現在リリカルなのはの二次創作と日記を掲載。そのうちオリジナルの恋愛物も書くかも……
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空の少年20~氷海の騎士~
少年は自らが暮らすその街を最低だと思っていた。

ゴミ溜めのような視界に入れることすら拒否したくなる街並みはもちろんのことだが、なによりそこに生きる人間の目が嫌いだった。

誰の目にも将来の希望なんてものは映っておらず、その色はどす黒く濁って、その中にあるのは腐りきった絶望だけだった。

年老いた者の中には過去と現在のどうしようもない落差を嘆く者もいたが、彼が物心ついたころには街は既に今と変わらぬ様相を呈しており、老人達の昔語りは所詮夢物語に過ぎなかった。
母親の営む寂れた食堂を手伝いながら、窓の外に目を向ける。サボりになるかもしれないが、店内には若い客が一人だけだった。さして問題はないと足すらも止めて、その四角い枠に切り取られた世界を睨んだ。

その世界の中心に聳え立つのは、殺してやりたいほど憎たらしい領主の城。

いくら自分達が生活を向上させるために血と汗を流したところで、その二つと引き換えに得た成果は全てあの城へと吸い上げられる。

それだけならまだマシだった。問題はあの領主だけではなかった。それだけなら、彼らはここまで絶望する前に人としての生活を取り戻せた。あの領主に味方する者は、この町の人間では誰一人いない。それこそ民衆が革命を起こすだけで、容易くその支配から逃れることができたのだ。

だがそれを不可能にする絶対的な力を持つ者が、あの城にはいた。彼らがいくら望もうとも手にすることができない圧倒的な暴力を持つ者達が。

今すぐ、こんな生活から逃げ出したかった。誰でもいいから助け出して欲しかった。

けれどそんなものは夢に過ぎないと、まだ十に達しない時分に悟ってしまった。この街での生活が、少年にそれを強要した。

それでも少年は諦めたくなかった。その夢を現実にする力もないし、方法も思いつかない。それでも諦めたくはなかった。

しかし、それも限界が近づいていた。既に心が今の生活を受け入れようと、いや、今の生活に順応しようと磨耗し始めていた。

悔しさのあまり、彼は無意識のうちに唇を噛み締める。微かに血が滲み始めたところで店内に甲高い音が響く。ドアに取り付けた、来店を告げるカウベルの音だった。その音に仕事中であることを思い出し、入口を振り返る。

視線の先には黒尽くめの、腰に妙な反りのある剣を差した背の低い男が佇んでいた。真っ黒な中で、唯一異なる深緑の彩りを見せる左耳のピアスだけが印象に残った。

目立つ容姿はしているが、普通であればそれだけの感想しか思い浮かばなかっただろう。事実、感想としてはそれだけだった。















「いらっしゃい。御一人?」

その男が自分達の生活を救ってくれるなど、予想もしていなかった。















魔法少女リリカルなのは 空の少年 20

  ~氷海の騎士~















突然の休みを告げられたのは、数週間ぶりに三人で顔を合わせた夕暮れ時の打ち合わせの時だった。

「お休みをあげるよ。ここのところずっと詰め過ぎだったからね」

「二日間だけと短い期間ですが、小休止といきましょう」

勤務中に比べると幾分か柔らかい表情をした馴染みの少将と提督の言葉に、黒煉は首を傾げて二人の顔を見つめ返す。二人の意図がまるで掴めなかったのだ。これから先のスケジュールを考えれば、休暇を取っている余裕など、全くではないが、殆ど無いと言っても差し支えない。そんな状況にもかかわらず、休暇を取れという二人の矛盾した発言に納得できなかった。

不可解であるという心の内が、おそらく顔と態度に表れていたのであろう。ヴァネッサは苦笑を浮かべながら言葉を続けた。

「そんな暇はないって言いたげだけど、別にそんなことないんだよ。確かに忙しくないなんてことはないけど、それは私たちの話だね。君自身については、資格試験の習熟度も問題ないし、道場破りの受けも良い」

つまり、君には余裕があるんだと、苦笑を浮かべながら話す彼女はどこか楽しそうだった。

「加えて、私とヴァネッサはこんな要らないものまで貰ってしまって、処分に困っていたんですよ」

そう告げながらレヴェントンが懐からゆったりとした動作で取り出したのは、一つの封筒だった。手渡されて外を眺めても、見慣れた管理局の公式封筒であり、組織名と代表連絡先が印刷されているだけで、中身を想像することは難しかった。視線だけで開封の許可を求めると、特に気にした風もなく頷きが返ってくる。促されるまま中から取り出したものは、

「"ベストカップル受賞記念品"?」

意味の分からん記念品だった。

「管理局もまぁ一つの会社みたいなものだから、有志で集まって好きなことする同好会がたくさんあるんだよ」

「そのうちの一つに、自費で文々○新聞というゴシップ紙を作っているものがありましてね。下手の横好きと言いましょうか、これがなかなかどうして面白い記事を書いていて、局内でも人気が高いんです」

「で、そこが読者相手にアンケート企画をやったんだよ。その結果がそれ。全く困ったものだよ、よりにもよってこんな優男と」

「それはこちらの台詞ですよ、背と乳がデカイだけの脱ぎ魔が」

「あぁんっ、幼女にしか興味ない小児性愛患者には、この肢体の良さが分からないようだね?」

「それを言うなら痴態でしょう? 貴女の方こそ、異性の心理を全く理解して無いようですね。いいですか、男というものはもっと慎ましやかで守ってあげたくなるような愛らしい女性が……」

なにやら火が着いて日頃のお互いへの鬱憤を晴らすかのように言い合いを始めた二人を横目に、黒煉は渡されたものに目を通していく。ちなみに彼はアイズの主張するチンマリとしたぺターンアンドストーンよりも、ヴァネッサのような上背のあるたまけしからんボディの方が好きだったが、やぶ蛇になりそうだったので敢えて口を挟むことはしなかった。

文書の方は定形の挨拶文から始まり、アンケートの内容や受賞の経緯等の説明が続いて、締めとしての売り文句と記念品の内容が記されていた。その末尾の記念品のところを読んだ瞬間、その心に戦慄が奔った。

(温泉の招待券……だとっ!?)

一般人には視界に捉えられないほどの速さで紙の後ろにクリップで止められていたチケットを手に取り、穴が開くほど見つめる。

超行きたい。彼の頭の中はその思いでいっぱいになった。

クラナガンへと住処を移して本格的に活動を始めてから、既に数ヶ月の時が経ったが、その間一度もそういった場所へ行っていなかった。地球にいた時では考えられないほどの期間だ。あの頃は最低でも月に一回は何かしら理由をつけて足を運んでいたというのに。

でも行っていいのか? 目の前の二人はああ言ったが、自身もかなり忙しいという事実に変わりはない。

内心で理性と誘惑との葛藤に震えていると、文句をつけ合ってすっきりした表情の二人がおかしそうに彼を見つめていた。

「だから、行ってきていいんだってば」

「貴方に使っていただいた方が、それも報われます」

手元のチケットと二人の顔を交互に見比べる。二人の顔に浮かぶ感情は一体なんなのだろうか。

苦笑でも、からかっている訳でもない。強いてあげれば、見守っているというのが一番近いと思う。

今の黒煉に、それをはっきり表現するのは難しかった。それでも、感覚的にそれがなんなのか理解することはできた。

かつて母が自分を見つめている時の表情に、酷く似通っていたから。

その笑顔に後押しされるように、気持ちが定まっていった。

「……じゃあ、行ってくるよ。ありがとう、レヴェントン、スクーデリア」

そう告げながら、彼も頬を緩めた。

黒煉の言葉に、アイズとヴァネッサの笑みもより深いものとなる。

だが突然、黒煉の顔は柔らかいものに包まれた。それはもう、バフっと勢い良く。

それ程距離は離れていないとはいえ、二人の間にテーブルがあったにもかかわらず、一瞬の間にヴァネッサは少年を抱きしめていた。

その顔には危ない感じのする恍惚の表情が浮かんでいた。

「いやー、君こっち来てからホント素直になったよね。年相応とまではいかないけど、以前とのギャップでお姉さん胸キュンでハァハァしちゃうよ」

「素直になったことは否定しませんが落ち着きなさい。そもそも貴女レズでしょう」

「んー、違うよー。綺麗だったり可愛いものが好きなんだ。女の子は当然として、子供だって可愛いから男女問わず好きだよ。それで行くと黒煉くんはそろそろアウトになるかな。今は前とのギャップがあるから守備範囲内って感じ」

