現在リリカルなのはの二次創作と日記を掲載。そのうちオリジナルの恋愛物も書くかも……
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空の少年21~信念の剣~
 飾り気の無い管理局本局の廊下を、リンディ・ハラオウンは古くからの親友と二人歩いていた。目的地ははっきりと決まっているようで、その足取りは迷う素振りを見せず淡々と冷たい反響音を木霊させていた。

「一体何の用かしらね、レティの方では何か聞いてる?」

「私もまだ何も。とりあえず執務室に来て欲しいってことだったから、行けば嫌でもわかるでしょう」

 突然の同僚からの呼び出しに疑問を抱きながらも、彼女の言葉の通り行かなければ分からないことだと自分を納得させて足を動かした。
 それでも頭の片隅でなにか訴えるものがあることを否定できなかった。自分だけならまだしも、レティ・ロウランを同時に招くことなど余程のことであると想定した方がいい。どうにもきな臭い感じで、良いものか悪いものかは判断できなかったが、ひたすらに予感がしていたのだ。

 辿り着いた執務室の前で数瞬躊躇うが、そんな自分を他所にレティは横から腕を伸ばしてさっさと室内との回線を開いた。

「うだうだ悩んだってしょうがないでしょ。覚悟を決めるのも重要だけど、本当に大事なのは急に話を振られても下手をコカないことよ」

 言いながら笑みを浮かべる親友の顔に、張り詰めていたものが解きほぐされるのを感じた。

 普段の彼女といえば、石橋を渡るときは叩いて確認するどころか鉄筋を通してコンクリートで補強した後、更に万が一を考えて嫌いな男を先に渡らせて安全を確認した上で自分は魔法で飛んで行くような、万全の体制を整えてから行動するタイプだ。

(気を使わせてちゃったわね、そんなに顔に出ちゃってたかしら)

 にもかかわらず、先程の言葉が出てくるほどリンディのことを安心させるために調子を合わせていたのだ。彼女としては親友に対して感謝の念しか浮かばなかった。

 それに後押しされるように背筋を伸ばし、目前のモニタに映し出された部屋の主に焦点を合わせた。

 やや遅れて現れた彼は手で耳を押さえ、肩を落としてどこかくたびれた様子だった。

『失礼、お待たせをしました』

「レヴェントン提と『だからぁっ!! こんな無茶苦茶な権限委譲できるわけ無いだろうがぁぁぁっ!!』…………?」

 後輩のアイズ・レヴェントンに掛けようとした声は、室内で響く別の怒号にかき消された。

『あー、今開けますのでとりあえず中へ』

 促され入った部屋の中は、モニタ越しよりもさらにやかましい男女の声が迎え入れた。

「いったい何なンですかねーこれは? お前まさかこれが納得してもらえるとでも思ってるンですかァ? 頭ン中大丈夫ですかァ? 実はそっちに行くはずの栄養が、そのバインバイン揺れてるご立派なお胸様にイッちゃってなンか面白いことになってンじゃねーの? 一回頭蓋開いてもらえよ一緒に俺も見るから。絶対中身スッカスカの空っぽだぜ?」

「ハンッ、誰もが羨む立派すぎるおバスト様だから、ひょっとすると栄養バランスが偏ってるって事もあるかもしれないね。でも多分代わりに乳の中に脳味噌入ってるんだよ、じゃなきゃ私の聡明さに説明がつかない。それにそもそも納得とかそういう問題じゃないね! これはもう受け入れさせるしかないんだよ。こうでもしなきゃ何も変わらない、なし崩しで押し切られる。ここのクズさは、誰よりも君が一番良く知ってるだろう?」

「マジかよ!? 脳の防御装甲薄すぎだろどうなってんのお前の身体! つーかこんな内容で発足してみろ、えらい勢いで顰蹙買うぞ。お前らも設立メンバーに数えられるだろうが、矢面に立つのは現場のトップになる俺だろ。ちっとは人様の胃のことも考えやがれ!」

 彼女が入室して直接的な肉声で聞いた会話の内容は、真面目な話と頭のおかしい話が入り乱れてなにやら異様な体相をなしていた。

 思わず自分の胸元に視線を落としたあと、自分の頭の中身について真剣に考えてしまった。別に今の与太話を信じたわけではないが、同性に羨まれる程度には自己主張をする胸に、他人からそんな評価をされ得るのかと改めて認識したのだ。

「二人とも、来客ですよ。いい加減その下品な会話は止めにして欲しいですね。正直、聞くに耐えない」

 リンディとレティの存在を気に留めることもなく舌戦を繰り広げる男女に向かって、アイズは心底疲れた顔でそう声を掛けた。

 その言葉にようやく口を止めた二人がこちらを振り返った。一人は見慣れたアイズとは別の後輩、ヴァネッサ・スクーデリアだ。だが、もう一人の男性の方は、すぐに誰かは分からなかった。

(えっと……誰だったかしら……)

