に当たる。

「光学迷彩を使った上で、建物の屋根の上を渡って行きましょう」

足で跳んでいくにしても目立つのは拙い。以前カリムと初めて会った時に彼女を運んでいったのと同じ手段をとるのが無難だろう。リンディのその提案に、黒煉は身体強化を施すことで答えた。彼女もすぐに足元に魔法陣を描く。

二人で現場に近づくにつれて、徐々に喧騒が大きくなっていくのが分かった。武力攻撃からはある程度時間が経っているせいか悲鳴は聞こえないが、急拵えの野戦病院や物資の搬入班から聞こえる怒号、家族を探す悲痛な叫びが耳を打った。



「確認がとれていない安否不明者がまだ50人はいます! もっと捜索チームに人数を回せないんですか!!」



「追加の薬はまだ届かないのか!? 地上本部が遠いってんなら、そこらの民間病院からでも徴発してこい! 人が死ぬよりマシだろ!!」



「なあ、あんた! 俺の娘を知らないか!! どこにも見当たらないんだ!!」



だが、見る限り阿鼻叫喚というほどではない。巻き込まれた民間人の数自体はそう多くないようだった。都心部から距離があったおかげだろう。

(不幸中の幸い……と言ったところか)

ある程度距離が無くなってきた頃合いを見計らって、屋上から地上の路地へ一息に飛び降りる。周囲に影響が及ばないよう、着地の瞬間だけ重力制御の魔法を使用して衝撃を抑え、広い通りに出る前に光学迷彩を解除した。

どこかで水道管が破裂したのだろうか、地面から水が吹き出して周囲のアスファルトを濡らしており、それもどんどん拡がっていっている。その水も見れば所々に朱が混じっている。正体は考えるまでもなかった。

「これだけの規模の事件が起きていて、まだ本局側に詳しい報告が上がってきていないなんて……」

実際の現場で予想よりもひどい状況を目にして、リンディは顔を顰めた。

クイントから連絡があってから、彼女の方でも本局のサーバーにアクセスして詳細を調べようとしたが、分かったのはテロの可能性もある爆破事件が起こったという簡潔な報告履歴のみだった。解釈によっては服務規程に抵触する可能性もかえりみず、あえて情報を地上本部の中で処理して本局には上げない。上げたとしても、全てに決着がついてからの事後報告になるのだろうか。黒煉も情報処理の専門家であるフラヴィアとフルヴィアに簡単な調査を頼んだが、得られたものはそれまでと大して変わらなかった。

予期せぬところで陸と海の軋轢を目の当たりにして眉を顰めたところで、二人に向かって怒声が飛んできた。

「そこの二人っ、どこから入ってきたんだ!! ここは警戒区域だ! 野次馬の相手をしている暇なんて無いんだよ! さっさと出ていけ!!」

それに振り向けば、管理局支給のストレージデバイスにプリセットされたバリアジャケットに身を包んだ陸士の姿があった。確かに今この場で黒煉とリンディは酷く場違いな存在だった。周囲にいる者の大半が地上本部の陸上警備隊の人間で、人によって多寡はあるが皆武装している。民間人の姿もかろうじて見受けられるが、大なり小なり第一波の攻撃で被害にあった人達である。そんな中、ほとんど汚れのない整った身なりの人間が事件の発生現場とは逆方向から走ってくれば、それは野次馬と思われても仕方のないことだった。

だからといって野次馬なら怒声を浴びせても許されるかというと別問題だが、この逼迫した状況下だ、情状酌量の余地は多分にあるだろう。わざわざ反論するよりも、淡々とこちらの状況を説明した方がことは早く進むだろうと判断したため、身分証明の管理局IDを展開しながら件の陸士に近づいていった。立場を明かしてクイントへの取次を頼もうとしたのだが、

「申し訳ありません。アイズ・レヴェントン提督付の二等空士、天神黒煉です。先程、クイン────」

その言葉を言い切る前に胸倉を掴まれた。続いて先程とは比べ物にならないほど怒気に満ち満ちた叫びが辺りに響く。

「本局の犬がここに何のようだ!? 海の提督の権力を傘にきてコソコソと何をしているか知らんがっ、知りたくもないがっ、俺達の邪魔をするんじゃねぇっ!!」

ほとんど抵抗する間もなく振り払われた男の右手が、黒煉の右頬を強かに打ち据えた。いくら黒煉が年齢を考えれば平均よりも恵まれた体格とはいえ、大の大人の男には叶うべくもない。加えて訓練された管理局員の腕だ、そんな軽いものではないはずだ。

リンディは驚愕に目を見張るが、周囲の局員達も取り立ててその男を止めようとはせず、むしろ程度の差こそあれ同調するような空気が漂っていた。内々で進めていることとはいえ、既にフェイスのことは噂程度には話が広がっている。まだまだ根回しが途中段階で、それが黒煉に対する敵対感情を増幅するように働いているのだろう。予想されていたことだが、リンディも黒煉自身もそれを直接受けるのは初めてだった。

だがそんな平手にも黒煉は上体を僅かに揺らしただけで、地面に倒れることはなかった。勢い俯いた体勢のまま何かを吐き捨てると、地面はかすかに赤く滲んでいた。口の中を軽く切ったようだ。口元を拭うことなく、目の前の陸士に視線を戻す黒煉だが、先ほどまでの友好的なものとは違い、実に憮然とした顔つきになっていた。

「それに海の奴らが起こしたあの事件で、俺達がどんな思いをしたかわかっているのか!? 分かるわけないよなぁあいつらが生んだ人造魔導師様なんかにはよぉっ!!!」

次いで陸士の口から放たれた言葉に、リンディの意識が瞬間的に沸騰した。それは黒煉や彼女自身の娘であるフェイト・T・ハラオウンの存在を否定する言葉であり、

(っ、それを私達が口にしてはいけないっ……)

それ以上に管理局の人間が黒煉に言うことは許されない言葉だった。提督としての立場の自分と、黒煉を護る者としての立場の自分が綯い交ぜになった状態で、それを叱責する声を上げようとしたが、一瞬早く出た黒煉の言葉が場を支配した。

「あんたはどうして管理局員になったんだ?」

それは特別大きな声ではなかった。むしろ、事件で喧騒漂うこの場では小さすぎる声量だった。だが、それでもここにいるすべての人間の耳に届いた。

「何を言って──」

突然の問いに困惑し、逆に問いで返そうとした陸士の視界は、気付けば反転していた。

黒煉は胸倉を掴まれたままだった相手の右手を自らの両手で外から内に捻り、併せて同じ方向へ足を蹴り払う。それだけで陸士の体は面白いようにその場で回転した。捻った腕を抱き込みながら相手との体の位置を入れ替え、後ろから左手で相手の肩を軽く突き押す。瞬く間に黒煉が陸士を地面へ背後から押さえ付けて腕を極め、拘束する図が出来上がっていた。

「サリエル」

「お任せ下さい──《Stinger Snipe》──」

黒煉は静かに従者へ告げた。僅かなタイムラグも許さず主の背後に実体化した翡翠の従者はその手を掲げ、対応しようとした周囲の局員の足元に向けて魔力刃を射出して突き立てる。鋭さよりも抑止を狙って破壊力を選んだ刃は、刺さった場所を中心に大きな罅が奔っている。表面的には見えないが、若干その周囲が窪んだことを考えると、地面の深いところまで傷が行っているかもしれない。サリエルはその後も継続して足元に魔法陣を展開し、牽制を続けている。

「あんたらは、何かを守りたくて管理局員になったんじゃないのか?」

そう、黒煉は再び問い掛けた。今度は目の前で抑えつけている陸士だけでなく、周りの者皆へ問う形だった。

「少なくとも、俺は大切なモノを護りたくてこの場にいる。そして、それは貴方達も同じだと思ってる。じゃなきゃ不遇の陸上警備隊になんていない」

粛々と、淡々と、言葉を続けていく。

「確かに私利私欲のために管理局に入る奴だっていると思う。でもそんな奴らはこんな現場になんか出てこない。そんな奴ら会議室でスクリーンを見ているだけだ。そんな奴らこそ、見栄と意地の張り合いで助かる命も失わせるんだ。そんな諍い、現場に持ち込む必要ないでしょう」

感情がこもっていないからこそ、逆に受け取る側には感情的に聞こえることもある。落ち着いた声音は、それだけクリアに相手に届くのだ。

(これも結局のところ建前でしかないんだけどな、俺は俺の都合で管理局を利用する立場になるわけだし。しかし若干の打算も有ったとはいえ、勢いに任せて突っ走りすぎたか)

伝えたいことだけ伝えると、黒煉は躊躇いなく陸士の拘束を解き数歩後ずさる。サリエルも地面に突き立った魔力刃を消し去る。穿たれた穴に、辺りを覆っていた水が流れこむ。互いが互いに、自分達の思いと相手の主張に考えを深めていると、結果的にどちらも動くことのできない膠着状態になってしまった。どうやってこの状況を発展させるか悩んでいると、外から鶴の一声がかかった。

「────一体何の騒ぎだ?」

いや、鶴と呼ぶには野太く、力強いものだった。だがそれでも聞く者を萎縮させるのではなく、どこか安心感を与えるような暖かさの残る声色だ。その場にいた全員が声の出所に向かって振り返る。

まず目に入ったのは、190cmに届きそうな上背とそれに相応しく鍛えられて筋肉で覆われた男だった。ナイフで刈りましたとでも言わんばかりの茶色のざんばら髪に、なぜかそれに似合った無骨な表情が張り付いている。その隣には紫色の長髪に陸士の制服に身を包んだ女性と、黒煉をここに呼んだクイントが控えていた。

「お久しぶりです、グランガイツ一等陸尉、ナカジマ准陸尉、アルピーノ准陸尉」

「ああ」

「お久しぶり、黒煉君」

この巨躯の男が、地上本部首都防衛隊が誇るS+ランクのストライカー級魔導師、ゼスト・グランガイツ一等陸尉だった。数えるほどではあったが、黒煉は以前クイントに紹介されて直接顔を合わせる機会があった。その上背と視線の鋭さから誤解されがちだが、不器用ながらもその心根は穏やかで、平和を愛する人なのだと感じていた。

その隣に立つ女性は、クイントとともにゼストの副官を務める、メガーヌ・アルピーノ准陸尉。管理局内でもかなり珍しい召喚魔導師で、いつも穏やかな表情をしていて、性格も基本的に温厚なのだが、やはり陸の女だけあってやる時はやる人だった。

そのゼストが場に漂う緊張した空気と、そこかしこに残る魔力刃の痕から大体の事情を察したのだろう。リンディの姿を一瞥してから、だが特に言及することなく黒煉がこの場に現れた訳を部隊の者達に説明を始めた。

「二士を呼んだのは我々だ。この事件の鎮圧に協力してもらう」

「鎮圧というなら他の部隊に協力を要請すればいいでしょう。なぜよりによってコイツの力を借りるのですか」

それに異議を唱えるのは先程から揉めているあの陸士だった。だがそれもメガーヌの無慈悲な一言で一蹴された。

「他の部隊に協力を仰いでも無駄だからよ。あれだけの規模でAMFが展開されている以上、通常の隊員の頭数をいくら揃えたところで意味はありません。必要なのはAMF下でも強引に魔法を行使できる高ランク魔導師か……」