「いやぁ、貴女の厳密な性癖なんてどうでもいいですが、そろそろ離してあげなさい。窒息しますよ」

助け舟を出しながらもどこか緊張感のないアイズの声を聞きながら、また密かにヴァネッサの女性的な柔らかさを堪能しながら黒煉は意識を手放し、久方ぶりの会合は終わりを告げた。















 ◆◇◆◇◆◇◆















翌朝、まだ陽も顔を出し切る前にナカジマ家を出発した。妹たちに気付かれないようにするには、そうするのが一番手っ取り早い方法だった。昨晩の夕食の席で二日ほど家を空けることを伝えると、ゲンヤとクイントの保護者陣は喜んで受け入れてくれたのだが、問題はギンガとスバルだった。二人して付いて行くと頑として譲らず、その夜は騒ぎ疲れて眠りについた。朝起きて黒煉の顔を目にすれば、再びあの騒動が始まることは想像に難くなかった。

生憎、ヴァネッサたちから譲ってもらった招待券は、ベストカップル受賞の記念品だけあって、ペアチケットだった。うち一枚はもちろん黒煉自身が使うのだが、残り一枚をどうするかと一晩悩んだ。姉妹のうち一人だけを連れて行く訳にもいかず、またヴァネッサを誘うことも本末転倒だった。地球の友人らには、自分の抱える案件が一区切りつくまで連絡を取ることは極力避けたかった。

少し前から親交のあるランチア姉妹にも声をかけようかとも思ったが、あまりにも急すぎるのでそれも試すことなく諦めた。話を持っていけば常日頃黒煉のファンを豪語する妹のフルヴィアが他の全てを差し置いて参加を表明するだろうが、その尻拭いをするものが必ず出てくる。具体的には姉のフラヴィアが貧乏くじを引く嵌めになるのが目に見えていた。心根の優しい彼女ならそれも受け入れるだろうが、それはそれで問題がある。それぐらいなら誘いをかけない方が、フルヴィアにも未練が残らず平和に進むだろう。知らない方が幸せなことも世の中にはあるのだ。

普段よりも早くに起き出し、走り込みと型稽古を終わらせ、簡単に荷物を纏めながら、ようやく結論を出した。

「一緒に行こうか、サリエル」

「はい?」

荷造りを手伝ってくれている彼の新しい相棒は、主の突然の言葉に対して素っ頓狂な返事を上げることしかできなかった。

「駄目か?」

「あぁいえ、全くそんなことはありません。元々私もご一緒するつもりでしたし。というよりもですね、厳密に言えば私はデバイス、つまり黒煉様の所有物です。そもそもチケットなど必要ないでしょう?」

彼女の言葉の通り、サリエルは実体化して人の姿を取り、人と同様の行動を取ることができるが、あくまで"そういうことができる"だけで、突き詰めてしまえばどこまで行っても彼女はデバイスでしかない。

次元世界では、高町なのはの持つレイジングハートや、フェイト・T・ハラオウンのバルディッシュのような極度に成熟したインテリジェントデバイスや、ユニゾンデバイスのような豊かな感情を持つデバイスは、そのAIが一つの確立した人格として扱われることもあるが、それでもその区分は生命ではなく唯の物体に分類される。

つまり、彼が悩みに悩み抜いて出した結論というのは、結局のところ誰も連れていかないというものだった。

「そう言われればそうなんだけどさ、俺はお前のことをちゃんと一人の個人として扱いたいんだよ。確かに今のお前は、俺のデバイスに過ぎない。それでもお前は一つの命だ。俺はそのことを絶対に忘れない。俺はそのことをずっと覚えてる」

だがその結論は、その言葉は、サリエルにとってなによりも尊いものだった。

今こうして彼女がデバイスとして存在しているのは、一重に彼女の我儘によるものだ。

その我儘を叶えてくれた黒煉にそうした言葉を賜ることは、彼女にとって至上の喜びとなる。

「……ありがとうございます。喜んでお供させていただきます」

また、そうした彼女の感情を、黒煉自身も感じ取っていた。そして同時に、そのことに対して罪悪感も重苦しく彼の肩にのしかかっている。

先程の言葉は彼の本心であるが、それと同時に贖罪の念の発露でもあった。

お互いその事実に気づきながらも、その先を恐れてあと一歩を踏み込むことができないでいた。見た目は良好で、実際も良好で、奥に隠れた部分だけが少し歪、それが今の二人の関係だった。

そうした二人だけの秘密の遣り取りを終え、ゲンヤとクイントに見送られてクラナガンを後にした。

チケットで目にした場所には、生憎と見覚えがなかったが、自分で調べた限りかなりミッドチルダから距離のある世界のようだった。

次元世界同士で距離という表現を用いるのはいささか違和感を覚えるかもしれないが、実際世界同士で隔てられる空間の大きさには差がある。

ミッドチルダが中心世界と言われ始めて既に久しいが、ここを中心にして円を重ねるように世界は広がっている。その中でもミッドチルダから離れ、文明レベルがさほど高くない管理世界は、辺境世界と呼ばれることがしばしばあることだった。そして今回の目的地も、そんな辺境世界の一つだった。

複数回にわたってトランスポーターを使い、数時間かけて辿り着いたその地は彼らを迎え入れた。

しかし、迎え入れたとは表現したが、そこに漂っていたのは歓迎の空気ではなく、

「なんだか……えらく寂れてるな」

「そうですね、昨夜調べた資料とはだいぶ趣が異なります」

ただひたすらに陰鬱とした、ヘドロのように重たい空気だった。

かつては活気があったであろう中心街も、現地時間でも既に昼が近いというのに営業している店は殆ど無かった。

そもそもトランスポーターが設置されている場所も、本来であれば管理者がいるはずなのにその影もなかった。設備を見るに、どこか別の場所で監視はしているようだから問題はないはずだが、わざわざそんな面倒をする理由もわからなかった。

先程の光景を思い浮かべながら、目の前に広がる閑散とした街並みをなんとはなしに眺める。

緩い斜面を削るように広くなだらかに築かれた建物は、総じて背を低く設計されており、中世的な古い質感を持つそれらの建造物群は確かに観光地という趣ではある。

だがその全てが自然な経年劣化とは異なる要因で薄汚れ、周囲に漂う空気は埃っぽさで満ちており清潔感とは程遠い。

鼻をひく付かせてみれば、眉間に皺が寄る程度には混じる臭気があった。はっきりとはわからないが、排水設備が上手くいっていない場所があるようだった。

唯一良い意味で日常とかけ離れているのは、見上げれば雲一つない青空が広がっていることだけだろう。

「観光地というよりは、むしろゴーストタウンと言った方が相応しいですね」

同じように周囲を見渡していたサリエルの言葉に、一度は同意しようとした黒煉だが、すぐにそれを止めた。

この街には、確かに生活感がある。にもかかわらず、この街には生気がない。

「サリエル、実体化は解除だ。どうにもキナ臭い感じがする」

こうした荒廃した街では余所者の、しかも容姿の整った女性がいるというだけで、厄介事が向こうからやってくる。それを極力回避するために、彼女にはデバイスコアのままでいてもらった方が都合が良さそうだった。

石畳の中央通りをゆっくりと歩を進める。ここに来るまでにもそれなりの距離を歩いてきたはずだが、すれ違う人は一人としていなかった。稀に開店している店はあったが、それでも積極的に客を呼び込もうとはせず、ただ惰性で営業しているような感があった。

「いい時間だし、食事にするか。開いてる店なら、なんか出してくれるだろ」

とりあえず街の雰囲気に頭を悩ますことは放り投げて、数少ない食堂のような店に足を踏み入れた。















 ◆◇◆◇◆◇◆















見かけた食堂に入ると、店内にいたのは少年と若い女性の二人だけだった。壁を超えて気配だけを探れば、おそらく扉の先の厨房にもう一人。見た感じから言えば、従業員はここにいる少年と厨房の二人なのだろう。

用意されているテーブルと椅子の数に対して、その場にいる人間の数が少ないのが印象的だった。

「すぐに持ってくるから。ちなみにその水もお金取るよ」

適当な席に案内された後、微妙に汚れたガラスコップに注がれた水を置くと、少年はさっさと奥へ引っ込もうとした。

「ああ、ちょっと待て。メニュー見せてくれないか」

「うちじゃそんな幅広く料理カバーしてないよ、出せるのは日替わりだけ。文句があるなら他所に行きな」

この世界じゃどこも似たようなもんだけどね。そう呟きながら、彼は厨房へと姿を消した。

テーブルの脇にラハトを置きながらそれを見送り、黒煉は肘をついて衛生的に不安要素満載の水を口に含んだ。

やはり、事前に調べていたものと街の様子が違う。一度は置いておこうとした疑問だが、店内に入っても違和感を見せつけられれば嫌でも考えさせられる。こんなところが温泉を売りにした観光地など、誰の世迷言だと思うぐらいに違い過ぎる。