 艶のある男性にしてはすこし長い黒髪に、すっきりと整った目鼻立ち。何処か達観したかのようではあるが、それでもはっきりとした意志の籠った眼差し。

 別に知らないわけではない。それどころかとても見覚えのあるものだったが、記憶にあるそれとは小さな相違が無数にあり、本人だとは思い至らなかった。

 彼は新たな人物の登場に、それが誰か認識するや否や眼を丸くして顔を蒼くし、眼に見えるほど冷や汗を流し始めた。

「えっ、ちょっと聞いてないぞ。こんなところで再会するなんて。心の準備ってものがあるだろ」

 そんな彼の様子に二人の後輩は可笑しそうに顔を綻ばせた。悪戯が成功したといったような、無邪気さに溢れた笑顔だった。

「良いねーその顔。以前に比べればマシになったけど、いっつも澄ました顔しちゃってさ」

「人の顔にケチ付けるな、無愛想は昔からだ」

「管理局も大きく絡んで作る組織ですからね、人事と総務のトップに話を通すのは当然です。それも早期のうちに。まあ、君の浅慮だったというところですね」

「いやぁそうなんだろうけどさ。せめて事前にいつかぐらい教えてくれても良いんじゃないか?」

 彼はそう零しながらも、身嗜みを整えて改めてリンディたちに向き直って頭を下げた。

「お久しぶりです、レティ・ロウラン提督、リンディ・ハラオウン提督。いえ、今は総務統括官でしたか」

「えーと、お久しぶり?」

 久しぶりと言われても、彼女は未だに目の前にいる男性が誰なのか判断できずにいた。それこそ、喉元まで名前は出かかっているのだが、あと一押しが足りなかった。

「気付かれないってそれはそれでショックですよ、リンディさん」

 困ったようにはにかんだ笑顔を見て、二年前にあの旅先で見た一人の少年の笑顔を思い出した。

 大人びた雰囲気を纏いながら、歳相応のあどけなさを残し、とても眩しく輝いていたあの笑顔。

「…………黒煉さん?」

「はい、そうですよ。今は皇ではなく、天神を名乗っていますが、貴女に救ってもらった黒煉です」

 告げた瞬間、リンディは黒煉を抱きしめ、その頭を撫でていた。会わなかったこの二年で彼の背はリンディをはるかに超え、彼女が見上げる側になっていたが、それでもその所作は母が子にするそれだった。

「大きくなったわね」

「ええ、貴女のお陰です」

「そう、でもね──」

 撫でる手が黒煉の頭を鷲掴みにした。

 魔力が込められたその手は、彼女の細腕からは想像すらできない力を発揮して、彼の頭を締め上げる。















「──なんの連絡もしないっていうのは、どうなのかしらねぇ?」





 母って強いな。

 黒煉は悲鳴を上げる頭蓋骨に命の危機を感じながら、それでも昔よりも近くなった二人の距離に自然と笑みが零れた。














魔法少女リリカルなのは 空の少年 21

 ~信念の剣~














 頭部からなにやら幾筋もの煙を上げながら床に直接横たわる黒煉を尻目に、大人組の四人は仕事の話を進めていった。

「それで、今日の話はそこで転がってる坊やに関わることでいいのかしら」

「それはそうなんですが、冷静ですねレティ先輩」

「まー転がしたのは私じゃないし、なんかあったら責任はリンディが取るでしょ」

「責任って……大丈夫よ、ちゃんと手加減はしたから」

「当たり前ですよ、SSランクが本気で魔力込めて頭握りつぶそうとしたら、生身で耐えられるはずがないでしょうに」

 当の本人を尻目にするだけでは飽き足らず、更にモノのように扱う彼らの空気は少し異様だった。特にリンディは過去、教育という名目で実の息子に誘導制御型の射撃魔法を叩き込んでゴミ屑のように吹き飛ばした前科がある。ついでに言えばその時にも黒煉は魔力込みの鉄拳制裁を頂戴していた。

(愛の鞭にしては、行き過ぎているんじゃないだろうか)

 親しい間柄故のフランクさだということも理解しているが、それでも少し寂しくなった事実を黒煉は胸のうちに秘めて立ち上がり話に加わった。

「何年か前から、レヴェントンやスクーデリアと水面下で準備はしていました。地球を去ってクラナガンへと移ったのも、本格的に活動していくためです。リンディさんへは、一度スクーデリアから触りだけですが話はしていたと思います」

 黒煉の言葉にリンディは、左手の人差し指で顎をなぞりしばしの間逡巡する。その手の動きは、昔から彼女が考え事をするときの癖だった。以前と変わらないその姿に懐かしさを感じ、同時に時が過ぎても彼女が変わらずいることに嬉しくもなった。

 ところが数秒の間を置いて思い当たる事柄があったのか、途端に不愉快そうに眉間に皺が寄った。

「……三年前にヴァネッサの執務室で聞いたアレかしらね?」

 それを見て黒煉は地雷を踏んだことを自覚し、ヴァネッサは自らに火の粉が降り掛かることを察知して恨みがましく彼を睨んだ。

 こんなところで修羅場を展開させることなど、彼としても御免被りたい事態だった。ヴァネッサになにか合図されるまでもなく、強引に話を進めて火消しに走る。

「そうです、一つ部隊を率いて欲しいっていうアレです。全くもってその通りなんですが、そんな怖い顔しないでください。せっかくの美人が台無しですよ。ほら、笑顔笑顔」

 それと合わせて女性を持ち上げることも忘れない。彼が叔父に説かれた紳士としての嗜みを必死に実践しようとしていた。自分の両頬に指を当て、笑顔を作るように口角を持ち上げる。実は直接リンディの頬に触れたくもあったが、それはさすがにやり過ぎになるという意識はあったので止めておいた。

 リンディは見当違いの彼らの心配に、逆に毒気を抜かれてしまった。別に今彼女が腹を立てていたのは、当時のヴァネッサに対してではなかった。彼女に八つ当たりをしていた当時の自分を思い出して、その余りの幼稚さを恥じていたからだ。その時も今でも、黒煉が管理局の一員になることに積極的な賛成はできないが、それでも彼のために何かをしようとするヴァネッサの意志に負の感情は持っていない。