メガーヌが一旦区切った言葉を、並び立つクイントが引き継いだ。

「魔法に代わる戦闘技能を持つ者よ」

「俺達に必要なのは所属で揉めることではない。救う意志を持つ者達で協力することだ。そして二士には意志も、それを実現させる実力も備わっている。俺を信じろ」

上司の言葉に、陸士は言葉を失ってしまった。奇しくも、ゼストは先ほどの黒煉と同じことを告げていた。

ゼストは周囲を一瞥してから黒煉とリンディを促してその場を後にした。

作戦本部まではもうほとんど距離はなかった。ゼストらが先導して黒煉がそれに続き、リンディは更にその後ろに控えていた。サリエルは自分の役目が済んだのを察し、歩き始めてから直ぐに実体化を解いていた。本部への僅かな道すがら、周りに聞く者が居なくなるのを見計らって、ゼストは一度だけ謝罪をした。

「無様なところを見せてしまったな、すまない。あいつらも自分達が何をしなければならないかは理解している。だが、それを置いておくとしても怒りが勝るほどの確執が海と陸にはある。それだけは覚えておいてほしい」

「分かっています。だからこそ、振り上げた拳を簡単に下ろすことができないんでしょう。俺の方こそ、あの人には申し訳ないことを……彼の面子を潰すようなことになってしまいました。これは完全に俺の失態です」

「それは私達がフォローしておくから、貴方は気にしなくてもいいわ。それに、こんな馬鹿げたことを減らすために上に行くんでしょう。そんな貴方を支えてくれる人もいるんだから、もっと頑張りなさい」

クイントはリンディと黒煉の左耳に光るピアスに目線を送りながら、そう黒煉に告げる。

だが黒煉を支えているのはこの二人に限った話ではない。眼の前にいるクイントはもちろんのこと、口には出さなくともゼストも期待はしていたし、セラス、ランチア姉妹、アイズやヴァネッサもそうだ。意識していなかっただけで、彼を後押ししてくれている人間はそれなりの数がいる。そのことを彼は改めて認識した。

大通りから一本逸れた路地にある五階建てのオフィスビルに足を踏み入れる。地上本部が現場拠点として企業から一時的に建物を徴発したものだろう。慌ただしく、そして絶え間なく、人の出入りが続いていた。

ゼストに先導され、さらにその一角にある会議室へと通された。中には多いとは言えないがそれなりの数の人がいた。大半が情報管制だろう。引っ切り無しに通信回線を開いては閉じ、前線や他部署と連絡を取り続けている。だがそんな中、一際目を引く圧倒的な存在感を持つ男の後ろ姿が見えた。染めてはいるようだが若干髪に白いものが混じっていることからそれなりに歳を重ねているようだが、180cmを超える長身にがっしりとした体格と太い四肢、そして何より溢れ出る気迫が生気に満ちており、それを全く感じさせなかった。

「連れてきたぞ」

ゼストの声にその巨漢が振り返る。短く刈った茶髪に豊かに蓄えた髭、どんなものでも貫きそうな鋭い目。黒煉は全く想定外の人物を見つけて目を見張った。

(……レジアス・ゲイズ少将……)

そこにいたのは地上本部の幹部中の幹部だった。ヴァネッサと同階級だが、彼女のそれはSSSランクの後押しを受けたものだ。レジアスは古くから武闘派として名を上げたとはいえ、それほど高い魔導師ランクを持たないにもかかわらず少将という立場にまで上り詰めた傑物だ。何より魔力が重要視される次元世界では、それは厳しい道のりだっただろう。まだ正式に発表されていないが、近日中に中将に昇任し、正式な首都防衛隊代表に就任することが内定していたはずだ。

「貴様がクレン・アマガミか、資料越しではなく直接こうして会うのは初めてだな。知っているだろうが、地上本部首都防衛隊のレジアス・ゲイズだ。面と向かってみると写真よりもさらに幼く見えるが、大丈夫なのか?」

レジアスは黒煉を一瞥して簡単な形だけの挨拶をしてから、そのまま横のゼストとクイントに問いかける。

「お前もよく知っている資料にもあるとおりだ。彼のレアスキルは魔力に依存しない、我々の魔法とは全く異なる体系によるものだ」

「純粋な魔法のみの技術も申し分ありませんが、SS-という高い魔導師ランクも実質そのレアスキルに起因しています。現在、我々が最も必要としている戦力だと判断します」

ゼストはそのままに敬語も使わず、クイントは姿勢を正して敬礼をしながらレジアスに答えた。

レジアスは少しの間顎髭を撫でながら考えこみ、黒煉に向き直って言った。

「アマガミ二等空士、現在この区画でテロが起き、奴らがAMFを一帯に展開していることはナカジマ准尉から聞いているな。そこで貴様の力を借りたい」

「私はそのためにここ来ました。私にできる最善を尽くします」

「最善など必要ない、求めているのは結果だ。では詳細の説明をする」

レジアスが傍にいた管制官に指示を出すと、彼らの目の前に周辺の3Dマップが展開された。続いてその地図上に必要な項目が付け足されていく。

「この一帯は、民間企業の研究施設や生産工場が大半を占める工業区画だ。今から約三時間前、その中の一つの施設で大規模な火災が起きた。当初ははっきりとは分からずとも、おそらく工場の何かしらのラインで設備の不具合が原因だろうと予想されていた」

レジアスが語りながら、マップで一際明るく明滅する赤い光点が現れた。それが件の爆心地なのだろう。

「陸士部隊から消火と避難誘導のために、いくつか部隊を派遣した。特段、人体への有害なガスなどの発生も確認されなかった。沈静化したら、後はお決まりの捜査で決着すると考えていた。だが、二時間前に事態は急転した」

その言葉と同時に、一気に赤いマーカーの数が増えた。先ほどの流れから考えて、これはもはや事故ではなくなった。

「もうわずかで収拾する、そう思ったところで周辺で同様の爆発が立て続けに起きた。一帯に漂い始める火薬の匂い、炸裂音。作業にあたっていた局員が直接その目で現認した。これは爆発ではなく人為的な爆破、間違いなく質量兵器だ。その後、武装集団がひとつの建物を占拠し、立て篭もりをしている。奴らが今いるのは小型魔力炉の研究所だ。狙って暴走させれば、この一体を火の海にすることはおろか、地形を変えることもできるだろう。街全体を人質に取られてしまった」

マーカーの脇に、爆破された施設の詳細が次々と映し出される。

民間用のデバイス工場

魔導医療の研究施設

デバイスの次元世界間の輸出企業の事務所

そして小型魔力炉の研究所

軒並み、魔法技術関連の開発をしている企業の施設だった。

「──原理主義者──なのかしら?」

自分の素性を考えてあまり前面には出るべきではないとの判断から、作戦本部に来て以来ずっと沈黙を保っていたリンディが、そこで初めて声を上げた。その原理主義者という言葉に、黒煉は始め地球におけるキリスト教やイスラム教の原理主義者を浮かべたが、すぐに自分が今いるのはミッドチルダだと思い直し、執務官資格を取得する際に学んだ次元世界における思想史を思い出した。

原理主義者、ファンダメンタリスト

管理局の中ではほとんどの場合"自然科学原理主義者"を意味する。

多くの次元世界において、魔法文明が大きく栄え、科学技術の規模が縮小していったという歴史がある。魔法により、人々の文明が豊かになったのは間違いないが、そこには致命的な問題があった。魔法は、それを使用する人間を選ぶのだ。リンカーコアが無ければそもそも魔法を使うことはできない。リンカーコアがあったとしても、保有する魔力量には人によって大きな差がある。

そんな先天的に有無や差が決められる異能の力に基づいて形成された社会は、あまねく人々に対して果たして平等なのか。魔法文明を捨て去り、物理・科学だけで成り立たせるのが正しい社会の在り方だと主張するのが、自然科学原理主義だ。

「その通りだ。なかでも最も過激と言われる減点主義者が、今回のグループだ。現代社会は堕落したと否定し、魔法文明のないかつての理想社会に立ち返れと叫んでいる。具体的な要求がないことから、おそらく自分達の思想の示威行為だ」

実際にテロ行為にまで及ぶのは珍しいが、原理主義者は潜在的にはかなりの数がいる。元々は管理外世界だったが、何かのきっかけで魔法文明が流入した世界などは特にそれが顕著だ。彼らはそもそも種族として、ほとんどが魔力を持たない。またその主義主張と、リンカーコアを持たないという才能の問題から、彼らの武力行使はそのすべてが質量兵器によるものになる。

「その存在を確認した時点で、その場にいた陸士部隊が鎮圧に乗り出した。そこいらのテロリストが入手できる質量兵器などたかが知れている。質の海に、量の陸と言われていようが、これ程度のものならすぐに鎮圧できる、魔導師だからな。そう考えていたが、そこで予想もしない事態が起こった」

「AMF……ですね」

黒煉の言葉に、続いてゼストが答えた。

「ああ、ほとんどの隊員が防御魔法は愚かバリアジャケットすら展開することができなくなり、弾丸の雨にさらされた。避難の最中だった民間人も諸共だ。生き残った陸士で民間人を救出しながら、AMFの展開範囲外へ逃げ延びた。情報はすぐに地上本部へ上げられ、Aランクオーバーが多い俺達ゼスト隊に声が掛かったが、こちらとしても迂闊に手を出すことができない。そうして今の膠着状態に至る」

状況説明はこれで終わりなのだろう。レジアスはゼストが言い終わると同時に一息ついた。

「何か質問はあるか」

「一つだけ。ゼスト隊にはナカジマ准尉、およびアルピーノ准尉のAAランク魔導師二名がおり、グランガイツ隊長にいたってはS+ランクです。AMFが展開されているとはいえ、三名の高ランク魔導師ならこの状況下でも強引に魔法の行使が可能なはずです」

「唯のテロリストなら、その三人だけで事に当たらせただろうが、今回は相手は原理主義者だ。奴らは決して魔法を使わん。にも関わらず、AAAランクのフィールド魔法であるAMFが展開されている。魔導師とは異なる代替手段を用いているのだろうが、それが何なのか判断できん。そういう装置があるというのは聞いたことがあるが、可能な範囲で安全マージンを取っておきたい。そのためにナカジマを通じて貴様を呼んだ。貴様の持つレアスキル、”戦氣術”と”精霊術”を期待してだ。できるか?」

「──できます。ただし、ミッド式、ベルカ式のいずれとも全く異なる発動形態のため、直接戦闘になった際の連携は困難かもしれません」

「それはお前が気にする必要はない。陸の人間は魔法なしの白兵戦の訓練も重点項目に入っている。俺達ならある程度までは対応できるはずだ」

「問題はないな。ゼスト、ナカジマ、アルピーノ、アマガミのフォーマンセルで研究所に潜入してもらう。細かい判断は現場で任せるが、四人で概要だけでも作戦を固めて持ってこい。一時間後には開始できるようにしろ。以上だ」