来たときに見た街並みや統一された景観から、過去にはそういった場所であったことは想像ができる。だが今はそうでないという事実が重要だった。

それなりに規模の大きい都市が、これだけ寂れて落ちぶれるのだ。そこに至る理由というのが間違いなく存在するだろう。加えて、これだけ退廃したことが、あまり外の次元世界に知られてないことがおかしい。昨夜調べたときにはそんな記述は見当たらなかった。

これは……何か裏があるよな。

そう予想せざるを得ない状況だった。しかし、どこまで首を突っ込んでいいものか。そこが悩みの種でもあった。

管理世界とは、名称に管理とついてはいるが、原則的にそれぞれの次元世界に自治が認められている。次元世界同士の紛争や、ロストロギアが関わってきた場合はその限りではないが、その世界の政治はその世界で完結する。時空管理局も下手に内政干渉をするほど野暮な組織ではない。

仮とはいえ、現在管理局に所属している黒煉は、この件に口を出していい立場かどうか、少し難しい問題だった。

とりあえず、戻ってからスクーデリアやレヴェントンに話してみるか。そもそも今の自分は休暇中だ。下手なことをせずに、穏便に進めた方が無難だろう。

明らかにただの水道水であろう水を飲み、こんなものまで金取るのかと陰鬱な気分になりながらそう結論づけた。

そう長い時間考えに耽っていたわけではないが、結論と同時に先程の少年が料理を手に厨房から出てきた。

並べられるものたちは、どれも街の雰囲気と同じく質素なものだった。だがそれでも手が込んでいるのは分かる。こんな状況で、少しでもいい物をだそうとする意気が見て取れる。

「これは意外に……」

一口含めば、予想よりも遥かに美味い料理に、舌が思わず言葉を紡いだ。

「なに? なんか文句でもある?」

自分の呟きが耳に届いたのであろう。少年が険悪な表情をしながらこちらに近寄ってきていた。

「いや、こんな街で美味いもの食えるなんて考えてもいなかったから」

「ゴミみたいな街だからって、住んでる人間もゴミしかいないなんて思うなよ」

さらに眉間に皺を寄せながら、こちらの言葉に反論する。

「でも、美味いって言ってもらえるのは嬉しいね」

だが先程までとは裏腹に、その顔には小さな笑みが浮かんでいた。

今度はすぐに離れることはせずに、勝手に別のところから椅子を引きずってきてこちらに確認もせず同じテーブルにつき、顎を両腕にのせて黒煉を見上げながら尋ねる。

「あんた、観光で来たのか?」

対する黒煉も、その不躾をさほど気にも留めず、少年の会話にのっていった。

「ああ、温泉の招待券を譲ってもらってな。たまにはってことで、骨休めにきた」

「よりにもよってこんなところ来なくてもいいのにね。ちょっとその招待券っての見せてよ」

促されるままに、懐から昨日レヴェントンたちからもらったチケットを少年に手渡した。

それを見た途端、少年はニヤニヤと笑いながらこちらの方を叩く。実に楽しそうに、ざまあみろと言わんばかりの表情だった。

「お兄さん、担がれたね。これ、ホントに宿に泊まれるだけだよ。もちろん食事は別だし、温泉入るのもべらぼうな入湯料払わされるよ」

「この水みたいにか?」

少年の言葉は、この街に着いた時から予想の範疇だったが、それでも何かしら切り返さずにはいられなかった。不満があるというよりも、とりあえず当て擦っておくのが黒煉の性分だったから、別段腹が立っていたわけではない。

「別に、ウチだって好きでそんな水道水で金取ってるわけじゃないよ。でも仕方ないだろ、税金が掛かるんだから」

しかし、少年の反論は思っていたよりも暗い色を含んでいた。

「……ちょっと待て、客に出す水に税金が掛かるのか?」

「そうさ、この街で税の掛かってないものなんてないよ。あんたの食ってるその飯代だって、半分は税金として収めなきゃいけないんだ」

管理世界で未だにそんな政治が行われている場所があるとは思ってもみなかった。この世界が貴族制を採っていることは知っていたが、それでも下手な民主主義よりも国が上手く回っているということだった。調べた限りではそのはずだった。

「いつからそんな風になったんだ」

「さあね、とりあえず俺が生まれるずっと前からだよ。年寄りたちの話では、大体五十年ぐらい前みたいだけど」

そう自嘲気味に話す少年の口調は、どこか他人事のような響きを持っていた。

そして、それは危険な兆候だとも分かった。この生活に順応して、心が摩耗し始めていることがすぐに分かった。

「今の生活に不満は無いのか?」

「っ!? 無いわけないだろっ! 誰が好き好んでこんな暮らししてると思ってるんだっ!!」

あえて選んだ挑発的な言葉に、見事に少年は引っかかってくれた。

彼の怒鳴り声を聞いて、それまで厨房にいた最後の一人が出てきた。おそらく母親だろう。

「ちょっとディーノ、なにを騒いでるの」

彼女を無視して黒煉は少年に向かって続ける。

「だったら、なんでお前たちは何もしない。こんな圧政では不満を持たないヤツの方が少ない、どうして行動を起こさない」

「出来れば今すぐにだってやってるさ! でも、相手は領主だけじゃないんだよ! あいつらが……あいつらさえいなければっ」

段々と尻すぼみになっていく少年の肩を、近寄った母親が抱きしめる。

その僅かな会話から察した彼女が、息子の言葉の続きを受け持った。

「今までにも、君のような考えを持った人はたくさんいたわ。でもね、みんな諦めたの。世の中にはどうしようもないことがあるんだって、思い知ったのよ。ねえ、君はどこから来たの」

「ミッドチルダです」

その問いに、二人が言おうとしている答えが僅かだが見えてきた気がした。

「そう、魔法文明の中心ね。この世界には、ほとんど魔法がないの。かつてはあったらしいけれど、今では生まれついてリンカーコアを持っている者がほとんどいないから。ここの人間にとっては、どんなに小さくても魔法が使えるだけで脅威になるのよ」

つまり、魔法文明出身の魔道士が領主側についているということか。しかし、

『どう思う?』

念話で左耳に控える従者に問い掛けた。

『腑に落ちませんね。話を聞いている限り、時空管理局が存在する今の次元世界においては、そこまで拗れる問題とは思えません』

そう、それだけではすべての説明にならない。魔法の違法使用が行われているのであれば、それは管理局の取締対象になる。

何かしらの手段で連絡を取れば、武装隊から最低でも一個小隊は派遣されるはずだ。彼らがその魔導師を拘束してしまえば、この世界の問題に致命的な障害は無くなる。

それができないということは、つまり──

「領主に付いているのが……」

「なにやら騒がしいようですが、何か揉め事でも?」

「っ!!」

辛い訴えが続く中、それまでとは違う声が唐突に場に混じった。

勢い良く振り向く母子の視線を追えば、そこには店の入口にたむろする五人の男たちの姿があった。

それを視界に入れ、彼らの服装を認識すると同時に、黒煉の心に暗い雲がかかった。予想が現実になったという落胆が。

「何でもありません。少しお客様とお話していただけです」

「そうですか、なら結構です」

自分に突き刺さる男たちの無遠慮な視線に、黒煉は特に避けることも反抗することもせず、ただ彼らを見つめ返すだけだった。

「珍しいですね、外の世界から客が見えるなんて」

「そんなことないんじゃないか、温泉地なんだろ?」

「ああ、確かにそうですね。そういうことに"なっていました"ね」

忘れていましたよと呟きながら、軽薄な笑顔でそう答える男は実に胸糞の悪いツラをしていた。

「あの……それで今日はどのような御用で……」

すっかり怯えきった母親は、恐る恐る男達に問い掛ける。先程までも元気というわけではなかったが、今ではすっかり萎縮してしまっていた。

「大したことじゃありませんよ、ミセス・トラン。まだお納めいただいていない税金の徴収に来ただけです」

「そんなっ、今月分は確かにお支払いしたはずです」

「先日税率が変わりましてね、追加でこれだけ払っていただきたいんですよ」

言いながら懐から取り出した一枚の紙を、母親に手渡した。そこに書かれている額面を見て、彼女は悲痛な叫びを上げる。

「無理ですこんな大金!!」

「そう仰いましても、それが今のこの世界の法律ですから。しかし、私たちも人の子ですからね、どうしても無理だというなら、身体でお支払いしていただいても結構ですよ」

男達の下卑た視線が、母親の体を這い回る。生理的な悪寒に彼女は自らの身体を掻き抱くが、それでも彼らはぬめった汚らしい目を止めることはなかった。

「お前らに払う金なんてこれ以上ねえよ! さっさと帰れ!!」

意味が分からずとも、母の恐怖を感じ取ったのだろう。少年が先頭に立っている男に飛びかかった。

そうは言っても、所詮はまだ十歳にも達していない子供だ。大の男に何が出来るわけでもない。掴み掛かるまでもなく蹴り飛ばされ、テーブルや椅子を倒しながら床を転がっていく。