 黒煉の傍にいてあげられるという点では、彼の管理局入りはリンディにとっては好都合だった。だが、今まで管理局が行ってきた非道を鑑みれば、管理局にいてはいけないとも考えていた。

「リンディには話をしているのかもしれないけど、私は全部初耳なわけよ。一から説明してほしいわね」

「もちろんですよ。それにヴァネッサからは局内で部隊を纏めろというように言っていたようですが、厳密にはそれも間違いです。黒煉くんには入局してもらうことはありません。現在局内で研修は受けてもらっていますが、それもただの名目で実際は根回しの一環です。彼には。管理局とは別のある組織の代表になってもらいます」

「ある組織?」

「はい。管理局に対する、外部監査機関です」

 アイズの言葉に、リンディとレティは思わず息を飲んだ。

「随分と無茶をするわね」

「管理局には前科があるから、私たちは決して反対はしない。むしろ賛成するけど局内、しかも幹部クラスにはかなりの数の敵を作ることになるわよ」

 当然だろう。これまで管理局は基本的には慈善活動を行って来たが、それでも組織として肥大化し過ぎた。だからこそ小さなものでは過日のディーノ・トランのいた管理外世界のような汚職は無数にあるし、規模が大きくなればフォルセティのような事件が起きる。正義を語る組織といっても、そこに所属する人間の全員が全員、その胸に正義を秘めているわけではないのだ。大半が義憤に燃えていることは間違いないが、それでも私利私欲のために動く者はいる。負の方向性での大きさは異なるが、全体を通してみてもフォルセティと大差はない。

「これは今後の管理局にとっても必要なことです。何度も同じ轍を踏まないためにも、その予防策は打っておくべきです」

 あれから三年の月日が流れ、今でこそだいぶ下火になっているが、フォルセティによって招かれた管理局に対する信頼の失墜は拭いきれていない。もう後一押しといったところだろうが、そのための一手を打っておきたい。そして、管理局はこの先も存在し続ける。その治安維持活動のためには、対策を講じる必要があった。

「敵を作ることになっても構いません。その程度のことは想定内です。そして表向きの反対意見を黙らせるために、黒煉くんを代表として組織のトップに置きます。これで設立に対して表立って異議を唱えれば、大多数の現場の人間、ひいては世論を敵にまわすことになります」

 確かに黒煉が代表としてその監査組織を設立することは、表面的な動きだけを見ていれば美談に映るだろう。今現在公式で生きている人間で、先の事件の一番の被害者は黒煉だ。そしてあの内部告発の折、彼は自らが人造魔導師であることを、違法研究の被害者であることを大々的に喧伝していた。いわばその存在自体が管理局の罪の証なのだ。その当人が復讐するのではなく、管理局を正すために監査組織を設立して次元世界に貢献しようというのは、一般大衆の心を鷲掴みにするはずだ。

 組織設立に反対すれば、またも管理局はその信用を失うことになりかねない。

────あれだけのことを仕出かしておいて、組織の体質是正、および予防策を講じることをしないのか、お前たちは反省するつもりはないのか────

 そういった意見が噴出するのは日の目を見るより明らかなことだった。

 だがそれよりもリンディが気掛かりだったのは、黒煉が代表を務めることだった。結局、黒煉をプロバガンダとして利用しようとしている。客寄せパンダと一緒だ。それでは三年前と何も変わりはしない。しかし、眉間に再び皺が寄ろうとしたところで、隣りに座るレティが口を開いた。

「そもそもの監査組織は別として、この坊やの代表就任…………これ、貴方達二人の案じゃないわね」

「流石ですね、お察しの通りです」

「またリンディが不愉快そうな空気出しそうだったけど、まあ貴方達も馬鹿じゃないからね。それこそ同じ轍を何度も踏まないでしょ。リンディはこの子に対して過保護だから、キャンキャン噛み付いて穿って見ちゃうのよ」

「それこそ始めにスクーデリアが言ったように、組織の代表は別に置いて俺が実働部隊のトップを務めれば済んだところを、自分から望んでこの立場に就いたんです」

────自分の力で、自分の意志でやりたいんです────

 言葉にせずとも、黒煉の姿はそう語っていた。

 ただ、それとは別に彼には思惑があった。つまるところ、彼は他者の為ではなく、自らが直接的な力を手に入れるために、"管理局に対する監査組織の代表"という地位を欲したのだ。それでも一概に利己的とは言い難いのは、二年前の約束を我武者羅に果たそうとする意志が根幹にあるからだ。ただ傍にいるだけではなく、離れていても彼の大切な友人を護れるような力を求めて至った、現時点での彼なりの一つの答えがそれだった。

 彼の今の言葉だけでその全てが伝わることはないだろうが、それでも黒煉が自身で何かをしたいということが今までなかったことから、こうして自分の思いを宣言したことだけでも、過去の彼に比べれば格段の進歩だと感じられた。

 レティは何の不満もなく、そしてリンディは多少の心配はしながらも、彼の意志を最大限に尊重することにした。

「では実際の概要を説明していきましょう。ただの監査組織というだけでは、実力はどうあれ能力的にどうかと疑問視される可能性が高いです。そこで現場の監査官の役職に就く者は、すべて魔導師ランクはS以上で揃えます。実際の発足までのランク認定試験で多少人数が上下するでしょうが、現在プラス、マイナスの補正を含めてSランクが二十一人、SSが五人、SSSが一人です。加えて監査官としての業務をしていくにあたって、執務官と査察官は必須資格としていますが、現時点で対象者は全て取得済みです。上級キャリアも取っておきたいところではありますが、そちらは余裕があればといったところですね」