伝えることだけ伝えると、レジアスは自らのデスクに戻っていく。ゼストらも出入口へと踵を返した。別の一室で打ち合わせをするのだろう。

それに続きながら、ふと黒煉はスクリーンに映し出された被害状況を見て呟いた。

「事件の規模に対して死傷者の数がこれだけで済んだのは、都心から離れた工業区画だからか。それだけが、不幸中の幸いか……」

特に誰かに投げかけたものではない。誰の反応も期待していない独り言だった。だが、それに反してレジアスから厳しい言葉が掛かった。

「不幸中の幸い、貴様は彼らに向かってそれが言えるのか?都心部ではなくて良かった、郊外だったお陰で被害者はあなた達だけで済みましたと。今日この時間この場所にいた者達にとって、どこかに幸いなど存在しているのか。

 不幸中の幸い、確かにその認識は指揮官としてはまずまずかもしれんが、人間としては屑だな。そして屑に部下が従うはずもない。貴様にはまだ上に立つ者としての資格はないようだな」

そんなレジアスの言葉に黒煉は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。近い将来にフェイスの代表になる身で、そんな人としての初歩的な価値基準を指摘されるとは思ってもみなかった。だが、何よりも正論と呼べる基準だった。

「しかし都合の良いことに今日の貴様は指揮官ではなくただの一戦力だ。作戦の準備に入れ」

何も反論することができなかった。歯を食いしばって己の浅ましさを呪い、黒煉は会議室を後にした。















 ◆◇◆◇◆◇◆















黒煉が部屋を出ていった後も、リンディは本部に残っていた。具体的な作戦を決める場に自分がいる訳にはいかなかった。だからといって、本部に彼女の席があるわけでもない。

身分を明かすわけにもいかず、どうしようか考えているとレジアスが彼女に声をかけた。

「まだ、人の上に立つ資格が無い……か。だが、あの二士にはそれが求められている。実に不幸なことだ。そうは思わんか保護者殿?」

「私は……」

「言っておくが、儂は貴様とは初対面だ。どこかの海にいる本局の女狐に似ているようだが、奴の一人息子は既に次元航行艦乗りになっている。養子をもらったとも聞いたがそれも娘だったはずだから、貴様とは別人なのだろうな」

その言葉にリンディは目を見張った。

レジアスはリンディが本局の総務統括官であるリンディ・ハラオウン本人だと理解している。その上でそれを不問とし、彼女がこの場にいることを許したのだ。

「さて、先ほどの問いだ。二士の将来は険しいもので、決して幸せなことばかりではないだろう」

「──不幸かどうかは、周りの人間が決めるものではありませんので、その点は私にはなんとも言えません。ですが、あの道を望んだのは彼自身だとしても、それを彼に強いているのは間違いなく我々なのでしょうね」

「その通り、全くもってその通りだ。自分の娘よりも遥かに幼い少年に、今日儂は多くの命を背負わせることになるかもしれん。今度オーリスに会う時、儂はどんな顔をすればいいのかわからなくなる……」

額に手を当てながら天井を仰ぎ、娘の顔を思い浮かべながら、レジアスは自分達の力の無さに憤りを覚えた。

「質の海に、量の陸。そう言われるようになって久しいが、一が百集まったところで百には勝てても千には負ける。また、今日のような事態になれば、百は九十九になるだけで済むかもしれんが、一は零になってしまう。量だけではどうしようもないことが多すぎる」

「海は海で、その管轄範囲が広大過ぎ、単独で任務につかなければならない状況も多くあります。一つの部隊で保有できる魔導師の上限が規定されている以上、どうしても質を求めざるをえません」

「わかっている。こんなものは水掛け論だ。間違いなく議論しなければならん問題だが、言い出したところでいつまでも平行線を辿るしかない。最も必要なのは、ベースラインの底上げだと、儂は考えている。魔力に左右されない力で、レベルの最低値をどうにかして押し上げるしか手立てはない」

レジアスの言葉は、管理局内でも質量兵器を導入しなければならないと、暗に説いていた。次元世界中での犯罪状況を見れば、現実的な路線に立てばそれも視野に入れなければならない選択肢であると、リンディは考えていた。今回の事件はその典型とも言える。常日頃ことを構える相手が時間とともに強力な武器を、手段を開発していくのに対して、管理局側は個人の技量で対応せざるをえず、既にジリ貧とも言える状況になりつつある。

(だからといって、そもそも存在する質量兵器の母数を増やすのは早計かしら……)

質量兵器は知識さえあれば、良くも悪くも誰にでも使うことができる。個人の資質には全く拠らない。力の使い方は持つ者に意志に委ねられるとはいえ、全員が全員平和的な目的で使うはずがない。それを考慮すれば、ある程度管理の効く魔力に重点を置いて戦力を整えた方が、管理局には相応しいのではないか。また、質量兵器による事件が多ければ多いほど、それに相対する管理局は魔法に特化して対応しなければならないのではないか。それがリンディの考えだ。

いずれも感覚の違いからくる、結論のズレだ。言い換えれば、海と陸の感覚の違いだった。元々持っている力に大きな差があるからこそ、彼女はレジアスの主張を理解しても同調はできなかった。

「お前にはお前の考えがあるだろう。当然だ、お互い立場が違うのだからな。それは悪いことではない。だがそれを頭ごなしに否定するのは愚かだ。一概に今言ったことが最良の選択などとは思っておらんが、儂は儂の立場で地上の将来についてこう考えているということを知っておけばいい」

そのレジアスの言葉に、今までリンディの中にあったレジアス・ゲイズという男の人物像と実際の彼の印象が大きく違うと感じていた。お互い公式の場でしか面識はなかったが、自分がリンディ・ハラオウンであることを度外視して会話をすれば、さして剣呑な空気になることがなかった。

(つまり、今までの印象の方がパフォーマンス……ということ)

あえて自ら急進の強硬派を演じているのだ。組織というのは全員が一方向を見つめているだけでは健全ではない。異なる意見を戦わせることで体制の最適化、昇華を行なっていく。レジアスは率先して本局に対して強気な発言をすることで、その立ち位置を明確化している。普段の意見も間違いなく彼の本心ではあるが、前線の人間は陸と海の格差に嘆くことはレジアス以上だった。だからこそ、上に立つ人間としてレジアスは殊更に強硬派としての振る舞いを見せ、現場の人間の溜飲を抑えようともしているのだろう。

「端末を一つ用意させる。機密に触らせることまでは無理だが、そこで棒のように突っ立っているよりはここに居やすいだろう。情報整理のサブに入れ」

「御心遣い感謝しますわ」

リンディ自身、今この場に自分がいることの非が、場合によっては黒煉にのしかかる可能性が高いことは理解している。それでもここを離れることを選ばないのは、黒煉を置いていくことができないから。黒煉が口に出して伝えたことではないが、この場にいることが彼にとってより良い選択だと思っていた。

それをレジアスも同様に考えていたようだ。先の発言は彼なりの配慮だった。

(少将は気に入らないかもしれないけれど、今度からはもう少し付き合い方を考えましょうか)

その厚意に甘えながら、リンディは笑みを浮かべてデスクに着いた。















 ◆◇◆◇◆◇◆















黒煉、ゼスト、クイント、メガーヌの四人は、あるビルの屋上にいた。作戦本部が置かれているビルとは別に、若干目的の研究所に近いこの建物は陸士の待機場所となっている。既にレジアスに要綱は提出していた。今は最終的な打ち合わせをしながら、黒煉とメガーヌがオプティックハイドで視覚、および探知機対策を施したサーチャーをAMF範囲外ギリギリのところに展開できるだけばら撒き、現場の状況を確認しているところだ。他にもフィールドスコープで直接監視している陸士らの姿も見受けられた。

「さすがにこの距離だと内部の状況までは見えませんが、やらないよりはマシでしょう」

「これで研究所までのより良いルートを選べる」

「なるべくなら辿り着くまで交戦は避けたいもの」

「助かったわ。私一人ではこれだけの数は展開できなかった」

複数の空間ディスプレイを展開し、それを車座で囲んで見つめていた。

四人の役目は、可能ならこの人数だけでテロリストすべてを制圧することだが、敵の規模もはっきりしていない中ではそれも難しいだろう。最低でもAMFを展開している装置の破壊と、相手の切り札である魔力炉の確保だ。その二つを達成すれば後は一般の隊員でも対処が可能になる。

「そういえば、ギンガとスバルはどうしてます?」

作戦開始の時間が迫っていたが、あえて空気を変えようと黒煉は今までとは全く違う話題を持ちだした。

「二人とも元気よ。黒煉に会えなくて寂しいみたいだけど、その辺りはどう考えているのかしらね、”お兄ちゃん”?」

ニヤニヤと些かいやらしい笑みを浮かべながら、クイントは黒煉の脇腹を肘で小突く。対する黒煉は居心地が悪そうに身を捩らせる。

「会いに行こうとは思ってるんですけどね、忙しくて上手く時間が作れないんですよ」

「あんな綺麗なお姉さんとデートする時間は作れるのに?」

ありきたりな言い訳を口にすると、意外なことにメガーヌから鋭い指摘が入った。

その一言に完全に黒煉は固まってしまった。同時に話題を変えたことにも後悔を覚え始めていた。淑女のような顔をしながらさすが陸の女だ。下手な海の男よりも男らしく、そういうゴシップも興味が有るようだ。

「えーなんと申しましょうか、彼女とは仕事上の付き合いもありまして、今夜こうして出かけていたのはその延長線と表現できなくもないというか……」

「そんなことないでしょう。少なくとも相手方はそれなりに気合の入った装いよ」

「──そういえば、アルピーノの娘はもう三歳になる頃だったか」

実に玉虫色な回答をしどろもどろになりつつ、どう切り返せばいいか必死に悩んでいると、そんな黒煉を不憫に思ったのか、ゼストが逆にメガーヌに話を振ってくれた。

「ええ、昼間や任務の時は母に見てもらっていますが、やんちゃな盛りで困っちゃいますね」

「うちももう大分おとなしくなったけど、以前は凄かったわね。反抗期になったら、『お母さんウザい』なんて言われちゃうのかしら……」

「あの二人に限って、そんなことはありえんだろう」

隊長の心遣いに配慮してクイントもメガーヌも乗ってくれたが、黒煉はメガーヌが小さく舌打ちをしたのを見逃さなかった。

(見る人によってはそう見えるのか)

もうちょっと配慮した方が、彼女のためにもいいのかもしれない。

今後のリンディとの付き合い方について考えていると、あるサーチャーが捉えた映像に動きがあった。

それは本当に、本当に小さな動きだった。それと知っていなければ見過ごしてしまいそうな微細な変化だった

研究所の一つの窓から突き出された一本の筒。

黒煉に続いて異変気付いたのはゼストだった。

「対物ライフルかっ!?」

「サリエル!! 弾道計算、ラハトに直結して自動防御!!」

言い終わるかどうかの時点で、映像にマズルフラッシュが光った。

何も考えずに勘だけを頼りに前方へ防御魔法を展開したが、運良く射線上に割り込んだようだがそれも一瞬。ほんの僅かに停滞しただけで紙切れのようにシールドを突き抜かれた。