「まったく……いつもいつも五月蝿い餓鬼ですね」

そうして一枚のカードを手にする。何事か呟いた後にはそのカードが消え、代わりにその手にあったのは一本の魔杖。

杖型のストレージデバイスに魔力が収束されていく。そのプログラムを瞬時にサリエルが解析した。

『殺傷設定です』

くそっ、やり過ぎだろこの阿呆が。

脇に立てかけておいたラハトケレブを手に取り、一息に鞘から引き抜く。そのままの勢いで射線上に体を割りこませようと踏み込んだ。十分に間に合うタイミングだったが、それよりも先に動いた影があった。

まず、黒煉の目についたのは煌めくような銀だった。埃で満ちた薄汚いこの街の空気の中でも、その髪は陽の光を受けてきらきらと輝くことを忘れてはいなかった。

次いで認識したのは、縹色。吸い込まれるようなその青の衣装に身を包み、彼にその背を見せつけていた。

最後ははじめと同じく銀。だがこちらは、近づく全てを切り裂くような絶対零度の怜悧さだけをひたすらに放ち、その直剣の刃は目前の男の持つ魔杖へと奔った。

一瞬にしてストレージデバイスは斬り裂かれ、そこに残ったのは無残な鉄屑だけだった。

「食事中よ。騒ぐのもいい加減にしなさい」

ソプラノの声が放つのは、無色透明で無機質な言葉。

そこにいたのは、始めから同じ店内にいたもう一人の客の女性だった。

彼女はその後も動きを止めることなく、この場にいた全ての男達を叩きのめした。

黒煉は自分よりも早く動いた目の前の女性に感嘆の念を抱いた。

その身のこなしに始まり、体重移動や腕の振り、剣筋に到るまで、技術すべてが今の自分を凌駕していると感じた。

もちろん彼の戦闘スタイルは純粋な剣だけに頼るものではなく、魔法や精霊術や戦氣術を統合したもので、それらを含めれば勝負の行方は一概に予想のつくものではない。

だがそれでも、この女性が圧倒的な強さを持つことに変わりはなかった。

「死にたくなければ、さっさと失せなさい。次は本当に斬るわよ」

「くそっ、これで終わりと思うな」

三下らしい捨て台詞を吐いて消えていく男達を見送り、彼女は剣を納めた。

黒煉も抜いた刃を振るう先を失い、多少罰が悪くなったが同じく鞘に剣を滑り込ませる。

振り向けば、気を失った少年を抱きしめている母親の姿があった。二人の下に近づき、簡単だが少年の様子を診る。骨折しているところもなく、頭部に異常も無さそうで怪我は打撲ぐらいで済んでいるようだった。

「心配することはないと思います。ひょっとすると傷のせいで発熱するかもしれませんが、大事になることはないでしょう」

「あ、ありがとうございました。お二人にはなんとお礼を言っていいか」

「別にいいわ。私が気に入らないだけだったから」

息子を助けてもらった礼を伝えようとする母親に対しても、その乾いた声音に変化はない。

別にいいと言われたからといって、子を救ってもらった親がそれで引き下がるはずもない。

「礼代わりに宿を紹介してちょうだい。ちょうど今日の泊まるところを探してたのよ」

「あっ、失礼。それ俺も混ぜてもらっていいですか」

この店に来るまでにまともに営業してそうな宿が一つもなかった。これはもう現地の人を頼るしかなさそうだと考えていたところだった。

加えて、この女性とは少し話がしたかった。可能なら同じ宿に入っておきたい。

「それならぜひウチに。この辺りでは、もうほとんどの宿が畳んでしまって……」

母親の好意に促され、荷物を部屋においてからベッドに身体を投げ出す。

すぐさま光を伴ってサリエルが実体化して傍らに控えた。

そのまましばしの間沈黙し、自分の中で考えを整理してから口を開く。

「よりにもよって、一番外れて欲しい予想が当たったな」

「ありえない話ではないですから。あれだけ堂々としているのは稀有でしょうが、肥大化した組織にはどうしても付き纏う問題です」

間髪入れず答える従者に、彼も同意を示す。

「そうだろうな。これでますます首を突っ込んだ方がいいってことになった」

先程の男達、その身なりには見覚えがあった。いや、見覚えという表現では済まされない。あれはもはや見慣れたものだった。

青地に一部メタルパーツを組み合わせた独特の意匠を持つジャケット。

下は染みひとつない真っ白なスラックス。

「独裁領主と、現地駐在の管理局員との癒着か」

この数ヶ月の間毎日見てきた、管理局の"海"の制服だった。















 ◆◇◆◇◆◇◆















「お姉さん、今晩お暇ですか? よかったら俺とイイコトしません?」

「なにその頭の悪そうなナンパは。去勢するわよ」

昼の騒ぎから数時間後の夕食の席で、黒煉は先程の女性にそう声を掛けたのだが、返ってきたのは昼に管理局の男達へと叩きつけられたものと同じ絶対零度だった。それでもその声音に剣呑な雰囲気はなく、ただ感じた事実を淡々と述べているだけのようだった。

黒煉自身本気の言葉ではないし、彼女の方もそれは分かっているのだろうが、元々そういった話し方をする女性なのだと予想がついた。どことなくだが、彼がよく知る人に纏った雰囲気がとても似通っていたから。

テーブルの対面で気怠げな様子でフォークを操るその仕草は、とても熟練の剣士のそれとは思えないが、どこか絵画のように様になっていた。

「それで、貴方は実際のところ何がしたいの。さっきまで隣で次元間通信をしようとしていたみたいだけれど、それと関係があるのかしら」

「……お姉さん、本当にベルカ式ですか? いくら隣室とはいえ隠蔽をかけた通信に気付く騎士なんて、俺が知る範囲では一人しかいませんよ」

彼の言葉通り、目の前の女性の感知能力は目を見張るものがあった。彼の身近には湖の騎士という補助専門のベルカ式がいたため意識しにくいが、そちらの系統のスキルを持つベルカ式はまさしく異端だった。守護騎士たちは四人一組で戦うことを想定されたため、それぞれが役割を持って別の分野で特化した者の混成だが、本来騎士の戦いは一騎打ちが基本である。それを突き詰めて自らを鍛え上げた結果、一対多すらこなす一騎当千の力を得たが、だからこそ力押しの傾向が強い。

加えて、先ほど試みていた次元間通信の隠蔽を行ったのは黒煉でもラハトケレブでもなく、サリエルだった。彼女は黒煉が稀代の天才科学者と協力して既存のデバイス技術とはまったく別のアプローチで創り上げた、ある意味で最高傑作、ある意味では突然変異とも言えるデバイスである。現時点ではまだ安定性に問題があるとはいえ、演算処理能力はそれに特化したアイズ・レヴェントンのソードブレイカーをも凌ぎ、並みのデバイスとは格どころか次元すら違うほどのはずだった。

「嘘偽り無く、私はベルカの騎士よ。補助スキルなんて持たない、正真正銘の近接決戦型。気付いたのは、言ってみれば体質みたいなものよ。直感というか、首筋がチリチリと疼くの、周囲で魔力に動きがあるとね」

だが、そんな事実は気にも留めず、自らの奇特さを隠すこともなく女性は話し続けた。

「それでさっきの誘いは、"窓から見えるあのお城に、一緒にダンスに行きませんか"ということで良いのかしらね? ダンスとは言っても、剣の舞とかソードダンスの方の」

微妙に焦点の合ってないような視線を窓の外にやり、彼方に聳える品の無い城を見ながらこちらの意図を汲み取った。

「察しが良いんですね」

「というよりも、貴方が分かり易いのよ。全然気にもしてないような態度を取りながら、その実もの凄い心配してるけど、やっぱり表には出そうとしない。今までは基本的に手も出そうとしていなかったけど、どうしてかは知らないけど積極的になってみようとして、慣れないものだからちょっと前のめりになり過ぎてる感じがするわ」