 二人の納得を得たところで、黒煉は実際の説明に入った。まず始めから無茶な条件を口に出したが、むしろ人員構成はこうした過剰な戦力にした方が監査組織として運営していくには都合が良いことが予想される。

 魔法技術が高度に発達している現代では、数ある世界の壁を越えて全ての次元世界でほとんどの能力に対して魔法に関係するものに優位性がある。大抵の場合、高い魔力量を誇るだけでその人間の評価は跳ね上がり、同時に発言力も大きくなるのが実情だった。つまり、魔力ランク及び魔導師ランクがモノを言う次元世界のおける、いわば"魔法至上主義"の弊害を逆手に取って監査組織としての運営に利用する形だ。黒煉にとってはその魔法至上主義など、ただ単に将来的に開花する可能性が高い潜在能力があるというだけで、その時点での実能力を無視しており、また魔法能力が事務能力と直結するわけでもないため、ナンセンスなことこの上ないと考えているが、自らの目的のためには利用できるものは全て利用して追い風にしようと企んでいた。

「これで監査業務の遂行は多少マシになるでしょう。ですが、反面それだけの数の高ランク魔導師を一組織が占有することに対する批判は少なからず発生することは想像に難くありません。エース級の魔導師はどこの部署でも喉から手が出るほど欲しいですから。そちらについては、監査組織だけではなく、魔導師の派遣組織という体裁を取ることで対応します。局内の一部隊に所属することで自由度が拘束される魔導師を、別の派遣組織が独立して一括管理することで、必要な場所に、必要なときに、必要な数を配置するため、通常業務の効率化や緊急時の即応が可能になるという建前ですね。言い換えれば、囲い込みはするが占有はしないといったところでしょうか」

 管理局という組織に所属する以上、局員は必ずどこかの部署の一員となる。何故部署というのものが存在するかといえば、目的とする業務に対して専門性を持たせるためだ。この仕事をするのならばあそこの部署だ、というように。だがそれゆえに他部署の業務に対して口を出すことは、手伝うだけでも諸々の手続きも必要になるし、部署同士の体裁の問題だって出てくる。高ランク魔導師ならそれこそ引く手数多だ。災害発生時にはもちろんのこと、あまり目を向けられないデバイス開発においても耐久性や瞬間的な魔力上限値のテストには彼らは欠かせない存在だ。また、本局に高ランク魔導師を根こそぎ取られて、慢性的な人材不足に悩む地上本部には願ったり叶ったりな状況であるため、この面では陸は味方として動くことも予想される。

「組織構成は、今まで説明した実際の監査官や派遣を担当するのが実務部門、その結果に応じて法的な手続きを処理したり、組織運営や経営関係を担当する事務部門の二つに、その上で代表として自分が座ることになります」

「発足は今から約一年後、新暦七〇年の四月を目標にしています」

「今後、実際に稼働するまでに局と本格的に調整をしていかなければいけません。その前段階としてお二人を呼んで先んじてお話をさせていただきました」

 黒煉の言葉をヴァネッサとアイズが継いで説明を続けた。

 彼らの言葉を聞いてリンディとレティは悩んだ。彼らの提案は将来的なメリットは確かに数多くあるだろうが、現時点での反発があまりにも大き過ぎる。彼らなりの対応策も考えているようだが、あくまでそれは表向きの反対意見を言わせなくするためだけのものだ。むしろ対外的には文句を言わせず活動を起こせるほどであるため、水面下でのやっかみはむしろ過激さを増す結果になるのではないだろうか。時間を掛ければ管理局と監査組織の関係は自然なものになる日が来るはずだが、それまでに彼らが潰れることにもなりかねない。

(はぁ……駄目ね。そうしたくないのだったら、私が頑張ればいいだけでしょうに……)

 だがそれを気にして行動を起こさないというのも、それも結局事なかれ主義で今までと何も変わらない。管理局も変わらなければいけない時が来ているのだ。こう言ってはいささか語弊があるが、フォルセティの件は良いきっかけだったのかもしれない。変わるための一歩を踏み出すのは、まさに今この時なのだろう。

 リンディが横を見やれば、同時にレティもこちらを振り向いたところだった。長年連れ添った親友の考えは、言葉にせずとも手に取るように分かった。

「それで、もう名前は決まっているのかしら?」

 黒煉に笑顔向ければ、自らの提案が受け入れらてたことに彼も顔を綻ばせた。

「ええ、もちろん。名前は"Faith"。何者にも折ることのできない、信念の剣です」















 ◆◇◆◇◆◇◆















「しかし……どうしたもんかね」

 まだ組織として稼働を始めてはいないが、フェイスにも既に隊舎はある。不動産の登記上では今は黒煉の私物になっているが、それもいずれ書き換えて法人名義にする予定だ。本格的にフェイスのための仕事をし始めるにあたって、数ヶ月ほど前に黒煉はナカジマの家を出て、こちらに移り住んでいた。

 その中の自分用の執務室として使っている部屋で書類と格闘しながら、彼は頭を抱えるほどではないにしろ考え込んでいた。

「何を悩んでいらっしゃるのですか?」

 そんな主の前に淹れたばかりの珈琲を置き、翡翠の髪を揺らして顔を覗きながらサリエルが声を掛けた。だが、そんな彼女の問いに応えたのは黒煉ではなく、同じ部屋で作業をしていたセラス・エクリプスだった。顔に掛かる銀髪を鬱陶しげに掻き上げながら、声帯を震わせることすら億劫そうに声を出した。そんな態度だからといって、彼女が不機嫌なわけではない。どんな所作でも面倒そうに行うのは、ある意味彼女の特徴と言ってもいい。