ビルの屋上のコンクリートがプラスチックのように粉砕される。

これだけ距離を開けながらサリエルの弾道計算が間に合わないほどの弾速に、魔力が込められていないながらシールドを容易く突破するその威力。科学の発達が地球よりも進んでいるとはいえ、この質量兵器の精度は異常だった。

「レジアス! 詰所の方に狙撃だ! 全員この場から下がらせる!! ナカジマは後退の指揮を取れ! アルピーノは直ぐに結界魔法を展開! アマガミは俺とアルピーノの援護だ!!」

ゼストはすぐさま作戦本部へ通信回線を開き現状を伝えると、その返事も待たず三人に指示を伝える。

クイントは時間をかけていられないとばかりに階段へは向かわず、研究所から建物で身を隠すように反対側から飛び降り、ウィングロードで足場を展開して下へと降りていった。

その間も狙撃は止まらない。第一射を皮切りに窓から次々と銃身が増えていった。屋上にいる黒煉達だけでなく、階下へも銃弾が打ち込まれている。高精度の電子センサーも利用しているようで、遮蔽物をものともせず的確に局員がいる場所を狙ってきていた。床越しに反響した悲鳴が耳に届く。回避・防御行動が間に合わず被害も増え始めているようだ。あれだけ大口径の徹甲弾だ、容易く人間の体をバラバラにするだけの爆発力は持っている。

黒煉は魔法世界に限らず、退魔の世界含めても実際の戦闘で人死にに遭遇するのはほとんど経験がなかった。受けた精神的な衝撃とわずかに迫り上がってくる吐き気を押し殺して、今自分に求められていることを努めて冷静に考える。

「俺が前に出ます。撃ち落とせるだけ撃ち落としますが、かなり漏らしが出るでしょう。焼け石に水程度ですが、弾道計算の結果を一尉のデバイスに共有させますので、その対応を」

「すまない」

ゼストは遠距離攻撃の術をほとんど持たない。黒煉が前に出て一次防御に出た方がわずかでも効率が良いだろうという判断だ。

飛行魔法で屋上から飛び立ち、ある程度行ったところで魔力スフィアを展開して研究所方向へと直射魔法を斉射する。AMFの影響で狙撃手に直接当てることはできないが、効果範囲外へと飛び出してきた銃弾を撃ち落とすことはできる。威力ではなく数を重視して縦横無尽にばら撒いた。

「精密な弾道計算は諦める。一定距離を超えたらその銃弾の演算は中止だ。途中結果でいいからゼストさんのデバイスに情報共有させながら、ラハトにもコンバートさせろ。こちらの魔法を微調整させる。お前も単独で迎撃しろ」

『かしこまりました』

黒煉の左耳に付いたサリエルのデバイスコアがとてつもない速度で明滅を繰り返す。それだけ規模の大きい処理を内部でしているのだろう。続いてサリエル自身が展開した深緑のスフィアが、黒煉の漆黒のスフィアに並ぶように現れ、同様に直射魔法を撃ち始めた。

しばらくすると、狙撃が黒煉の方に集中し始めた。テロリスト側が黒煉を最大の障害として判断したようだ。すぐに銃弾の数が対処できる限界を超えたが、肉片に変えられるわけにもいかず、立ち止まらず移動しながらの迎撃に移る。

飛行魔法を停止して中空に足場を形成し、高速移動魔法と歩法・疾による慣性無視の変速軌道で極力狙撃を集中させないようにするが、今の場所を離れすぎれば狙いは再び詰所に戻るだろう。逃げる範囲に限界があった。





そして、終わりは唐突に訪れた。





一つの徹甲弾が弾幕を掻い潜って通り抜けた。それだけならまだ大きな問題はない。これまでも撃ち漏らしは幾度となくあった。だが何よりも致命的だったのは、その銃弾が黒煉の頭部を掠めたことだ。高速の銃弾が生み出す衝撃波によって、脳が揺さぶられた。バリアジャケット越しであったため鼓膜の破裂などは防げたが、僅かな間でも脳震盪を起こしてしまった。

(あっ……これは……まず……)

そう考えて死すら頭を過ぎったが、だからといってどうすることもできず、そのまま意識は混濁していった。体勢を保持できず、魔法で作り出した足場も踏み外して重力のまま地面へと落下していく。

「黒煉様っ!!」

実体化したサリエルが咄嗟に抱え上げたため地面に叩きつけられることはなかったが、黒煉の目は虚ろなままで四肢からは力が抜け落ちて痙攣を起こし、口の端からは唾液がそのまま零れていた。

「《Siva Triangle》」

サリエルは黒煉を抱きかかえたまま大出力のシールド魔法を展開した。ごく短い時間ではあるが銃弾を完全に受け止めることができるはずだ。ものの数発で深緑のシールドに罅が奔り、13発を持ちこたえたところで完全に砕け散って死が二人に差し迫る。だがそうして強引に作り出した時間が、彼らの生死を分けた。

シールドが砕け散ると同時にサリエルの足元に藤色に光る帯が描き出される。地面から伸びる帯の道の表面をローラーブーツで軋ませて甲高い悲鳴を上げさせ、過剰運転させられたモーターが焼けるすえた匂いをまき散らしながら疾走する影が、サリエルと黒煉を担いでその死から救った。部隊後退の指揮を終えて舞い戻ったクイントだ。

彼女はそのまま二人を担いで屋上まで駆け抜け、ゼストの元へと転がり込むと、タイミングを合わせてメガーヌが結界魔法を展開した。単純な防御魔法ではなく、特定の範囲を通常の時空間から切り離す封時結界。強力な魔導師がいれば魔力攻撃で強引に破壊することもできるが、質量兵器では理論上それも不可能だ。メガーヌの魔力量の問題で長い間展開できないが、それでも時間稼ぎにはなるはずだった。

「アマガミはどうだ」

結界越しに銃弾が弾かれているのを確認したゼストが、黒煉達の元へ駆け寄る。

「おそらく軽度の脳震盪だ。身体スキャンをかけたが頭蓋内での出血は確認されていない。混濁しているが意識もある」

サリエルはゼストの問いに答えながら応急処置を続ける。魔力で強引に温度を下げた左手を黒煉の首筋の血管に押し当て冷やし、強めに肩を叩きながら大声で呼び掛ける。

「大丈夫ですか! 名前を言ってください! ご自分の名前です、わかりますか!」

しばらくはまともな言葉を返すこともできなかったが、眼の焦点がはっきりとしてくるにつれて意識の混濁も治まってくる。黒煉はサリエルの手を握り締めながらふらつく身体を叱咤して上体を起こす。

「……大丈夫だ、ありがとう」

「ご自分と私の名前を言ってください。今がどういう状況か覚えていますか」

意識が完全に復帰した後も、短期的な記憶障害の有無もチェックする必要がある。応急処置の基本だ。

「名前は、天神黒煉。お前はサリエルで、俺のデバイス。今は……クラナガン郊外で発生した原理主義者のテロに対応中」

冷えたサリエルの手を握って意識をはっきりさせつつ、自分の状況をゆっくりと思い出す。

「改めて精密検査をしなければならんが、とりあえずは問題ないようだな。すぐに一旦作戦本部まで下がるぞ」

その様子を見ながら致命的な状態ではないと判断したゼストは四人を促して飛行魔法の準備をし、クイントはメガーヌを抱えてウィングロードを展開して、ビルの屋上を飛び立った。サリエルは慎重に黒煉を抱え直し、その後に続く。

まだ頭痛が残り、平衡感覚も曖昧なままで酷く酔ったような状態に顔を顰めつつ、黒煉は自分達が後にしたビルを見つめた。

建物としての形を残してはいるが、その姿はボロボロだった。銃弾を受けたのとは反対側の壁面にもかかわらず、こちら側の壁にも特定のフロアに集中的に罅が奔り、場所によっては穴まで開いている。その穴から覗く室内は赤で埋め尽くされていた。夥しい量の血だった。ちらりと見えた腕は肘から先しかない。中に入って見渡せば、床だけでなく壁や天井にまでそれまで人間だった肉片がこびりついているだろう。腹部に当たれば、そこで内部から爆破されたように簡単に体が上下で引き裂かれることは想像に難くない。それだけの威力が、あの大口径の対物ライフルにはあった。先ほどの黒煉を掠めた銃弾も、距離で言えば頭部からは30cmは離れていた。それでもあれだけ脳を揺さぶられたのだ。文字通り黒煉はその身体で威力を思い知っていた。そして自分が呼ばれた意味を果たせていないと。

「完全な奇襲だ、お前の責任ではない。結界を展開するまでの間、実質お前は一人でその時間を稼いでみせた。そのおかげで助かった命は確かにある。間違い無くそれはお前の功績だ。それに無理を言うが、まだお前の仕事は終わっていない」

黒煉の様子に気付いたゼストが振り返りそう声をかける。今の攻防について黒煉に否はないと、良くやったと。そしてまだこの事件は全く終わっていないと。おそらく、両手で足りない人が死んだだろう。そうだとしても、今のこの時点ではそれに深く気を遣っている余裕はない。

「悔いるのなら、それを背負え。そうすれば、お前はまだ戦える」

それだけ伝えるとゼストは前を向いた。彼の言葉の意味は、まだ黒煉にははっきりとは分からない。それを理解できたのは、血塗れになったこの夜の終わりだった。

それからは誰も口を開く事無く、作戦本部までたどり着いた。屋上に着陸すると、その場には既にレジアスとリンディが出てきており、ゼストは降り立つと同時に報告を始めた。

「アマガミが負傷した。一時は脳震盪を起こして混濁状態になったが、現段階で意識はかろうじて復帰している」

「話は聞いている。医療魔導師も呼んだ、すぐに治療を受けろ。また出てもらうことになるだろう」

状況を整理するため、会議室へ向ってきびすを返す。黒煉はサリエルに礼を言いながら自分の足で立とうとしたが、それでもやはりまだふらつきが残っている。また倒れそうになったところで、駆け寄ったリンディが彼を抱きとめた。

「無理しないで」

「直後で引き摺っているだけです。すぐに治りますから、そんなに辛そうな顔しないでください」

若干の会話を交わして、リンディは自分の肩を黒煉に貸す。その高さはいつの間にか彼女を大きく上回っていた。こんな時に、リンディは黒煉の身体的成長を実感していた。

下へと続く階段の踊り場に入ろうとしたところで、再び事態が急転した。

「うぁ、ぎっ、ぁぁああAAAAAaaaaああああAAAAああ……っ!!?」

突如サリエルの身体にノイズが奔ったかと思えば、彼女は自分の身体を抱くように腕を回し、悲鳴を上げた。その悲鳴すら、普段の肉声とは異なる電子音が混じっており、悲鳴どころか奇声と呼んでも差しつかえない耳障りな音になった。。そして幾ばくかの時間を置いて、その身体は霞のように掻き消えた。