「訂正しましょう。察しが良いどころのレベルじゃなくて、もはやエスパーの域ですね」

余りにも的を射た意見に思わず冷や汗が浮かんだが、逆に先ほどの感知能力も合わせて妙に納得できるものがあった。

彼女は生まれもって感受性が人並み外れて高いのだろう。それを目に見える感情として出力させようとするかどうかは別問題だが、だからこそ周囲の魔力の流れにも酷く敏感で、また相手の深層心理に深く斬り込んで把握することにも長けているのではないだろうか。目に見える感情の乏しさはむしろ、その反動によるものかもしれなかった。

「まあ、貴女の仰るとおりです。ちょっと諸般の事情がありまして、自分から手を出した方がいい状況なんです。お察しの通り、お伺いを立てようと通信を試みたんですが生憎と繋がらず、乗り込むにしても保険は掛けた方が良いと思い、声を掛けさせてもらいました。それで、お相手を務めてはいただけませんか?」

「貴方の提示できる額によるわね。見返り無しに剣は振るわないことにしているの。これで日々を生きる糧を得ているんだから」

「察するに、違法魔導師相手の賞金稼ぎですか。それにしてはさっきは軽々と鞘から抜いていたようですが」

「打算付きだったからよ。ここ以外ほとんど宿がなさそうなのは想像がついたし、埃を払えばそれだけで部屋を用意してくれそうだったから」

その後も言い訳のような理由をつらつらと彼女は並べ続けていた。黒煉があえて問わずとも、そして聞いていると確認もせずにひたすらに話し続けていた。ただそれだけの行為だが、すこしこの女性の人となりが見えてきていた。

結局のところ、この人も面倒見の良い人間ということだった。別段、正義感に満ち溢れているわけでもなく、ましてや世界平和を願っているわけでもない。しかし、目の前に何か困っている人がいれば、それを見て見ぬ振りをすることはできない。だからといって、自分から率先して手を差し伸べることは憚られる。恥ずかしいと言い換えてもいいのかもしれない。故に、なにかしらの対価を得るという大義名分が無ければ行動を起こそうとしない。生業としての賞金稼ぎを行う際にはまた異なる対応になるのだろうが、今この場で求めている大義名分はほんのわずかなものでいいのだろう。今彼女が黒煉に期待しているのは、実際の金額ではなく、ただ自分も手を出すための切欠だ。

「上司に連絡が付かないのでこの件の報酬について確約はできませんが……そうですね、とりあえず俺が明日の食事代を持つということでいかがですか? 店は貴方が選んでください」

「良い答えね。貴方、将来は良い男になるわよ」

彼女はそう告げると、今まで手にしていたフォークを皿に置き、黒煉に向かってその右手を差し出した。左腕は肘をテーブルに載せて頬杖をつきながらと、実に気怠げな仕草だったが、すぐにその意図を汲み取り、彼もその手を取った。とても剣を振るうようには見えない、繊細そうな白魚のような指だったが、実際に触れて見れば確かにそれは剣士のそれだった。

「よろしく、正義の味方の坊や」

「よろしくお願いします、お金の味方のお姉さん」

「とりあえず、舞踏会に行くのは食事が済んで人心地付いてからにしましょう。さっきのあれを見る限り、食後の運動程度でどうとでもなるでしょう。エスコートはよろしく」

さて、どんなドレスを着ていこうかしら──

そう呟いて食事を再開した彼女は、先ほどまでに比べて幾分か楽しそうだった。

そして彼らは気にかけるべきだった。二人の会話を聞いている者の存在を。

聞いていたところで、どうとなることもない。そんな彼らの慢心が、後に自分たちを苦しめることになるとは、今この時には予想もできなかった。















 ◆◇◆◇◆◇◆















「くそっ!? なんなんだよコイツらはっ!!」

城の警備についていた男達は、突如現れたわずか二人の若造に次々と大地にのされていった。

死んだものは一人もいない。だが倒れ伏したものは皆ピクリとも動かず、かろうじてまだ立っている男には死体のようにしか見えなかった。

正体不明の二人がここに現れてから、まだ一分も経っていない。それにもかかわらず、城門の警備に当たっていた二十人の私兵は既にあと二人を残すだけとなった。

彼らの目に焼き付いているのは、月明かりの下に光る銀の煌めきと、反対に月明かりすら塗り潰すような黒の閃影だった。

その二つが振るわれる度に、一人ずつ仲間が倒れていった。彼らにはまるで悪夢を見ているようにしか思えなかった。そんなことを考えながら、彼も意識を刈り取られた。

最後の一人の意識が無くなったのを確認してから、黒煉は刀を鞘に収めた。

「見たところ、ただの私兵というか、傭兵みたいですね」

「そのようね。魔導師どころか、素人に毛が生えた程度のようだけど」

対して彼女はデバイスを待機状態に戻すことなく、長剣を持ったまま腕を垂らし、腰に手を当て目の前を見上げていた。

「たいそうお金をかけてるみたいね。忌々しいわ」

その視線を追ってみれば、威風堂々といった趣で立ち塞がる強固な城門がある。彼女の言葉通り、その造りは頑強そのものだ。下手な手段では傷一つ付けることはできないだろう。目には見えなくとも、門以外にもこの城の周囲はかなり強力な結界が張られている。

馬鹿正直に門を通らずとも、結界に小さな穴を開け周囲の城壁を越えて内部に侵入することは容易だが、それはあまり芸がないように感じられた。

どうせなら、派手にブチかました方が良いのだろか。

このダンスが終わったあとのことを考えながら、巨大なそれに手を触れる。返ってくるのは、冷たく硬質な鉄のような感触。だが、あくまで"ような"であり、それは決して鉄ではなかった。

『数百枚の単分子炭素鋼に、特殊な対魔力装甲も使われているようです。不可能ではありませんが、破壊するのであれば大規模な魔法が必要になります』

命令せずとも素早く城門の構造解析を行っていたサリエルが、その結果を端的に報告する。伝える手段も、今は念話ではなく空気の振動を伴う電子音声だった。

「──ということですが、どうしましょうね?」

「派手に決めてちょうだい。残念ながら典型的なベルカ式で、それ向きの魔法は用意していないの。貴方はミッド式なんだから、砲撃魔法ぐらいあるでしょう」

「では、期待に応えてみせましょう。さてサリエル、突然だが実地試験と行こうか。やれるな」

『お任せください。貴方が望むのなら、私は私の全てを懸けて、それを実現してみせましょう』

良い答えだ。

正に打てば響くといった調子で、間断無く返答する従者に笑みを浮かべ、意識を切り替え深層へと埋没させる。

地球独特の魔術体系と、次元世界の魔法体系における使い魔契約を統合した精神リンクに集中する。元々ある自分ではない何かと繋がったその糸を手繰り寄せ、それを強く意識することで糸をより強固なものへと昇華させる。

『接続を確認。演算支援、開始します』

ラハト・ケレブを鞘から引き抜き、何も無い空間を静かに斬り払う。振り抜いた瞬間、周囲には数百のスフィアが展開される。普段の戦闘時に単独で展開するものに比べ、その数には圧倒的な差があった。これだけの数を一度に制御しようとすれば、それだけに処理を割かれて他のことには覚束無くなるだろう。そして数だけではなく、その一つ一つが内包する魔力量も段違いに大きかった。

あらかじめ設定したプラグラムに基づき、そのスフィア群が三つに収束していく。ただでさえ大きい魔力がさらに凝縮され、ただそこに存在するだけで周囲の空間を歪ませていた。それはもはやスフィアと呼ぶには強力すぎる球体に変質していた。

『Trinity Blaster』

鈴のような軽やかな声が、破滅を齎す言葉を紡いだ。

その言葉を引き金にして、スフィアはそれぞれが内包する破壊を放出し始める。指向性を持って混じり合った破壊は、さらなる暴力の奔流となって城門へと殺到する。

大地を揺るがすような轟音を伴い、魔力砲撃は特殊鋼を一枚ずつゆっくりと突き破っていく。高町なのはの奥の手であるスターライトブレイカーに比べれば利用される魔力量は及ばないまでも、それでもその破壊力は並の魔導師に出せるものではない。にもかかわらず、たかが厚さ一メートルもない壁にこれだけの時間を費やされるということは、つまりはこの悪趣味な城にはそれだけの金と技術が、それも正規ではない二つが使われているということを証明した。

思考しながら後一押しかと砲撃の出力を上げ、一気に門をぶち抜いた。さらにその先にある城本体にも少なくない破壊を撒き散らし、極力人がいないであろう場所に照準を定めはしたが、尖塔のいくつかはその頂を無くすことになった。それでも魔法は収まるところを知らず、城の後方にある山に到達し、一部地形を変えるほどの被害をもたらした。

また砲撃の余波は門そのものだけでなく、それを支えていた枠をも崩壊させた。周囲には崩れ落ちたそれの影響で砂埃が充満していき、ただでさえかさついた空気が余計にその粉っぽさを増していった。