「何を悩むって、結局世の中お金よねぇ、って話かしらねぇ」

「金だと? どういうことだエクリプス」

「そのままさ、お金だよサリエル。このままフェイスを創ったところで、経営難に陥るのは眼に見えてる。まともな収入源が管理局への監査と魔導師派遣しか無いからね。加えて、ただでこそ少ない売上を管理局から巻き上げてたんじゃ、それはそれでまた顰蹙買うだろうし」

 これはアイズやヴァネッサを含めて、彼らが肝心のところで迂闊だったと言う他ない。監査組織として設立することにこだわり過ぎて、実際問題それをどう運営していくかをあまり突き詰めていなかったのだ。

 創ろうとしている組織が営利目的のものではないと言っても、運営していく以上ある程度の収入は必要になる。フェイスとは違うが、極論すればNPO法人だって経費はかかるのだ。実務、事務両部門に所属する人間への人件費も用意しなければいけないのだから、ある程度の営業利益を確保しなければ話にならない。

 今彼らが悩んでいるのは、どうやってその営業利益を稼ぐかである。

「この面倒くさい世の中、正義に燃えてるだけじゃやっていけないもの。昨今のトイレに行かなさそうなイケメンの特撮ヒーローだってご飯は食べるわ」

「以前から思っていたが、何故貴様はそんな管理外世界の特定の国の特殊な文化をさも当然のように知っているんだ。訳が分からん」

 セラスのやけに限定的な喩えに、やや横柄でぞんざいな口調で返したのはサリエルだった。心底理解できないといった風に額に指を当てながら彼女は肩を落とした。

 黒煉に付き従う彼女しか知らない者にとっては、今のサリエルの態度は意外に映るかもしれない。だが、彼女の素の性格はむしろこちらが近い。天から堕ちて、今はその身をデバイスへと変貌させた彼女だが、もともとその存在は人よりも上位存在の天使だ。だからといって、彼女が人間を見下しているわけではない。むしろ天使の中でも異端と呼ばれるほどに人間を愛し、人間を愛しすぎた故に堕天することになったが、それでも人間と彼女の間のヒエラルキーには絶対的な隔たりがある。その二つの関係が友好的であったとしても、片や敬い、片や導くという役割がある以上、それに即した立ち居振舞いというものが必要になってくる。彼女自身が使える主として認めた黒煉に対しては絶対的な忠誠心と態度を見せるが、その他に対しては天使としての意識が抜けていないのだ。

 黒煉としてもサリエルのこの態度は変なところで軋轢を生みかねないので、なんとか矯正した方が良いかと考えてはいるが、やはり元が上位存在なのである。はっきり言って偉そうな物言いをしていても、風格というのだろうか、いかにも自然体で彼女はそうあるべきと周囲に思わせる何かがあるのだ。そんなことを考えながら、黒煉は話を続けた。

「セラスのヘンな物言いは今に始まったことじゃないから置いておくとして、ちょっとこれはほんとに考えないといけないことだよ。今ある資金を元にして投資ないし投機とかしたり、不動産業に手を出したりして副業みたいな感じで稼ぐこともやってやれないことはないだろうけど、監査法人がそれってどうなのとも思うんだ。他所様の目もあるしね」

 この彼の意見も、実に彼が育った国の、日本の風土というべきか、国民を取り巻く空気が反映されている。地球において日本を除いた諸外国では、株を転がして資産を運用するというのは決して悪として評価されない。市場に貨幣が流通すればそれだけでも経済が活性化する要因にも成り得るし、それが投機活動であれば直接的に企業の事業能力にも働きかける。投資ではなくあくまで投機であるため長期的な経済状況を考えると必ずしも良いこと尽くめという訳ではないが、それでもその行動は受け入れられる。

 だが、全く働かないよりは働いた方が印象が良いのは否定できない。特にフェイスは外面的な印象を可能な限り良くする必要があるため、どんなに小さな手でも打っておくに越したことはない。

 それとは別にもう一点気になっていたことに意識を向ける。

「リースの方はどうなってる? 事務部門は統括するアイツがいないと話にならん。調整に入ってから大分経ったが」

「昨日、本人からメールが来てたわ。アーキテクチャとAIがそれぞれ専用じゃないから、慣らしに時間がかかってるみたいね。それでももう二、三日で戻るって」

「結構無理言ったからな。完成しただけ御の字か」

「あと、ここ最近かなりの数の質量兵器がミッドチルダに持ち込まれているようだから、警戒ぐらいはしておいた方がいいだろうって」

「なんだってアイツはそんなこと知ってるんだよ。研究所にいるからって、実地テストと称してハッキングでもしてるんじゃないだろうな」

 頭を休ませようと淹れてもらったコーヒーを口にして、黒煉は質素な椅子の背もたれに体重を預けた。目を酷使して凝り固まった眉間を指で解していると、少し考え込んでいたサリエルが話し始めた。

「いっそのこと、派遣業務をサブではなく、監査業務と併せた二本柱にするのはどうでしょうか」

 そんな彼女の意見を聞いて、黒煉は目から鱗という言葉を身に染みて実感することになった。

 派遣業務の部分についてはなにも派遣先を管理局のみにしたり、オーバーSランクに限定しなくても全く問題ない。その条件はあくまで監査のおいて対管理局での業務の円滑遂行のために設定しているものであるため、他の何かを犠牲にするほど無理してこだわる必要もなかった。