黒煉はすぐに端末を開いてデバイスの状態のチェックしようと試みるが、何の反応も示さない。

「システムダウンしたのか……でもなんで……」

サリエルはデバイス作成のアプローチ上、通常のデバイスとは一線を画した構造をしている。存在すること自体でも魔力を消費し、またある意味魔力自体が彼女を生き永らえさせている源でもある。だからこそ彼女の魔力は強大だが、それを上回るほどの何かが彼女に負荷を掛けたのだろう。今のままでは復帰も難しい。

そのサリエルに引き続いて、今度は魔法によって変質していた空が、元の黒と星の明かりの姿を取り戻す。メガーヌが展開していた封時結界が消失していた。先の戦闘の後も起動させていたサーチャーの映像も受信できなくなり、最後には黒煉、ゼスト、クイント、メガーヌ四人全員のバリアジャケットが解除された。

「AMFがここまできたか!?」

レジアスが空を仰ぎ叫ぶが、事態はそれだけで収まらない。先ほどまでの性能では、サリエルを機能停止にまで陥らせ、ここにいる高ランク魔導師のバリアジャケットを無効化することはできない。

「魔力結合が完全に阻害されている」

ゼストもすぐにそれを察知した。デバイスは携えバリアジャケットを纏おうとするが、プログラムが正常に働いても魔力が何の反応も示さない。

だが黒煉はそれ以外の部分で大きな焦りを覚えた。途切れる直前のサーチャーの映像、そこには対物ライフルが姿を消して、代わりに現れたのは、

「ATMっ、対戦車ミサイルだ!!」

結界があればそれだけで回避できた攻撃だが、消失した今ではそれも叶わない。

距離はある、先ほどのライフルに比べて弾速ははるかに遅い。間に合う。

黒煉はふらつく身体を叱咤してリンディの元から駆け出し、丹田に力を込め瞬間的に氣を練り上げる。大きな威力は必要ない。飛行中の弾頭にある、成型炸薬弾にぶつけるだけでいい。それだけであの死は回避できる。

屋上の淵に辿り着いたところで、強く左足を踏み込む。爪先から始まり足首、腰、右肩、右肘、右手首に至る一連の繋がったの関節を余すことなく利用した上で、左半身を強引に引きさらに回転を増幅させる。

踏み込んだ左足から引き絞られるように屋上のコンクリートに螺旋状の罅が広がっていく。

「七凪」

こちらも同様にミサイルのように突き出された右の拳から、すべての回転運動を凝縮された氣の弾丸が放たれるが、本調子から程遠い今の身体で撃った奥義の射線は、イメージしていたそれから僅かにずれてしまっていた。

焦りが黒煉の額に冷や汗を浮かべるが、七凪はかろうじて弾頭を掠めた。炸薬が反応して中空で爆発し、ばら撒かれた榴弾の金属片が黒煉の左肩を浅く切り裂いた。

致命傷を受けなかったことに安堵しつつ、顔を上げる。撃ち落したのは自分達に直撃すると予想されたものだけだ。先の狙撃の時と同様に、次々とミサイルが飛来する。だが先の交戦と決定的に異なる点がある。

(今この場で戦力になるのは俺だけだ)

超高濃度のAMFが展開され、魔法は全く使えない。戦えるのは魔法とは異なる戦闘技術を擁する黒煉だけ。全てを撃ち落とすことは絶望的だ。それでも彼に許されるのは、やれることをやれるだけやることだった。

精霊術を使用するための回路を開き、脳震盪により纏まらない意識で、精霊に自らの意志を伝える。普段とは異なる、不明瞭で虚ろなその指示に、精霊は困惑を覚えた。しかし盟友の守ろうという強い意志に、彼らは応えた。

「八錆(やのさび)」

顕現した炎が八条に枝分かれし、それぞれが迫りくる砲弾に立ち向かった。接触すれば瞬時に火薬に着火して爆発を起こすが、そこから飛び散る金属片も可能な範囲で燃やし尽くそうと意志を込める。いつもなら可能な制御だったが、今の状態ではとてもではないが達成しきれない。

その試みも失敗に終わり、また対処できなかった擲弾が周辺の建物に降り注ぐ。この作戦本部があるビルだけは守れたはずだが、狙いが逸れて地上に落ちたものはそのまま擲弾が持つ破壊力を余すことなく発揮した。かなりの距離があるにもかかわらず、ビルの屋上にまで悲鳴が響いてくる。

しかし今回の惨劇はそれだけだった。ATMによる攻撃はその一波だけで収まった。

それでも先の狙撃よりも多くの人の命が失われた。この場に派遣された管理局員だけではなく、初期の火災や爆発で怪我を負ったために、急遽設営された野戦病院で治療を受けていた民間人も、今回の攻撃では犠牲になった。

「牽制……だろうな」

一旦は攻撃の手は緩められた、そう判断したレジアスは急ぎ作戦本部に戻り、これからの対応に考えを巡らせた。黒煉も少しの間だけ医療魔導師の治療を受けたが、精霊術を使ったおかげか逆に意識ははっきりしていた。寝ているより打ち合わせに参加した方が良いと判断してその輪に加わっている。

「だが、早急に俺達も動く必要がある。さっきはアマガミがしのいだが、俺達はもう完全に奴らに対して無防備だ。時間を置けば置くほど、リスクは跳ね上がる」

「わかっている。だが現時点で有効な戦力は二士1人だ。それを単独で研究所に特攻させるわけにはいかん」

これだけ距離が空いていても、黒煉は全ての攻撃を捌ききれていない。黒煉一人に対処させたところで犬死にだ。何か決定的な案が必要だった。

「しかし、彼らはどうやって質量兵器をこの区画に持ち込んだんでしょう。あれだけの量を全く人目に触れさせず運び、急に展開させるというのはどう考えても不可能です」

3Dマップを見つめながら、クイントは思いついた疑問を口にする。

「他に、少し気になる点があります」

それに続いて、黒煉も現場についてからずっと腑に落ちなかったことを伝える。。

「言ってみろ」

「自分は一度、AMFを展開する自立機動型の質量兵器と交戦した経験があります。それと比較しても、このAMFの性能は圧倒的です。始めは展開範囲が広いだけだと考えていましたが、反面、魔法の行使が全くできなくなるほどの濃度ともなると、おそらく目的の研究所だけでなく、このビル周辺にも該当の質量兵器が設置されていると判断するのが妥当でしょう。先ほど確認しましたが、映像を受信できないだけで、サーチャー自体はまだ起動しています」

黒煉は、ジェイル・スカリエッティが開発した機動兵器と、彼やその娘達と出会った日に事を構えていた。ジェイルの造ったAMFに比べると、この場に展開されているそれは性能が良すぎる。あれから幾年かの時が経ったとはいえ、これだけのことが達成できるとは思えない。おそらく、広い範囲に密度の薄いものを展開するか、空間を限定して完全に結合を阻害させるものを展開させるか、どちらかを選べるのだろう。

「周辺の建物はすべて探査が終わっている。その痕跡はなかった」

ここに無いのなら──

「──地下? 搬入もそこからやったのかしら」

全員が思いついたことをクイントが口にするが、それをメガーヌが否定する。

「でも、そんなに簡単な答えでしょうか。ここに着いた時、水道局に手配した下水道台帳を基に、地下にもサーチャーを飛ばしましたが、不審なものは見つけられませんでした」

「その見取り図、見せていただいても?」

ずっと口を噤んでいたリンディが会話に加わり、ふと思いついたように見取り図を求めた。

貸与された自分の端末に転送されたそれを、本当に見ているのか疑いたくなるほどの速さでスクロールし、何かを探している。他の者は黙ってそれを見つめていた。暫しの時をおいて目的の物を見つけたのか、ある区画の画面を停止して端末の画面を周囲に見せる。

「ここ、台帳には載っていないけれど、それほど深くない所に何か空間があるはずです」

「根拠はあるのか?」

「サリエルさんがスティンガースナイプで穿ってできた穴、普通なら水が入ってもすぐに溢れるかアスファルトの下にある砂利の層に染み込むだけなのに、ここはかなりの勢いで水が流れ込み続けていました。破壊力重視で撃った魔力刃が深くまで伝わって一部が崩落、下の空間と繋がって流れ込んだんじゃないかしら」

リンディの言葉に、黒煉と陸士らの一件を目撃した三人がその光景を思い出す。そこまで詳細なことは覚えていないが、ゼストはその彼女の考えに同調する。

「試してみる価値はあるだろう」

レジアスはゼストの提案を受け、彼らを件の場所へと向かわせた。彼自身とリンディは作戦本部で待機している。

「さすがだな、保護者殿。文字通り世界を股にかけて犯罪者を追っていた経歴は伊達ではないな」

人の減った会議室で、レジアスはそう声をかけた。彼女が次元航行艦の艦長となる以前、執務官として働いていた頃のことを言っているのだろう。

「昔の話ですよ。今はもう前線を退いた身です」

そのことには直ぐに気づいた。確かにその頃培った観察眼が、今この場で役立ったことははっきりしている。

「だが貴重な意見だったことに変わりない。感謝する」

「私があのゲイズ少将に感謝されるだなんて、光栄です」

そんな会話が交わされる間、黒煉達は目的の場所へと急ぐ。元々大した距離はなく、すぐに辿り着いた。

近づいたところで黒煉は腰に差したアマテラスを引き抜き土氣を籠めて突き刺し、次いで木氣を纏わせたラハト・ケレブを叩きつける。相克関係にを持つ木氣がアスファルトを、その下の砂利の層ごと巻き込んで粉砕した。

予想が外れていれば地面がめくれ上がるだけ、正しければ──

「──あった」

内部の空間に瓦礫が落ち込んで大きな通路があらわになった。三メートルほどの深さのその穴を降りれば、暗闇に覆われた空間が広がっていた。ちょうど頭上の道路に並行して造られているようだ。黒煉は光源として火球を一つ顕現させて様子を見るが、それだけでは照らし切れないほどに広く、またとりあえずは近くに人がいる気配も無かった。

黒煉の後ろでゼストは作戦本部に通信を繋ぎ、地下通路内部の映像を送りながら予想が正しかったことを伝える。

「いますぐ管轄の都市整備局から、一帯の開発計画書を取り寄せろ。現行のものではなく、最初期のものから遡ってだ」

それを報告を受けて、レジアスは直ぐに動き始めた。ゼストらには戻るよう伝え、作戦本部の中では情報分析班に次々と指示を飛ばす。レジアスはこの地下通路を、今回の騒動のために原理主義者らが掘削したものとは考えていない。単純に質量兵器を運ぶだけならばあれだけの広さは必要なく、また壁面もコンクリートで丁寧に補強がされている。個人が秘密裏に造れるような代物ではない、正規に発注して行われた公式のインフラ工事のはずだ。故にレジアスは周辺の都市開発の計画書を手配させた。十中八九、それであの地下通路の図面が出てくる。