「本当に派手にやったわね」

「確かに。これ程になるとは自分でも予想外ですよ。まだまだ改善の余地ありだな」

自分が創り出した惨状を見つめながら、黒煉はその結果に不満を持った。

『ええ、設定したものに比べて威力も消費魔力も大き過ぎます。このままでは黒煉様の方にも相当の負担が掛かります』

「まだ契約してそう時間が経ってないから、ラインの繋がりが最適化してないのかな。その辺は帰ってから、あいつと相談だな」

そこでようやく城内から警鐘の音が響いてきた。至る所に明かりが灯され、今しがたここで昏倒させたのと同様の私兵たちが動き出す。二人が城壁の瓦礫を乗り越え内部に侵入してそれらを相手取りながら進んでいくが、それらもあくまで傭兵崩れで肝心の管理局の魔導師は一向に現れない。元々このような辺境世界に駐在している管理局員の数など大したものではないだろうが、騒ぎを起こしてもなお姿を見せないのは気になる点だった。

「右、任せたわ」

並走していた彼女から淡々とした声が届いたが、何のことを言っているのかすぐには気づかなかった。無駄に豪華で悪趣味な調度品で彩られた馬鹿みたいにでかい廊下を走り抜け、大広間に出たところで周囲を魔力が取り囲んだ。ここに入るまで気づけなかったところから考えるに、隠蔽の魔法も用いられていたのだろう。視線を向ければ左右の回廊にストレージデバイスを構えた魔導師が一人ずつ、正に射撃魔法を放つところだった。彼女がこの待ち伏せに気づいたことに対しても内心では下を巻いていたが、そんな驚きは押し殺して意識を切り替える。

二人はすぐさま前に突き進もうとするベクトルを強引に殺して、各々に求められた仕事を果たすべく急転する。銀と黒の閃刃は豪奢なシャンデリアの光を照り返すことすら許さず、殺到する魔力球を次々に切り捨てていく。共に魔法で強化された肉体は風の如く広間を駆け抜け、複数人で創り出された誘導射撃魔法を瞬く間に消し去った。そのまま魔導師の元に詰め寄り、非殺傷設定の剣が肉ではない何かを切り裂く感触をその手に伝えてくる。

確かな手応えを感じて相手の状態を確認することもなく、広間の中央を抜ける階段へと向かう。ちょうど最初の一段に足を掛けたところで、もう一方の対処をしていた彼女も隣へと並んだ。

「張り合いがないわね。悪党なら、もうちょっと悪党らしく足掻いてくれても良いのに」

唇をわずかに尖らせて呟くその表情は、常に冷たい印象しか感じられなかった女性を少しだけだが愛らしく見せていた。彼女の言葉に苦笑を返しながら、戦闘行動に入って気分が高揚しつつあるのだろうと勝手な予測を立てる。興奮状態とは異なるが、こういった状況では多かれ少なかれ脳内物質により気分がハイになることは仕方のないことだった。その中でも自らを律することができるのが、真実本当の戦闘者と言えるだろう。

「ところで、どこに進んでいるのちゃんと分かっているんでしょうね」

「大丈夫ですよ、侵入した時からエリアサーチはしています。もうすぐに着きます」

言うと同時に黒煉は一歩先んじて、すぐそばにある扉に剣を奔らせ、左足でワインのように真っ赤な絨毯を引き千切る勢いで床を踏みしめ、その右脚で蹴り破った。扉はその場で倒れるだけでは済まず室内へと吹き飛ぶが、その途中で不自然に静止した。

「こんな夜分に、随分と失礼な観光客ですね」

少しして扉の残骸が床に落ちたとき、その影から現れたのは昼間宿で見た管理局員が二人と、原色に塗れたセンスのない服を身に纏う脂ぎって肥えた中年の男だった。魔導師の方がシールド魔法で防いだのだろう。

「心配無用だ。俺が慇懃無礼なのは今に始まったことじゃない」

「別に心配なんてしていませんよ。貴方にマナーが無いことに変わりもありません。それで、昔から慇懃無礼らしい君は何しに来たんでしょうね」

「やたらでかくて金の懸かってそうな城があって、これはよっぽどの観光名所に違いないと寝る間を惜しんで見に来たんだ」

「観光名所だと思うのなら、当然今は営業時間外だと予想がつくものでしょう」

「あぁ、今のは冗談だ。実は未発達の駐屯世界で領主と手を組んで私腹を肥やしてる悪徳管理局員を取っ捕まえに来たんだよ」

「ほぉ、まるで正義の味方のようなセリフですね。昼に会った時からどこか胡散臭い青年だとは思っていましたが、まさか真性のアレだとは」

「何をチンタラと喋っておる!! 本局に気付かれたのではないのか!?」

傍目からは呑気に話しているようにしか見えないらしく、おそらくこの土地の領主であろう男ががなり立てる。その姿を見ただけで、この男が人の上に立つ器でないことはすぐに分かった。身近にリンディ・ハラオウンを始め、アイズ・レヴェントンやヴァネッサ・スクーデリアといったカリスマの塊のような人物に囲まれていた黒煉には、自分のことは棚上げしてもこの領主が本当に小物にしか見えなかった。

「騒がないでください。別に二人をこの世界から出さなければいいだけの話です」

「……舐められたものね」

そんな会話など知った事ではない。そう言わんばかりに隣に立っていた彼女が一人の首を刎ねようと長剣を横薙ぎに振り払おうと、一息に間合いを詰めようと踏み出した。だが彼我を隔てる距離を半分も残して、その脚は止まってしまった。特別身体に異常があるわけではない。そう、身体には何も無いが、その強化魔法すら止まっていた。その異常に彼女は足を止めたのだ。

黒煉は状況に気づいて試しに一つスフィアを形成しようとするが、術式は正常に走っても魔力がそれに応じず霧散していった。この状況には覚えがある。二年ほど前に、黒煉自身が経験したものと全く同じだった。

「AMFか」

「よくご存知で」

「何よそれ」

この場にいる中で、唯一そのことを知らない女性が視線を逸らすことなく問い掛ける。

「"Anti-Magilink-Field"の略ですよ。ミッド式AAAランクのフィールド魔法で、その名のとおり対象空間内の魔力結合を阻害するものです」

「へぇ。でも、これだけの規模の魔法を使用するなら、他のものを演算する余裕は無いんじゃないかしら」

「問題ありませんよ、起動しているのは私たちではありませんから」

男が呟くと、周囲の壁を突き破って見覚えのある水色のカプセル型機械兵器が飛び込んできた。センサーらしき三つの光点が明滅し、正面中央にある黄色いパーツに熱量が集まって攻撃態勢に入っているのが見て取れる。

「なるほどね。でも、私たちが魔法を使えなくなったからといって、貴方達に無様に負ける理由にはならないわよね。魔法なしでもベルカの騎士は、離れた安全な場所から狙い打つのが基本のミッドの魔導師如き斬り捨ててみせるわよ。ましてやこの程度の距離ならなおさらね」

「仰る通りです。ですので、悪党らしくこういう手段も取らせてもらいます」

黒煉たちの背後に新しい気配が現れた。此処に来るまでに魔導師は二人排除し、そして今目の前には二人がいる。昼間に見た管理局員の人数は、五人。つまり、最後の一人が魔法で転移してきたのだろう。さらに残念なことに、現れた気配は二つ、残る一人は……子供だった。

「何でこんなところにいるのかしらね?」

「お前らの後を追ってきたようだな。センサーに引っ掛かって、見に行ったら一人でいたぜ」

そこにいたのは、ここに入るはずがない子供。

「……ごめんよ。でも、話を聞いたら居ても立ってもいられなくて……」

件の宿の一人息子、ディーノ・トランだった。

そこからはもはやただの私刑だ。反撃することは許されず、一方的な暴力にこの身を曝け出す。

飛行魔法で城の上空に移動し、AMFの範囲外から使用した魔法の"現象として発生した効果"だけをこちらへと通す。この珍しいフィールド魔法ですぐさまそういった手段を講じることができるあたり、機械兵器を利用した戦闘の経験は少なからずあるのだろう。

二人とも致命傷とはっきり予想されるようなものに対しては最低限の回避は行っているが、このままでは敗北は必至だった。

「くそっ! やめろよこの卑怯者!!」

「卑怯者でかまいませんよ、私達は悪党ですから。それにこの状況の一番の責任は君ですよ」

遠くで少年と魔導師の声が聞こえてくるが、それに見入っていられるだけの余裕はなかった。

黒煉はAMFなど関係ない攻撃手段を精霊術や戦氣術など複数持っていたが、それでもこれだけ距離を開けられ、ましてや人質を取られた状態では実行に移すことはできないでいた。黒煉の攻撃が届くよりも、ディーノ・トランの命が失われる方が間違い無く早い。隣で同様にズタボロになっている女性も、魔法なしでは長距離攻撃などできないだろう。

どうにかして、攻撃を通すだけの間を稼がなければならない。それができなければこのまま嬲り殺し、できればそれだけで決着が付く。

隙を作るといえば、やっぱり問答か。

今奴らにとって予想外の言葉はなんだろうかと考える。そうして思い付いた一つのセリフ。

「なあ、一ついいか?」

「どうしました、命乞いなら聞きませんよ」

「そんなことするかよ、この身に宿る誇りが、魂が汚れる」

「貴方は本当に命知らずですね。それでなんです?」

余裕を感じているためか、さして注意もなくこちらの意図にのってくれた。

「……この機械を持ってるってことは……あんたら海の人間のくせに、陸と繋がりがあるのか?」

「!? どうしてそれをっ!!」

機械兵器の正体を知っている黒煉には、目の前の男達の裏にいるものがなんなのか容易く想像がついた。そして、そんな情報を知っている人間は極少数しかいないと、目の前の男達は思っているだろう。黒煉が知っているはずがないと。にもかかわらず、黒煉はその繋がりを指摘した。

(掛かった!)