「あぁ、それもいいんじゃないかしら。幸い予備生には余裕があるんだから、有効活用しなきゃ勿体無いわよ」

 セラスもサリエルの意見に賛同した。確かに現時点で局に公開している魔導師数は30名弱ではあるが、規定ランクに満たない者でも予備生としてある程度確保している。将来的に条件を達成しうる素質があると認められ、そのための訓練もフェイスで自主的に行うためだ。彼らにしても、高すぎる条件にたどり着いてはいないが、大半がすでにAないしAAランクは取得している。実力的には管理局の前線部隊で活躍できる者がほとんどだ。

 監査業務に出すことはできないため、資格到達までどう扱うのが良いか黒煉も思案していたが、彼女らの意見は目下の二つの悩みを一度に解決する名案だった。

「それで一度考えてみようか。細かい話はレヴェントンたちと詰めていかないといけないけど、断られることはないだろ」

 メリハリを付けるためにも、予備生の派遣対象は管理局以外に限った方がいいだろうか。他にも価格設定も考えないと。解決策が見えたところで、問題はまだまだたくさんある。

 管理局への通信を繋げながら、だが彼はこんなことも考えていた。

(でも、こうしているのも……楽しいもんだな)

 その顔には、自然と笑みが浮かんでいた。

 その彼の表情を、セラスは満足そうに、サリエルは幸せそうに見つめていた。















 ◆◇◆◇◆◇◆















 ある昼下がりのリンディの執務室。彼女の視線の先には、応接用のソファに腰を沈め、眉間にシワを寄せて書類と格闘する黒煉の姿があった。フェイス設立にあたって擦り合わせをしており、彼が今読んでいるのは業務契約書の草案だった。そんな彼を見ながらリンディは考える。

 アイズの呼び出しでの突然すぎる再会をしてから既に一ヶ月が経っていたが、顔を付き合わせて話すのはそれからまだ二回目だった。数年前とは違い、今では黒煉も忙しい身だ。一つの組織を背負って立つ立場ともなれば、その繁忙は当然の結果だ。今でこそ落ち着いているが、リンディもかつてはまともに家に帰れない時期があった。だからこそ、現在の彼の状況も具体的に想像できる。

──だからこそ、黒煉の顔を見て気になっていることがあった。

「ねえ黒煉さん。あなた少し痩せた?」

 一ヶ月前に比べて、何処かやつれたような印象を受けたのだ。再会以前とは年単位でのブランクがあるため、直近の彼の顔つきをはっきりと覚えているかと問われれば、すぐに肯定するのは難しいことだったが、ことこういった直感的に抱く感覚においては、リンディは驚くほど正確だった。そういった過去の実績を自分でも理解しているため、彼女はあえて問いという形で黒煉に声を掛けた。

「……そうですか? リンディさんがそう言うなら、そうかもしれませんね。あんまり自分では自覚ないんですけど」

 対する黒煉も、殊更に否定することなく、かといって肯定することもなくリンディの問いを受け流した。

 そんな黒煉の態度を見て、リンディは自分の予想が間違い無いと確信した。黒煉は物事の受け答えに対して、白なら白、黒なら黒とはっきりと告げて、自分の話の中でグレーゾーンなところを殆ど残すことはない。加えて、彼は魔導師というよりも本質は戦士だった。自分の身体状態を把握していないことは絶対にありえない。かつて彼自身がそう語っていたのだ。

「このあいだ会ったときに比べて、少しほっそりしたのは確かなのよ。あまり顔色も良くないし。ちゃんとしたもの食べてる? あんまり出来合いのものばかり食べてたらダメよ」

「大丈夫ですよ。ちゃんと食べるときは自分で作って、栄養も考えてますから」

 まっすぐリンディの瞳を見つめながら答えを返す黒煉だが、内心では冷や汗モノだった。彼女が言っていることは当たっていた。ここ一ヶ月の間で幾分か体重が落ちているのは事実なのだ。それでも自分の口で彼女にそれを伝えるのは感覚的に憚られた。

 視線をそらさずに淡々と答えることで真実を語っているように見せているが、リンディに言わせれば嘘を吐いてますと白状しているようなものだ。現場にいる頃から百人単位で犯罪者を相手にしているのだから、そういったことには経験として慣れていた。常に視線を合わせることで自分に後暗いことがないことを印象づけようとするのは、騙る時の常套手段だ。

「本当かしら? どうなのサリエルさん」

 だから彼女は相手を変えることにした。リンディが虚空に話しかけると同時に、それまで実体化もせず黙っていた翡翠の従者が光の粒子と共に姿を現した。

 傍に控えたサリエルに、余計なことは言うなよと視線で伝えるが、そんなものは知ったことではないと、主人の意志を無視して真実を告げた。

「ちゃんとしたものは食べてみえる。ただ、そもそもちゃんと食べてみえないだけだ」

 言葉自体はなんとなく同じように聞こえるが、言っていることはだいぶ違っていた。

 確かに食事を摂るときはどんな場合でも、栄養も考えて極力黒煉自ら調理したちゃんとしたものを食べている。だが、サリエルが問題にしているのは食べているものではなく、食べている回数なのだ。

 近日中に纏めていかなければならない書類がそれこそ山のようにあるため、それを揃えるのに四苦八苦しているのだ。書類によって求められている書式も千差万別で、フェイス設立のために執務官や監査官の資格を習得した黒煉でも、流石に全てに精通しているわけではない。専門家の助けも借りているとはいえ、尋常ではない忙しさなのだ。

 期日も迫っている状態では、時間を作るために何処を削るかといえば、最終的には睡眠と食事に行き着く。幼い頃から過酷な訓練の日々を送っていたせいで、一般人の枠を超えてそれこそ軍人並みの体力があるため、それらを幾らか切り捨てたところで行動にさしたる支障が出ないだろうという考えだ。

 体調的には芳しくなくとも、気力でどうとでもできると無茶をしていたら、気づけば体重が落ちていた。書類仕事で魔導師としてのスキルが落ちたら本末転倒だと、他の隊員との訓練は以前と同様に行っているのもまずかったのだろう。

 確かにそんな事実があるとはいえ、サリエルの無慈悲で問答無用の告発に、黒煉は憂う。

(サリエルって本当に俺の従者なのかな? 俺の言うこと聞かなすぎじゃない?)