黒煉らが作戦本部へ戻ってからしばらくして、資料をさらっていた分析官が声を上げた。

「見つけました、現行の台帳には掲載されていない建造途中の地下水路があります。工事が始まってしばらくしてから、請負会社が入札談合で摘発され、計画自体が破棄されたとのことです。都市基盤として考えると規模は小さいながら、今夜爆破された施設や研究所とは全て地下で繋がっているようです」

「状況証拠ばかりではあるが、まず間違いはないか」

新しく取り寄せた台帳を見つめながら、レジアスは考え続ける。元々表情が読みにくい男だが、今は輪をかけその顔に感情が浮かんでいない。

しばらくしてレジアスは黒煉に向き直り告げた。

「二士、貴様に一つ分隊を預ける。彼らを連れて地下水路を進み、そこにあるであろうAMFの発生装置を破壊しろ。可能ならばそのまま進み、目標の研究所で奴らに背後から強襲をかけろ。ゼスト隊はここで一旦待機、二士が発生装置を排除次第、研究所へ踏み込め。上手くことが運んでタイミングが合えば、二士と挟撃をかけられる」

「自分は単独で問題ありません」

むしろ足手まといだ。口にすることはなかったが、黒煉はそう考え一人で行くことを進言するが、レジアスはそれを許さない。

「先ほどまでの狙撃や砲撃を見る限り、原理主義者らは持っている質量兵器こそ凶悪だが、個人の技量は素人だ。加えて地下水路のような限定空間では強力な爆破物は使えない。白兵戦だけならば警備隊の人間でも十分に対応が可能だ。貴様が思っているよりも、陸の人間は強い」

レジアスの言葉には有無を言わせぬ力強さがあった。黒煉に拒否権などないのだと物語っていた。

「マスタングを呼べ。話がある」

これ以上話すことはない。そう態度で示し、レジアスは背を向け別の部下に指示を飛ばした。















 ◆◇◆◇◆◇◆














「ビル・マスタング、階級は曹長、陸士174部隊第3分隊長だ。この作戦の間、ウチの分隊はお前の指揮下に入る」

一人の男が、黒煉にそう名乗った。彼の後ろには防弾着を着込んだ陸士が八人控えている。彼らがマスタング曹長率いる分隊のメンバーなのだろう。その中には、ここにやってきた時に一悶着起こしたあの陸士の姿もあった。レジアスがわざわざ狙って面子に入れることはないはずだから、おそらく偶然なのだろう。

彼らの顔には多くの感情が浮かんでいた気がする。

まず気付いたのは不満。

海の人間の下に付くのが気に入らないのだろうか。

自分より遥かに階級が下の二士の指揮下に入るのが不満なのだろうか。

次いで思いついたのは意気込み。

状況が自分達の理想ではなくとも、自分達のやるべきことは必ず成すという強い意志だ。

そしてそれらと並んで、なにか悟ったような、覚悟を決めたかのような、酷く落ち着いた感情も見え隠れしている。

それが何なのか、黒煉には全く分からなかった。

そんな出来事があったのは、三十分ほど前のことだっただろうか。

その時の黒煉には、今目の前で起きている状況がやってくるなど、露とも想像できなかった。

今、彼の身体は血に塗れている。この地下通路に入ってから、彼自身の身体には傷は全くついていない。その全てが他人の血だった。

地下でAMFを展開していた装置は破壊した。警備に就いていた者がいたが、それは全て今黒煉の足元に転がっている。まだかろうじて呻いている者もいるが、もうまもなく息も絶えるだろう。当然だ、魔法が使えないのだから、非殺傷設定などという便利なものはない。ここでは、アームドデバイスであるラハト・ケレブはただの一振りの刀に、凶器になる。そして今の状況を作り出したのは彼ら自身、自業自得だった。精霊術は相手の精神にのみダメージを与えるという芸当も可能だが、それには緻密な制御が必要になる。命のやり取りをしている場でそれを成せるほど、黒煉は強くない。

人を殺めることは初めてだったが、それは割り切った。作戦本部でレジアスはその許可も出した。やらなければ死んでいたのは自分で、自分が今ここで死ねば更に多くの命が失われただろう。





なにより、黒煉の後ろで今にも力尽きようとしている彼らの死も報われないのだから。





黒煉の服にこびりついているのは、彼が斬った原理主義者達の血だけではなかった。

始めは八人いたはずのマスタング分隊だが、立っている者はもう一人もいない。彼らはその身を盾にして、銃弾の雨から、榴弾の爆発と金属片から、黒煉を守り抜いた。黒煉をかばって、その血を彼に浴びせた。

彼らが何故そんなことをしたのかわからない。出会ったばかりで、黒煉は分隊長以外の隊員の名前すら知らない。彼らが自分のことを快く思っていないことも理解している。

「理由を、聞かないと……なんで…………こんな……」

彼らが完全に事切れる前に。

黒煉はレジアスに装置を破壊したことだけを乱暴に伝え、重たい足取りでマスタングらの所へと向かっていった。戻りながら、ここに至った経緯をゆっくりと思い出す。















レジアスに呼ばれて分隊と顔を合わせてから、すぐにこの地下通路に潜った。

気配察知のできる黒煉が先行して要所要所を確認した後、分隊がそれに続くという形を取った。

その時点で、もう黒煉は不満を持っていた。自分一人ならば、もっと早く前に進めるというのに。内心の苛立ちを押し殺しながら、先を目指した。

作戦本部の真下を通り過ぎ、研究所までの行程を三分の一ほど消化したところで、マスタングは突然黒煉の腕を掴んだ。

「なんっ──」

ストレスから強い語気で問い詰めようとしたが、言葉途中で口を抑えられた。

「静かに、声を落とせ。近いぞ」

「何を根拠に……」

マスタングは無言で右前方の壁を指差した。その先を黒煉も目を凝らして見つめる。

初めは気づかなかったが、何か機械が埋め込まれている。

「センサーだ」

「単純な熱感知式のものだな。集音や赤外線タイプだったら面倒だが」

「認識範囲に入るなよ」

陸士らが機械に近づき、瞬く間に無効化していった。

黒煉はそれを黙って見ていることしかできない。

「人にはそれぞれ得意分野がある。元々お前は管理外世界出身なんだろ? 単純に次元世界の質量兵器のことなら、お前より俺達の方がはるかに詳しいし、対処もできる。お前はお前で色々不満があるのだろうが、そうカリカリするな。普段は犬猿の仲でも、今は一つのチームだ。この作戦の間だけでも、仲良くやろうぜ」

そう言いながら悪ガキのような笑みを浮かべ、マスタングは黒煉の背中を少し強めに叩いた。

犬猿の仲と自分でも言っておきながら気さくな彼の態度に腑に落ちないものを感じながら、黒煉は少し認識を改めた。

そこから少し進めば、確かに彼らの言うとおり人影があった。

気付かれないよう小型のカメラだけ残し、一旦ワンブロック分だけ引き返して、受信した映像から様子をうかがう。

携帯照明を置き、車座で座っている男らの影が五人。

そして彼らの中央には円柱形の装置。人の腰ぐらいの高さにコンソールが取り付けられ、上部にあるランプが赤く明滅している。間違いなくあれがAMFを展開している装置だろう。ジェイルが造った機動兵器の面影が残っているが、だいぶ手が加えられているようだ。

また、彼らの周囲には多くの銃器が用意されている。

「予想よりも装備が強力だな」

映像を見ながら、マスタングが眉間に皺を寄せる。

「地下の限定空間だから、あまり爆発物は多くないと想定していたんだが、上手く装備を整えてる」

周囲の陸士らもマスタングに続き、映像の中の兵器を一つ一つ指差しながら黒煉に説明をしていく。

ATMのような戦車の外装を破壊するのが目的のようなものを使えば、この地下空間では崩落の危険性がある。そのためレジアスらは、装置の警備をしている者の装備は、自動小銃などがメインだと考えていた。

もちろんアサルトライフルやショットガン、サブマシンガンなどのそれらも用意されているが、火薬がそれなりに必要になりつつも、周囲のコンクリートを破壊するほどではない焼夷弾や榴弾など、限定空間でその真価を発揮する威力範囲の広い爆発物が多くあった。

「どうだ?」

マスタングが黒煉に言う。用意された武器の説明を受けると、黒煉は厳しい顔をせざるを得ない。

「正直、難しいかもしれません。レアスキルの関係で焼夷弾は私には効果がありませんが、榴弾を多く使われながら、小銃や機関銃で狙われれば、目的を達成するのは困難です」

黒煉の言葉を受け、別の陸士が問いかける。

「あの装置だけを先に破壊することはできないか? バリアジャケットさえ展開できれば、その程度の質量兵器は防げる」

「奇襲で破壊することは可能です。しかし、装置を壊してもこれだけのAMFの濃度を考えると、効果が消えるのには若干時間が掛かると予想されます。おそらく数十秒でしょうが、その間に襲撃されるでしょう」

「まいったな、俺達も質量兵器がほしいところだ」

陸士の一人が冗談めかしてそうボヤく。その台詞に分隊の面々から笑いがこぼれた。

この危機的な状況で、この人達はどうしてそんな顔が出来るのだろう。黒煉には理解できない。そして、頭の片隅でチリチリと、嫌な予感がし始めた。

「だ、そうだ。覚悟はできているな、お前ら」

ひとしきり笑った後、マスタングは自分の部下達にそう告げる。

その言葉を受けて、彼らは先を目指して歩き始めた。黒煉はその突然の行動についていけない。

置いていかれそうになり急いで彼らの元へ走り寄り、マスタングに説明を求めた。

「俺達が援護、いや、今更濁しても仕方ないな。俺達が囮に、お前の盾になる。そうしてお前はあの装置に近づいて破壊、奴らを制圧しろ。お前に拒否権はない、これはゲイズ少将の命令だ」