事前に集めていた精霊に己が意志を伝え、精霊はその意志に応え、猛る豪炎として顕現する。

「炎星精 閃」

保有する熱量を拳大に凝縮し、上空の魔導師共に向かって解き放つ。虚空に紅の軌跡を描いて翔けるその様は、正しく炎の流星だった。着弾する直前に制御を手放し、内包するエネルギーの圧縮を解除する。本来あるべき姿に戻ろうと、炎は一気に膨張し爆発を引き起こす。

これでいけるかっ

「駄目、仕留め切れてないわ」

期待にデバイスを持ち直すが、横から冷たい声が聞こえた。その言葉に歯噛みしながら前方を睨みつければ、落ちて行く影が見えるがその数は二つ。残る二つはそのままこちらを見下ろしたままだ。加えて健在なのは、よりにもよってリーダー格とディーノを捕えている男だった。

「グッ、やってくれましたね。遊びは終わりです。そのまま肉塊になりなさい」

突然、黒煉たちの目に映る周りの風景が変わった。機械に囲まれたままだがそこに夜空はなく、代わりにあるのは頑丈な石造りの天井と回廊。足が踏みしめるのは真っ赤な絨毯。先ほど通った大広間だった。

「物体ではなく、空間をまるごと転移させたようね」

「下層まで送るんだ。狙いは……」

二人を囲む壁や天井に亀裂が走り、それは瞬く間に広がっていった。わずかに城は耐える気配を見せるが、それも一瞬でしかなく呆気無く崩壊を始めた。城の建材全てがこの一点に集中するわけではないが、自分の周りの分だけでもこれだけの質量が伸し掛れば、生身の人間など容易く押し潰される。

「正に肉塊だな」

「今からでは脱出も間に合いそうにない。万事休すっていうのは、こういう時に使うのかしら」

精霊術でもこれだけの質量を灼き尽くすだけの熱量を出すには、圧倒的に時間が足りない。彼女の言うとおり、打つ手はなかった。

あいつらを護るというあの人との約束のためにも、諦めたくはなかった。それでも、何かに縋りたかった。

──こういう時は、何に祈ればいいんだろうな──















 ◆◇◆◇◆◇◆















イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ





俺は自分が暮らすこの街を最低だと思っていた。

ゴミ溜めのような視界に入れることすら拒否したくなる街並みはもちろんのことだが、なによりそこに生きる人間の目が嫌いだった。

誰の目にも将来の希望なんてものは映っておらず、その色はどす黒く濁って、その中にあるのは腐りきった絶望だけだった。

こんな生活から逃げ出したかった。誰でもいいから助け出して欲しかった。

俺は諦めたくなかった。その夢を現実にする力もないし、方法も思いつかない。それでも諦めたくはなかった。

それでもこの街は俺に諦めることを強要し続ける。ひたすらに抗い続けても、それを覆すことはできない。

そんな絶望の中で現れたあの二人は、俺達を助けだしてくれようとしていた。

俺の中で、あの二人は英雄になろうとしていた。あの二人なら俺達を救ってくれると感じていた。

その英姿を見たいと、自分もその中の一員になりたいと、気付けば城へと走っていた。

だが現実は残酷で、今あの二人は俺の所為で死のうとしている。

俺がいなければ、あの二人はこんな目に会うことなどはなかった。

俺が此処に来たばかりに、無様に管理局員に捕まり良いように人質にされてしまった。

責任は全部俺にある。なのに俺はのうのうと彼らの死に様を眺めていることしかできない。





イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ





誰かあの二人を助けて。

今まで信じたこともないけど、お願いです神様。

もうこんな絶望はたくさんだ。

あの二人を助けてください。





「────────!!」





声にならない声で、神を探して、天に向かってその喉を枯らした。











 ◆◇◆◇◆◇◆















「────────!!」

声が聞こえた。言葉までは聞き取れない。だが誰の声かは分かった。まだ幼い、子供の声だ。

その声が響くと同時に、突如として城の崩壊は止まった。

時間を巻き戻すかのように瓦礫は宙へ浮き、それは元あった場所を越えて空へと舞い上がった。星月が煌めく夜天の空において、それらを退けて一際輝く何かがあった。それは複雑な文様を描いて球を構成し、ディーノを包み込んでいた。

先ほど響いていたのはあの少年の叫びだ。そして、その少年が今何かを実行している。

「あれは……球形魔法陣?……まさか、とっくの昔に途絶えた魔導式よ」

「はぁっ!? 魔法陣だと? あれがかっ!?」

確かによく見れば、天球儀のラインのように何かしらの文字が帯状になって縦横無尽に走っている。文字自体は読み取れないが、ある程度規則性をもって並べられていることから考えて、何かしらの術式であることは間違いなかった。

ミッドチルダ式とベルカ式では、形状に違いはあれど魔法陣は二次元の平面で描かれる。それを三次元の空間で描けるようになれば書き込める情報量が莫大に増加するが、反面それを制御するのは至難の業、不可能と言っても過言ではない。

それをあんな子どもがやってのける。

「あれの本質はそんなものじゃないわ。あの魔導式が実行するのは"祈願実現型魔法"。心の中に思い描いた強い願いを、そのまま現実に変える奇跡……」

今の次元世界でいう魔法とは、魔力を原動力・エネルギーとして、プログラムによってそれを操作し、物理法則に則った現象として発現させるものだ。地球では魔力の概念自体がファンタジーに近いが、それでも詰まるところ科学に分類される。

だが物理法則という過程を無視して現実を思い描いたものに創り変える祈願実現型魔法は、科学などではなくまさしく奇跡だ。

ディーノは二人が瓦礫に押し潰される現実を強く否定し、二人を助けたいと願ったのだ。

この機を逃す手はない。

腰の後ろに差した天照を抜き、それを核として精霊を呼び寄せ炎剣と成す。

「炎星精 斬」

取り囲む機械兵器を一太刀に薙ぎ払い、全てをただの鉄屑にしてぶち撒ける。AMFの効果が消滅すると同時に、隣の女性も身体強化をすると同時に飛翔魔法で空へと飛び立った。負けじと黒煉もその後に追いすがる。

「あの子は頼んだわ」

彼女はそう言って、リーダー格の魔導師の方へと詰め寄る。足元にはその衣装と同じ縹色のベルカ式魔法陣、正三角形に剣十字の紋章が浮かび上がる。

「楽にイケると思わないで」

彼女の顔には、今まで目にした中で最もはっきりと感情が浮かんでいた。チロリと赤い舌がのぞき唇を舐めるその表情に映っているのは、紛れもない恍惚と興奮。左手が、長剣の柄を強く握りしめる。