 別に絶対服従させたいという訳ではないが、使い魔でデバイスな彼女がこうも自分に逆らっているのは、なかなかにマスターとしての自信を失わせてくれるのだ。

 内心でそんなことを嘆いていると、不意に寒気が走った。

「ちゃんと三食食べてないのね。それに嘘も吐いたし。そういうの、小母さん感心しないわねー?」

(おぉぅ……大層怒っていらっしゃる……)

 顔を上げれば、表情自体は満面の笑みだが、目だけは全然笑っていないリンディがいた。いつだったか旅行に誘われたのを全力で拒否した時のようなオーラが溢れ出している。

「忙しいのはわかるけれど、だからといって食事や睡眠時間を削るのは良くないわ。誰かの庇護下から飛び出すと覚悟したのなら、体調管理だって責任のうちよ」

「すみません」

「それになにより、みんな貴方のことが心配だわ。だからサリエルさんも、隠さずに本当のことを言ったのよ」

「はい、それはわかっています」

 神妙に返事をする黒煉に、昔とは違うと実感するリンディだった。相手の"心情"を理解しようとしている。かつての彼には出来なかったことだ。それは嬉しいと思うが、今の状況を見過ごすことは彼女には出来なかった。

「そうね、じゃあこうしましょう」

 少し考えた後、手を叩きながら提案した。















 それからまた一ヶ月ほどの時が流れ、リンディと黒煉がいたのはクラナガンの夜の繁華街だった。繁華街とは言っても、風俗街とはかなり距離の空いた飲食店が立ち並ぶ区画だ。まだそれほど時間が遅くないことや、世間的には週末であることも重なって、かなりの人手で賑わっている。様々な料理の匂いが入り交じり、道行く人々の胃袋を刺激していた。

 数多く立ち並ぶ店の中の一つ、更にはその個室の中に二人の姿はあった。

「はい、あ~ん♪」

「あ、あーん……」

 ぶっちゃけバカップル以外の何者でもなかった。違うところといえば、男の方には羞恥心が残っているところぐらいだろうか。それでも恥ずかしがりながらも受け入れている時点でもうアウトだった。

「あの、一緒に食事をするのは一向にかまわないんですけど、これは勘弁してもらえませんか」

「あ~ん♪」

「いや……」

「あ~ん♪」

 全く自分の言葉を聞こうとしてくれないリンディに、黒煉は諦めの境地で口を開けて差し出された刺身らしきものを受け入れた。咀嚼しながら彼女に目を向ければ、ニコニコとして実に幸せそうだった。その笑顔を見ているだけで、こちらの疲れも癒されてしまいそうなぐらいだった。

「どう、美味しい?」

「はい。あまりこちらの区画には来たことがなかったんですが、良いものですね」

 こうして二人で食事をするのも、もう四度目だった。一人だとまともに食事を摂ろうとしない黒煉に、無理してでも食事をさせて、かつ休息をさせようとリンディが考えた、週一回ペースの定期的な食事会だ。黒煉も予定に合わせて仕事をこなすため、むしろメリハリが付いて精神的に楽になった部分もある。食事会とは言っても、傍から見れば完全に唯のデートだ。リンディ自身わざとそう見えるような振る舞いをしているような節もあるし、黒煉もなんだかんだで楽しんでいた。

 それなりにお腹が満ち満ちてきたところで会計を済ませ、二軒目に向かう。夕方頃に待ち合わせをしてリンディのお勧めの店で夕食を摂り、その後は彼女に付き合ってバーで軽く引っ掛けていく。黒煉の部屋で二人で食事を作ってそのまま晩酌をすることもあったが、これが二人の定番のコースだった。

「ごめんなさいね、まだ飲めないのにこんな所まで付き合わせちゃって……」

「別に気にしなくてもいいですよ。あんまり経験したこと無い類の場所ですし、落ち着いた雰囲気で俺は好きですよ」

 その辺の居酒屋とは違う、明るさを落とした照明に華美ではないが品の良い調度品。席もカウンターの他は二人掛けのテーブルが幾つかしか無く、無理して人が入ったとしても、収容人数は二十人程度が限界だろう。

「成人も同席してるんだし、少しぐらいなら飲んでもいいと思うんだけどねぇ」

「流石に早すぎる気はしますよ。日本の二十歳はおろか、ミッドチルダでの十六にも届いてないんですから」

「ふふ、確かにそうね。黒煉さんは大人びてるから、ついついもっと上のように感じちゃうわ」

 笑いながら話す二人がいるのは、会員制のバーだ。リンディが若い頃から通っていた馴染みの店らしく、初老と形容しても差し支えない年代の紳士然としたバーテンダーは、穏やかに彼らを迎えた。居を本格的に海鳴へと移してからは、ここに来るのもご無沙汰だったのだろう。今は亡きクライド・ハラオウンともよく来ていたことは、直接的ではないが話口から予想がついた。

 リンディが今飲んでいるのは、二杯のブランデーに続いてのウィスキー三杯目。さすがに言語が違うため初めは酒の種類が分からなかったが、彼女の説明を聞いて地球のものにそのまま置き換えられることに気づいた。世界は違ってもアルコールは同じような発達を遂げたのかと、黒煉は妙なところで感心していた。