分隊長が伝え終えるのを待っていたように、次の瞬間彼らは走りはじめた。

雄々しく叫び声を上げながら。

「何をっ!? 止めてください!! まだきっと他にやり様が!!」

「それを考えている時間が俺達には残されていない!! もう始まったんだ!!」

銃声と爆発音が響き始める。マスタングは黒煉の腕を掴み、強引に引き摺る形で部下達の後を追った。

そこからのことを、黒煉はあまりはっきりと覚えていない。

いや、覚えてはいる。

映像として、音声として、その光景を思い描ける。

だが、それを自分が経験したものだという実感がなかった。

あくまで記録であり、記憶として自分の中に収めることができなかった。

黒煉を隠すよう二列の波状に並んだ陸士らの後ろで、マスタングに引き摺られるように走った。

立て続けに聞こえる銃声に、頬を撫でる爆風。

肉が焼ける匂いが鼻に届き、肉が飛び散る音が耳に届き、熱い液体が自分の肌に降り注ぐ。

彼らのことを理解できないまま、それでも黒煉はラハトを握りしめた。

少しでも彼らが生き残れるよう、炎術を使って銃弾を燃やし、爆風と炎を制御下に置こうとした。しかし、独学でしかない黒煉の精霊術は、それすらまともに達成できない。

あと僅かの距離を残して、最後の一人であるマスタングすら倒れ伏した。

もう、十分だった。

そこは既に、黒煉の必殺の間合いだった。

何人いようが関係ない。不殺は目指すほどの余裕はないが、いくら強力な武器を持っていようと、素人に毛が生えたような連中に遅れを取ることはない。

後は敵も装置も、全てを斬り捨てるだけだった。















「なんで……こんなことしたんですか」

殆ど無いに等しい距離を、無限の時間をかけて歩いた思いがした。

黒煉はマスタングの横で崩れ落ちるように座り込んだ。

「それが、俺達に与えられた命令だった」

彼はゆっくりと話し始める。

『アマガミが目標を達成するまで、奴をすべての障害から守り切れ』

この作戦が決まった後、レジアスはマスタングを呼び出してこう切り出した。

そして、彼らはそれを受け入れた。

「俺達と違って、お前には代わりはいない」

黒煉に語りかける声が増える。

「何人死のうが、お前を生かすことが最も優先すべきことだ」

全員致命傷だった、まだ生きている方がおかしいほどに。

「俺達にできることは、この命をお前に捧げることだ」

しゃべる力が残っているとは思えない。

「一途に、ひたすらに、お前に尽くす」

それでも、彼らは必死に黒煉に自分達の思いを伝える。

「これが俺達にできる、唯一許された戦いだ」

黒煉に自分達の遺志を託すように。

「これからお前は、ここで死ぬ俺達よりも多くの命を救うだろう」

自分達が生きた証を黒煉に刻みづけるように。

「ならばこの死に価値はある、この死は決して無駄にはならない」

黒煉に言葉をかけるごとに、一人ひとりの命が消えていった。

「貴方達は、俺のことを嫌っていたじゃないですか」

そう、だからこそ、黒煉には彼らがここまで自分に命をかける理由が理解できない。

「嫌いさ、高ランク魔導師なんてみんな大嫌いだ。生まれ持った魔力にモノを言わせてどんどん前線を離れていって、俺達のことなんて蟻のようにしか思ってない」

その問いに答えたのは、黒煉と諍いを起こしたあの陸士だった。

「でもな、お前の言う通りだ。そうだよ、俺達は内輪で争いをするために管理局員になったんじゃない。大切な誰かを守りたくてここに来たんだ。この広い次元世界で暮らす、名前の知らない誰かの笑顔を守りたくてここにいるんだ」

自分達が残したかったのは平和だと、それを成すためなら

「詰所が襲われた時、一人で戦うお前を見たよ。大口径ライフルに狙われてその身を危険に晒しながら、お前は俺達が逃げる時間を作った。実際、お前は死にかけただろう。そこにお前の意志を見た、お前の理想は口だけじゃない。なら、今度は俺達がそれに応える番だ」

あんなことがあった直後でも、この男は黒煉のために命を投げた。

「大丈夫だ、少将が俺達にこう命じたんだ。少将は切り捨てる強さと、それを背負う強さを併せ持つ人だ。俺達が死んだ後も、あの人がいれば残された家族の心配はいらない。泣かれるだろうが、まぁ許してくれるさ。そうと分かってて家族になったんだ」

死ねと命じられても受け入れられるほど、彼らはレジアスを信頼し、そしてそれに従い黒煉のことを守り抜いた。

「さあ、もう行け。お前にはまだやることが残っているだろう」

それを最後に、名も知らぬ彼の息も途絶えた。

黒煉はしばし陸士らの遺体を見つめ、そして立ち上がり魔力炉の研究所に向かって走り始めた。今ごろ地上でも、ゼストらが同様に向かっているだろう。

黒煉は決して振り返らなかった。彼らの命に報いるために。










残されたマスタングは部下達に語りかける。もう彼らはそれを聞くことができないと知っていても、彼は残り僅かの力を振り絞って声を出す。

「ああ、お前ら……」

地下水路の暗闇に溶けこむような黒のバリアジャケットを身に纏い、高速機動魔法を用いて自分達には到底出せない速さで遠ざかる黒煉の力強い後ろ姿を、マスタングは虚ろに霞んだ視界で見送った。それだけで分かる、黒煉は必ずこの事件を解決させるだろう。

「……死んだ甲斐があったぞ」

その弔いの言葉を最後に、マスタングは瞼を閉じた。誇らしげに、満足そうに笑みすら浮かべて。












彼らの元を去った黒煉は、感情を押し殺した機械となった。

皇として得た技術のすべてを駆使して、地下から目的の研究所へ侵入し、AMFの発生装置を破壊し、魔力炉を抑えた。音もなく誰にも気づかれること無く。

邪魔な者は気付く前にその意識を絶たれたのだから。

これで致命的な脅威は完全に去った。テロリストの二枚の切り札は失われたのだ。

黒煉の強靭な意志で保たれていた冷静さも、そこで完全に途切れた。

彼は叫びながら、天に向かって砲撃を撃ち放った。

その叫びは咆哮か、慟哭か、恫喝か、嘆声か。

ならばその砲撃は地下で死んでいった彼らへの弔砲か。

それからは、それまでの静かさが嘘だったように、全てを蹂躙する鬼神となった。

気付かれることなどまったく厭わない。むしろ自分の元へ群がってこいと言わんばかりに、力を振るった。

そこには技術などなにも無かった。あるのはただただ純粋な暴力だけ。

死んだ者はいない。非殺傷設定がついているのは、わずかに残された理性か、それとも別の思いか。

だが、五体満足な者も一人もいなかった。非殺傷設定が意味を持つのは、魔法による攻撃だけだ。黒煉がその四肢を使えば、彼らの身体は玩具のように壊れていく。

ゼストたちが突入した時には、既に半数以上の容疑者が倒れていた。

その光景にゼストらは束の間戸惑うが、警備隊を指揮しながら自分達も制圧に乗り出した。AMFが消え、一般の陸士レベルでも魔法の使用が可能になった今、彼らを止められる者はこの場にはもはやいない。

瞬く間に戦いは収まった。これで終わった、そこにいる地上本部の人間は誰もがそう安堵した。

「よくやってくれた」

黒煉に近寄り、その肩を叩こうとしたゼストだけが気付いた。

黒煉の殺気が押し殺されているだけで、まだ全く衰えていないことに。

それを見た瞬間、ゼストは黒煉が何を考えているか理解した。だが遅すぎた。

血に塗れたバリアジャケットを纏ったまま、黒煉は高速機動魔法を展開して研究所から飛び出した。彼が向かうのは今回の事件の作戦本部。

「待てアマガミ!!」

慌ててゼストは彼を追うが、速度が違いすぎた。

驚異的な速度で空を翔ける黒煉は、数十秒のうちに目的地のビルまで辿り着いた。そしてそのまま止まること無く、外壁をぶち抜いて作戦本部の設置されている会議室へ飛び込んだ。

突然のことに室内は喧騒に包まれ、リンディも舞うコンクリートの破片と土煙のから身を守るため魔力を纏いながら腕で顔を覆う。そんな中、黒煉はその左手で迷いなく一人の男の胸ぐらを掴み上げた。身長差がかなりあるのにも関わらず、男の足は中空に浮く。それだけの力を左腕に込め、黒煉は怒声で問い質した。

「何故だ!! 何故あんな命令を下した!!? 答えろレジアス・ゲイズ!!」

相手は地上本部の重鎮、レジアス・ゲイズ少将だ。しかしそんなものは一切関係無い。黒煉が求める答えに、レジアスの階級など何の意味も持たない。

さっさと答えなければ、死んだ分隊の面々の血が染み付いたこの指で、貴様の首を圧し折る。そう言わんばかりの怒気だった。

咄嗟にリンディは止めに入ろうとするが、そこへ遅れてやってきたゼストが、槍型デバイスの石突を使い黒煉のがら空きの左脇を叩き込んだ。

そのままの流れで彼は黒煉をその場に押さえつけた。この身長差で、この体重差だ、体の作りを理解した上で関節を固定すれば、身動き一つとれなくなる。

「そんな容易く人に死ねと命じてっ、貴様は部下を何だと思っているんだっ!!!」

それでも黒煉は怯むこと無く吠え続けた。

そして対するレジアスも、臆すること無く淡々と答えた。

「それが必要だからだ」

別に黒煉に言い聞かせる気など無く、彼がなんと思おうがそれが紛れもない事実であると言うように。

「今日、俺は貴様に人を数で数えることの愚かさを言ったな。あれに嘘偽りはない、そんな奴は屑だ。だが、俺達は既に軍人となったのだ。何かを天秤にかける際、載せるものが数値でなければ天秤が傾くこともない。誰かを守るためにこの世界に飛び込んだ以上、俺達は人の命を数として見なければならん」

人の命を数で扱うことを。

「どれだけ俺達の命を賭ければ、どれだけの市民の命が救われるか。俺達が見るのはそれだけだ、切り捨てるの必ず自分達だ、俺達の命は何よりも軽いんだ。俺の指示一つで、多くの命が簡単に消えてゆく」

人の命は軽いんだと。

「そうして今日、俺は9人の部下の命を軽く切り捨て、貴様の命を救った、そして貴様がこれから救っていく多くの命を救った。この選択を過ちだったとは、俺が誰にも言わせん」

その無情な現実を黒煉に突きつけた。

「アマガミ、お前はあいつらの最後を見ただろう、あいつらの最後の言葉を聞いたのだろう、あいつらがどうやって逝ったか見届けたのだろう」

レジアスに続くように、押さえつけていたゼストも力を緩めながら黒煉を諭す。

「マスタングたちは、お前に何かを託したはずだ。それを無駄にするな。マスタング達の命に報いろ。マスタングたちの命の重さを背負え。お前ならそれができるはずだ」

その言葉に、黒煉は自分の力も抜けていくのを感じた。

「平和が誰かを犠牲にして成り立つなど認めるつもりはないが、マスタングたちの犠牲で守られた平和も確かにある。俺はこれからも多くの命を切り捨てるだろう。だからこそ俺は止まるわけにはいかない。切り捨てた命に報いるためにも、俺は平和を目指して邁進し続ける」

レジアスの言葉も、ゼストの言葉も、マスタングたちの言葉も頭に届いても、理解ができない。

困惑するばかりだった。

「二士、もうお前の仕事は終わった。治療を受けて、今夜はもうゆっくりと身体を休めろ。連れて行ってやれ、ゼスト」

脱力しきった黒煉を背負い、ゼストは医療魔導師のところへ連れて行くため会議室を出ていった。

リンディも二人の後を追おうとするが、レジアスに呼び止められた。

「保護者殿、二士に伝えてやってくれ。本当によくやってくれたと。これで殉じていった者たちも浮かばれると。今の奴には、儂の言葉は届かんだろうからな」

「はい、必ず」

彼女は力強く頷き、黒煉の元へ走り始めた。

リンディは、ゼストの思いも、レジアスの思いもはっきりと理解していた。

彼女も紛れもなく軍人である。既に前線を退いて内勤となったが、かつては兵士であり、かつては指揮官だった。

受け入れがたいが、彼らの言葉は厳しい現実だった。

自分達は幾度となく、選択を迫られる。何を助けて、何を見捨てるか。常に取捨選択に直面している。

命を数で秤にかけて選ばなければならない。

知らなくて済むのなら、知らなくても良い世界だった。

だが、黒煉はその世界に足を踏み入れてしまった。

そして踏み入れさせたのは自分達だと、リンディは理解していた。

理解していたはずだった。

この数年で、自分も呆けてしまっていたようだ。

本当は、自分が黒煉に伝えなければいけなかったことだ。

屋外に設置された天蓋の中にそっと足を踏み入れる。急場で設置された野戦病院だ。高濃度のAMFが展開されてから、治癒魔法も使えなくなったため民間人の要救助者は都心部まで運びだされ、中は閑散としていた。黒煉の魔力反応を辿って一つの仕切られたブースに着くと、ちょうど野戦服を来た男が出てくるところだった。おそらく医療魔導師だろう。