「賛えよ、氷の王を。称えよ、海の王を。讃えよ、氷海の王を」





未だ発動してないにもかかわらず、術式が作動する過程で既に周辺の気温が急速に低下していた。





「捧げよ、その命を。捧げよ、その華を。捧げよ、その命の華を」





急激な温度変化のために、空気中の水が凍り付き彼女の周りには白い霞がかかる。





「その命の華を散らし、氷海の王の供物と成せ」





最後の左足を踏み込み、その霞を抜けて突き出される長剣。





「氷刃絶華」





そしてそれは一撃で終わることなく、肉体の限界に挑むかのように連続で放たれる。

剣先が魔導師を貫くたびに、男の背中に一本ずつ氷の針が生み出される。

その針が数えきれなくなる頃には、男の背に一輪の氷の華が咲いていた。

デバイスを逆の手に持ち替え、右足をさらに深く踏み込み、全身を弓として放たれる最強の刺突。

刃が左胸を貫き、その余波で背の氷の華は粉々に砕け散った。

意識を失った男は白い結晶をまき散らしながらそのまま庭園へと落ちて行く。





その様子を横目で見届け、黒煉も自分のやるべき事を果たすためにラハト・ケレブを握り締めた。

独自の空間機動魔法の上を駆け、ディーノの元へと急ぐ。

理解出来ない魔法陣を展開する目の前の子供を止めようと魔導師は直射魔法を放とうとするが、その前にディーノは力尽き魔法陣は光を失った。

黒煉は左腕で彼を抱きかかえ、魔導師へと向き直る。

「俺も負けていられない。派手に行かせてもらおう」

黒い刀身から、それよりもなお深く暗い魔力が迸る。サリエルにより一部処理を肩代わりされた魔法は、単独で起動するものに比べ格段の安定感を誇る。

捻るように右足を踏み込み、その回転を殺すことなく腰を回し、螺旋を増幅させて力をデバイスへと集約させる。

「その目に焼き付けろ。黒き星の、最後の瞬きを」

右肩から胸を越え左脇腹へと、逆袈裟でその剣を振り抜く。

『Glitter Nova』

魔力で再現された超新星爆発が、対象を空間ごと爆砕する。

先ほど倒された魔導師を追うように、その男もまた意識を失い地面へと落ちていった。

それを見送りながら、黒煉は身体の調子を確かめる。かつて使用したときに比べて、肉体への反動も魔力の過剰消費も無いに等しい。それが自身の成長の証のような気がして、自然と口元が綻んだ。

高度を下げて庭園へと降り立つと、既に彼女が魔導師たちを拘束していた。バインドだけでなく、どこから持ってきたのかやたらとごつい荒縄で、ちょっと子供には見せられない種類の縛り方をしている。思わず見なかったことにしたくなって顔を背けると、ちょうど向いた先で月が輝いていた。先程の氷結魔法の影響で周囲の水分が凍り付いて、実に幻想的な光景だった。

「思ったより時間も掛かったし疲れたわ。明日は馬鹿みたいに食べるから支払いはよろしくね、正義の味方の坊や」

夜天の空を見上げていると、隣からそんな軽い言葉がかけられた。

「もちろんですよ。俺もクタクタです。明日はこの胃はブラックホールと化すでしょうね。財布をスッカラカンにする勢いで行きましょう、お金の味方のお姉さん」

黒煉はディーノを抱え、女性は管理局員を縄で引きずりながら、二人は冷たい空気で満ちた夜道を歩き、宿を目指した。

「あー、結局温泉入ってねぇ」

「この後入ればいいでしょう。月を肴にして、湯に浸かりながら一杯やるのもいいものよ」

「実はまだまだお酒飲んではいけないお年頃なんですよ」

一仕事終えた二人の口は大層軽く、宿に辿り着くまで会話が途切れることはなかった。














 ◆◇◆◇◆◇◆















「本当になんとお礼を言ってよいか」

「いいんですよ、俺達が好きでやったことなんですから」

翌日、チェックアウトする時間になっても、ディーノが目を覚ますことはなかった。だが何の外傷もなく、リンカーコアに異常もないためただ疲れて眠っているだけだろう。その寝顔も穏やかだった。

少しばかりの会話をして、さっさと宿を出た。

大通りの様子は昨日までと何ら変りない。決まっている、数時間でそんな劇的な変化があるはずもない。これから先、管理局の支援もあるだろうし、なにより彼らを縛る絶望は無くなったのだ。ゆっくりとでも、彼らはもう一度前を向いて歩いていけるだろう。

「貴方はこれからミッドチルダへ?」

「ええ、元々二日間だけの休暇でしたし。あとはクラナガンの家に帰ってゆっくりします」

「クラナガンか……久しぶりに寄ってみようかしらね」

「向こうなら、俺も美味い店は結構知ってますよ」

「それもいいかもしれないわね。だったら──」

「──待ってよ!!」

トランスポーターのある施設を目指しながら、報酬の件についてどうするか話していると、後ろから呼び止める声と駆け寄る足音が聞こえてきた。振り返れば、そこには予想通りの少年の姿があった。

「お兄さん、どうすればアンタみたいな男になれるんだ」

だが追い付き、息を整えてから言ったセリフは、全くの予想外のものだった。

「俺はそんな大した人間じゃないさ。むしろ、どちらかと言えば碌でも無い人間に部類されるだろうな。俺を目標にするのは止めた方がいい」

「アンタが今までどうだったかなんて知らないよ。でも、昨日のアンタは間違いなく俺にとって英雄だったんだ。俺も、絶望してる誰かを助けたいんだ」

そう語るディーノの瞳は、幼さ故の真っ直ぐさと、男としての意志の強さが宿っていた。

そんな彼を見て黒煉はしばし悩み、やがて口を開いた。

「俺は今、一つの組織を創ろうとしている。敵も多いし、問題も山積みで、正直倒れそうだよ。それでも俺が負けずに進んでいるのは、それが大切な誰かの助けになると信じているからだ。そんな俺の信念に共感してくれるなら、いつかお前もそこへ来い。信念の、Faithの剣の元に」

一度だけ頭を撫で、二人はすぐに踵を返して去って行った。ディーノは撫でられた頭に手を置き、その後姿をずっと見つめ続けていた。二人の影が見えなくなると、自分の帰るべき家を目指して走りだした。これから彼にはやることはたくさんあった。こんなところで時間を潰している時間などなかった。彼の顔には、希望が溢れていた。















 ◆◇◆◇◆◇◆















それから数時間の時を経て、黒煉たちはクラナガンの寂れた定食屋にいた。以前、カリム・グラシアと来た路地裏の鄙びた名店である。

二人は財布をスッカラカンにするどころか、店を食材を食い潰す勢いで喰いまくった。曰く、『怪我を治すには、しっかり食事をするのが一番。食べるという字は、人が良くなると書く』ということだった。漢字圏の言語を学ぶ黒煉ならまだしも、国どころか世界すら違うこの女性まで同じことを言うのは、なにか色々おかしかった。

食後のお茶をゆっくりと飲みながら、黒煉はふと女性に目を向けた。彼女は黒煉の視線など物ともせず、じっと窓から外の景色を見つめていた。

「ねえ坊や、貴方はこれからもその正義の味方の生き方を続けていくの?」

「正義の味方だなんて思っていませんが、そうですね……続けられる限りは他の道を選ぶつもりはありません」

突然の問いだったが、応えはすんなりと出た。何気ない様子だが、彼女の問いが真剣そうだったから、なおさら即答しなければいけないと思っていた。

またしばしの沈黙が場を支配した。それでも空気が重たくなることはなく、穏やかで淡々と時間は過ぎていった。

「そろそろね、定職に就いた方がいいと思っていたのよ。賞金稼ぎをやっていても生きていけるけれど、根無し草なのは少し疲れてきてね」

「そうですか。それも良いと思いますよ。しっかり地に足着けて、どっしりとしていた方が色々と安定すると思います」

「ええ、定職を探しているのよ」

そこでようやく黒煉の方を向いた。まっすぐと、視線を片時も逸らすことなく、黒煉の瞳を見つめ続ける。

「……定職を探しているのよ」

大事なことなので二回言いました。彼女の視線はつまり、言外の意図を推し量れと強要していた。

つまり、黒煉の方から誘えと言っているのだ。この人は主体性がないのか、臆病なのか、それともただ単にツンデレなのか。黒煉は苦笑を浮かべながら、彼女の望む言葉を発した。

「実は、俺の創ろうとしている組織は人手が足りなくて、ちょっと困ってるんですよ。腕の立つ魔導師か騎士が居てくれるとたいへん助かるんですが、いかがですか? それなりの給金は保証しましょう」

「仕方ないわね。そこまで言うなら手を貸してあげましょう」

満足そうな笑みを浮かべ、彼女は昨晩に引き続き再びその右手を差し出した。

「セラス・エクリプスよ」

そうして、黒煉に初めてその名を名乗った。黒煉自身、ある程度その名は予想していたが、改めて名乗られると少し気後れする。だがこれから共に働いていく者だと自分に言い聞かせ、自らの右手を合わせた。

管理局内はおろか、次元世界中の魔法関係者に知れ渡っている一人の騎士がいる。氷結系の近接ベルカ式SS+を誇る、凄腕の賞金稼ぎ。その二つ名は──

「天神黒煉です。よろしくお願いします、生ける伝説の賞金稼ぎ──」





──"氷海の騎士"──

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