「でも意外ですよ。どれだけ言っても日本茶に砂糖やミルクを入れるのに、お酒は甘くなくてもいいんですね。てっきりブランデーとかカクテルばかり飲むものだと思ってました」

「それはそうよ。お酒は別に甘味を求めて飲むものじゃないんだから」

(日本茶だって甘味を求めて飲むものじゃないのにね、訳分からん)

 ノンアルコールのドライバーズシートを飲みながら、酔ってるからそんなことを言っているのかと気になり、隣に座る妙齢の女性の様子を伺う。

 ロックグラスに注がれた年代物のウィスキーに、そこに浮く球形の大きめの氷。わずかに口に含んでゆっくり香りと味を楽しんでから喉を震わせて飲み下し、チェイサーで更に香りを拡げる。アルコールで程良く上気した顔に、同様に潤んだ瞳。溶け出した氷で生まれる、度数の高い酒特有の光の屈折率の差による揺らぎ見つめ、薄い紅に彩られた唇からは熱っぽい吐息が漏れていた。そこらの小娘にはどう足掻いてでも出せない、大人の女の妖艶さがあった。

(しかし、いつ見ても美人だよな)

 かつてはその姿にどうしようもなく母親の存在を意識させられ、かなり避けていた時期もあった。今でもその振る舞いが瑞樹を思い起こさせることは数多いが、あの日以来同時に一人の女性としても意識するようになっていた。もう何年も会っていないが、シグナムもベルカの騎士ながら女性的な魅力に溢れていた。彼女も満更ではないようで、よくよく考えれば様々なアプローチをしてきていたように感じる。あの頃は全くそんな気がなかったが、今にして思えば随分と勿体無いことをしていたようだ。

 女性を見つめながらそんな邪なことを考えている自分に気づいて、黒煉は唐突にひどい自己嫌悪に陥った。思わず顔を両手で覆ってカウンターに突っ伏すが、当のリンディはそんな様子を可愛らしく思ったのか、微笑みながら頭を撫でてくる始末だ。黒煉は余計死にたくなった。彼女の手の暖かさや、撫でられるのがすごい落ち着くのがそれに拍車をかける。

(今日はおかしい。墓穴掘る前に帰ろう)

「今日はこれでお開きにしましょうか」

 全くの偶然だろうが、リンディの方からそう声を掛けた。わずかにグラスに残った琥珀色の液体を一気に煽り、チップも含めた多めの紙幣を置いて店を出た。

 時間が遅くなって人影の少なくなった繁華街を、ゆっくりと二人並んで歩く。夜の冷えた空気が火照った肌に心地良かった。アルコールの為か、どことなく千鳥足気味のリンディを軽く支えているが、彼女は実に楽しそうだった。かなりの度数のものをオン・ザ・ロックで五杯も飲んだのだから当然だろうが、その割には意識がはっきりしている。元々強いタイプなのだろう。だが、彼女に笑顔が浮かんでいるのはなにも酔いのためだけではなかった。

 先ほど黒煉は自らの考えを邪と表現したが、リンディの方も黒煉に男を感じていることは否定できなかった。ここのところ毎週末、着飾って出ていっては少し酔って帰ってくる母を見て、クロノやフェイトはそういった男ができたのではないかと、そのうち自分たちに紹介されるのではないかと、実は戦々恐々としているのだが、子供たちのそんな不安も満更でもない。普段は可愛いという母性が勝るが、いつの間にか自分を追い越した身長でふとした瞬間に見せる男らしい仕草や、以前から変わらない紳士的な態度がずっと忘れていた自分の女を思い出させた。今だって実は一人で歩けるのに、足元が覚束ないように装って黒煉に支えてもらっている。

(流石に、拙いわよね)

「もう大丈夫よ、一人で歩けるわ。ありがとう、重かったでしょ」

「そんなことないですよ。むしろリンディさんの方がちゃんとご飯食べてるのかって心配になるぐらいです」

「もう、上手ね。じゃあ、今日はこの辺で──」

 リンディが黒煉の腕を離れ、別れを告げようとしたところで、電子音が響いた。通信端末の着信音だ。だがこれは通常とは違う。より甲高い音で感覚が短く、人の心を締め付けるような──

「──緊急通信?」

「俺の端末です、でも何で……」

 確かにその通りだ。正規の武装隊の隊員でもなければ、救助隊の所属でもない。黒煉相手の緊急通信が入るなど殆ど在り得ないことだった。

「通信回線のクラック?」

「それは無いと思います。知り合いに作ってもらった謹製のセキュリティを常駐させてますので、並大抵の腕じゃ瞬時に攻性防壁が発動します。発信元は……クイントさんか」

「クイント?」

「俺がクラナガンに来てから少し前まで世話になっていた人です。地上本部首都防衛隊所属の陸戦魔導師でもあります」

 管理局員が民間人に緊急通信を行うなど、服務規定違反だ。リンディはその当人の為人は知らないが、黒煉が世話になったということからそんな非常識な人間とも思えなかった。禁止事項に触れてでも黒煉に連絡を取る必要があるということなのだろう。

 それだけ切迫した状況なのだろう。黒煉も直ぐにそれを察して端末を展開した。

「クイントさん、黒煉です。一体何があったんですか?」















穏やかな食事会は、穏やかなままで終わることは許されそうになかった。

この夜、彼は知ることになる。

人の命の儚さを

人の命を天秤に掛けることを

人の命を救うために、人の命を切り捨てる覚悟を

そうして彼は、命の軽さを胸に刻み付ける
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