入れ違いでブースの中に入れば、そこには簡易イスに項垂れて座る黒煉の姿があった。微かに治癒魔法の残り香を感じるが、ここでは大したことはできない。脳震盪まで起こしたのだから、後日精密検査が必要になるだろう。

リンディはここに来るまでに、黒煉に伝えるべき言葉を探していたが、それも上手く見つからない。既に他の者が伝えていた。

なら彼女がすべきことは、その伝えられたことを黒煉が理解するための手助けだろう。

リンディは黒煉の側にあった椅子に腰掛け、彼の手を握りながら言った。

「命の重さを思い知ったのなら、命の軽さを思い知ったのなら、泣いてもいい。

 命の重さを背負う強さが欲しいのなら、命の軽さを受け入れる強さが欲しいのなら、泣かなくてもいい。

 それは貴方が自分の中で考えぬいて、貴方が自分の意志で選びとって、そして貴方が求める将来に繋げていって」

だが、それは齢13歳の少年に降りかかるには、重すぎる選択だった。

レジアスは黒煉を生かすために部下に死ねと命じ、黒煉は自分を生かすために散っていった者の血をその身で浴びた。

今、黒煉の頭の中では色々な思いがないまぜになっているだろう。そしてきっと、そのどれもが浮かんでは消えていき、またすぐに同じものが浮かんでくる。まともな思考ができる状態であるはずがない。若干だが、既にPTSDの兆候すら現れている。

「大丈夫よ、今夜はずっと傍にいるから」

だからこそ、今日この夜、彼を一人にしておくことはできない。

会えなかった一年半の間に自分の背を大きく追い越した黒煉も、こうして肩を落としてうつむき座り込む様はとても小さく見えた。リンディは膝をついて手を伸ばし、大事なものを護るように、慰めるように、自分に血がつくことを厭う素振りなど微塵も見せず、その頭を抱きしめ血と埃でゴワゴワになった髪をゆっくりと撫でる。

「大丈夫だから」

その感触に、黒煉は偽りでも自分の空が満たされた夜を思い出した。そして自分の裡から激しい何かが溢れ出そうとしているのを感じた。

それを彼は歯を食いしばって耐える。

(俺はもう戦うと決めたんだから)

溢れ出そうとする何かを抑えつけるように、そのための力を分けて欲しいと、そして何より生きている人の温もりを感じたいと縋りつくように、黒煉はリンディを強く、強く抱きしめ返した。

この温もりを失いたくないと、そう切に願った。















 ◆◇◆◇◆◇◆















窓から力強い朝焼けが上っていく。夜の暗闇に慣れた瞳で痛みを覚え、その時になってようやく黒煉の瞼は落ちた。

それまで二人とも結局一睡もしていない。地上本部が手配した簡素なホテルでシャワーを浴び、用意された真新しい服に着替えた後は、安物のベッドに並び腰掛け、黒煉はリンディの手を握り、リンディは黒煉の髪を撫で続けた。ただそれだけだった。リンディは黒煉が求めればそれに応じるつもりでいたが、黒煉自身がそれを選ばなかった。

彼は一晩中考え続けた。

ゼストが言ったこと

レジアスが伝えたこと

名も知らぬ陸士が訴えたこと

彼らの言葉が正しく黒煉の中に届いたかは分からない。それでも彼は今の道を歩き続けることを改めて決意した。それが隣にいる女性との、違えることのできない約束だったから。

命を軽く切り捨てる覚悟を決めた。

切り捨てた命の重さを背負う覚悟を決めた。

散っていった命の遺志を継承する覚悟を決めた。

欠陥品の自分にそれができるかは分からない。それでもそれを成そうとする意志が何よりも重要なのだと考えていた。

自分の命は、もう自分だけのものではなくなった。その事実は彼にとって重荷になるかもしれない。

だがその重荷が、黒煉の心をより確かなものにしていくだろう。痛みを伴うものであっても、それは彼にとって必要な物だった。

黒煉はこの夜に起きた全てに自分で答えを出し、そうすることでようやく眠りに就くことができた。

言葉はなくともリンディはそれを見届け、崩れ落ちるように意識を手放した黒煉をベッドに寝かせ、彼を一度だけ抱きしめてから自分も瞼を閉じた。

その後二人が目を覚ましたのは、太陽がもっとも高くまで登ろうかという真昼だった。とうにチェックアウトの時間は過ぎているだろうが、ホテル側からの連絡はなかった。地上本部がここを用意する際、あらかじめそうするように手配されていたのだろう。

起きてからの黒煉は落ち着いているようだったが、同時に気が張り詰め、なにか焦っているような感じがあった。

昨夜、彼は悩み続けた結果、もう一つの自分の想いも見つけていた。

自分の命について、これからについて考えている過程で、そこには自分だけではなく常に一人の姿を寄り添わせて描いていることに気付いた。

それを今すぐにでも伝えたかった。

「リンディさん、話があるんです。少しいいですか」

身支度を整えてチェックアウトする直前、部屋を出ようとしたところでそう声をかけた。リンディは黒煉の緊張した態度に気付いて彼に向き直り、真面目に聞く態勢を整えた。

そして黒煉は切り出す。

「いつでも貴女は俺の支えになってくれます。貴女がいるおかげで、今の俺はあります。こうして立っていられます。本当に、ありがとうございます。でも俺の中にあるのは、感謝の気持ちだけじゃありません。もっと、もっと特別な想いがあります」

目線はそらさず、リンディの瞳を見つめ続ける。そこに映る自分の姿すら見ることができるのではないかと思うほどに。

「”今夜は傍にいる”。そう言ってくれましたが、俺はもうそれだけじゃ満足できないんです。俺は貴女のことが好きです。これからもずっと、俺の傍にいて欲しい」

リンディは突然の黒煉の言葉に驚きで目を見開き、しばし呆然としつつも、やがてその顔には穏やかな笑みが浮かんだ

彼の告白にリンディは唇を重ねることで応えた。

「これまで以上に、よろしくね、黒煉さん」

彼女の返事に黒煉は顔をくしゃくしゃにして喜び、そしてもう一度だけキスをした。

その後は言葉少なに、だが前よりも確かに近い距離で並び歩いてホテルを後にし、黒煉はリンディをトランスポーターまで送り届けた。彼女はそこで海鳴へ、それを見届けてから黒煉はクラナガンの自宅へと帰っていった。

リンディはその転移の間、黒煉の心に思いを馳せる。

告白を受け入れたのは、どうしようもない打算があった。彼女は黒煉自身が気付いていない彼の想いの有り様を察していた。

出会った時から、黒煉はリンディに母の姿を見ていた。たとえその身を傷つけられても、愛することを止めることができないほどに、狂おしいまでに真摯に皇瑞樹のことを愛していた。常に胸の内で彼女を想っているからこそ、身近な母親にその姿を重ねていた。それが辛いために距離を置くことを選んだ。

あの奇跡の日、多くの人の祈りが届いて許されたあの時間、精霊に祝福されたあの地で、黒煉は瑞樹と永遠の別れを告げた。黒煉は自分で歩いていく決意をした。

だがそれでも変わらずにリンディに母親としての姿を見続けてしまった。それが自分の心を苛む棘になると黒煉は判断した。

だからこそ、敢えて黒煉はリンディを一人の女性として見ることにした。そうすることで彼女に映る母の姿を打ち消そうとした。つまり、黒煉はリンディのことを本当の意味で女性として愛してはいないのだ。それがリンディには手に取るようにわかった。彼女も紛れもなく母親なのだから。

その心の動きすべてを、彼はまったく自分で意識をしていない。性質が違うとはいえ、かつての心の器の防衛反応と同じものだ。むしろ、意図していないものだからこそ余計にたちが悪いかもしれない。

故にリンディは、黒煉の告白を受け入れた。

自分は黒煉を護る者だから。

リンディとて、彼のことを男性として愛しているわけではない。そういった意味で愛しいと思うこともあるが、所詮その大半は母性愛に過ぎなかった。

黒煉がリンディを、いつか母ではなく本当の恋人として見る日が来るかもしれない。

またリンディが黒煉を、いつか護るべき者ではなく本当の恋人として見る日が来るかもしれない。

それは今の時点では全くわからない。

それでも彼女はこの空の少年のために、幼い遊びにも似た少し歪な恋人関係を続けていこうと思った。




















 ◆◇◆◇◆◇◆



















彼の目の前の巨大モニターに映るのは2つの映像。少し前にクラナガン郊外であったテロ事件のものだ。

ただのテロ事件などに興味はない。彼ならもっと綿密で、精緻で、鮮やかに目的を達成する事件を起こしてみせる。

そんな彼が何故そんな映像を見ているかといえば、そこにそれぞれ映る兵器だった。

「だいぶ趣が変わっているが、私の作品だね」

「お兄様からラハト・ケレブが観測したデータも受け取りました。一通り解析しましたが、AMF発動のシステムはドクターが考案した理論を基にしているのは明らかでした」

映像とその脇に浮かぶデータを見ながら、紫の狂気の科学者とその助手は結論づけた。

「ですが……」

そこで、助手は言葉を濁らせた。主を気遣うような素振りを見せる。その姿を見ながら、僅か数年の間に娘もだいぶ変わったと感じる。

「わかっている、私のものより遥かに高性能だ。そう遠くない未来でなら、私も同じものを作り出せるだろう。だが今は無理だ」

口籠った彼女の心配など無用だと、そう伝えるようにあえて強く現実を口にした。

「クーラ・ハイデルン、あの女が今は私と同じ立場にいるのなら、これぐらいのことはやってのけるだろう。彼女のことは好きではない、むしろ気に入らないほど美しさに欠けるが、その下品さに目を瞑れば確かに彼女は優秀だ、技術者としてね」

評議会は彼女を取り込んだからといって、いま私を切り捨てる真似はしないだろう。奴らは愚かだが馬鹿ではない。

だが近い将来、この均衡状態が崩れる時が来るだろう。

「ウーノ、妹達を呼んでおいで」

その時に自分達が生き残るために。

「私達も動き始めよう」

ジェイル・スカリエッティはその無限の欲望を解き放った。
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