現在リリカルなのはの二次創作と日記を掲載。そのうちオリジナルの恋愛物も書くかも……
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空の少年16~世間知らずな迷子の子犬~
彼女は一人、自らの執務室で考え事をしていた。

綺麗に上塗りをされた黒檀のデスクに肘をつき、無作法に頬ずえをつきながらも、その姿は実に絵になっていた。

豊かな金の髪は、手を加えることなく緩やかな波を描き、その背中へと流れる。

前髪を整える紫紺のヘアバンドが、その金糸の印象を引き締めていいアクセントになっていた。

藍鼠のワンピースの上から、黒のショートジャケットを羽織り、前開きの変則的なスカートのような腰布を巻いている。

顔の造りは優しく穏やかであり、十人見れば間違いなく十人全てが美人と答えるであろう。
今はその眉間にしわが寄っているが、それすらもどこか愛らしく感じられるのは、隠しきれない彼女の温和な雰囲気の所為だろうか。

室内をよくよく観察すれば、そこに用意されている調度品の程度から、彼女がそれなりの役職に就いていることが見て取れた。

だが、そんな彼女が仕事もせず何を考えているのだろうか。

「まったく、酷いわシャッハったら。人のことを何だと思っているのかしら」

どうやら、今言葉に出てきたシャッハとやらに何かされるか、言われるかしたようだ。

「それに今日だけじゃないわ。よく考えたら、いつもあんなことを言って。それにロッサだって。

 私だってもう十六よ。別にとろくもないし、世間知らずでもないわ。一度、みんなの私に対する認識を改革しなきゃいけないわね」

これまでにも、何かしら積もるところがあったらしい。それらも含めて今の状況に至っているといったところだろうか。

怒ってはいるが、それでも音で表せば『プンプン』という表現が関の山で、ちっとも迫力はない。

そうだとしても本人としては怒っているつもりなのだから、様子だけ見れば件の二人の評価はあながち間違いとも言えないように思える。

その後も頭を悩ませる時間は続き、時計の長針が半周ほどしたところで、ようやく結論に達したようだ。

「よしっ、家出しましょうっ!」















こうして教会騎士、カリム・グラシアの長い一日が始まった。















魔法少女リリカルなのは 空の少年 16


  ~世間知らずな迷子の子犬~















今日はこの後どうしようか。適当に暇を潰そうにもこちらのことは余り詳しくない。

定期的に来ているミッドチルダの病院からの帰り道。中途半端に空いてしまった時間を、どう処理したものか悩んでいた。

ここに来た目的は、当然母の見舞いだった。ここに入院してから、もう既に三カ月以上が過ぎている。

頻繁に訪れているが、一向に良くなる気配はない。それどころか、体力自体は徐々に衰えているようだった。

いつか、以前したものとは別の覚悟を決めなければいけない日が来るかもしれない。

それまでに、少しでも長い時間傍に居たいと思っていた。だから今日も時間ぎりぎりまで病室に居座ろうと思っていたのだが、当てが外れた。

病院側の都合では仕方ない。こっちが無理を言うわけにもいかないからな。

そう考えて、すごすごと追い出されて外に出たわけだが、どうしたものか。

次元世界関連の知人に連絡を取ろうとも思ったが、よく考えたらみんな今日は仕事だと言っていたような気がする。

なのはも、フェイトも、はやても、難儀なもんだな。折角の週末だっていうのに、仕事仕事って。いい歳して家庭を顧みないサラリーマンみたいだ。

まあ、本人たちが希望してやってるんだから、別に問題ないといえば問題ないのか。

ものは試しと、幾人かに通信をかけてみたが、結果は予想通りのものだった。

本当にどうしようもなくなってきた。家で適当に精霊術の訓練でもしようかと考えたところで、小腹が空いていることに気が付いた。

そういえば、こちらで食事をすることはほとんど無かった。ちょうどいい機会かもしれない。

幸い、以前スクーデリアとレヴェントンにたかった小金があるし、そこいらで適当に食事でもしていくか。

そう考えて、クラナガンでは割と郊外にある病院を後にして、市街地へと足を向ける。

「美味い店とかって……知ってる訳ないよな」

『申し訳ありません、さすがにそこまでのデータは持ち合わせていません。すぐに、検索をかけます』

期待せぬままアコンプリスに尋ねてみるも、やはりそんな都合のいい答えは返ってくるはずもない。

「いや、そんなことまでしなくていいよ。話題の店なんて、基本的に大したもの出さないし」

わざわざ調べようとするアコンプリスを静止して、辺りを見回しながら歩き続ける。

マスメディアに紹介されて行列が出来るような店は、ほとんどが広告戦略に成功しただけの店だ。

謳われている文言と、中身が一致していないことなどざらにある。本当に実力が伴っているところなど、十あるうちに一軒あれば良い方だと思っている。

こういうのは直感に任せた方が上手い店に当たるモンなんだよ。こう、表通りじゃなくて、路地を一本入ったところにある一見さんには入りにくい微妙に寂れた店とか。

妙なこだわりで頭を満たしながら、やはり考えているように繁華街のアーケードから逃げるように道を抜けて、静かな路地に踏み入る。

そう、この空気だ。これは、地球だろうがクラナガンだろうが関係ない。全次元世界共通だと断言できる。

いつぞや読んだ『孤○のグルメ』。あれは実にその辺りを理解した良い漫画だったと思う。

わずかに強いビル風に乗って漂い、鼻腔をくすぐる食材と調味料の匂いが、空腹をより活気づかせる。

この通りのどれかにしよう。

そう決めたところで、道の先から人が歩いてきた。

誰が見ても不審人物としか言わないような、奇特な格好をしている。流れる長い金髪や、歩き方、肩幅から考えて、たぶん女性だろう。

クラナガンでも今はそれなりに暖かい季節だ。

にもかかわらず、ベージュのトレンチコートに同色の帽子を目深にかぶり、辺りをきょろきょろしながら真っ直ぐとこちらに向かってくる。

一度どこかで見たことがある気がして記憶を掘り起こすと、何かの騒ぎで変装しようとしたシャマルさんとまったく同じ格好だと思い当たった。

ああいう輩には関わり合いにならないほうが身のためだな。

上ばかり見ているからか、目の前にいる俺に気付く気配はまるでない。

あと数メートルのところに来ても気付かないため、しょうがなく脇へ避けようとしたところ、ようやく向こうもこっちの存在を認識したようだ。

だが、すぐ目の前に人がいることに驚いたのか、思わず慌ててつんのめる。

「あわわっ!?」

あわわって、リアルに使う人は初めて見た。まったくとろい姉ちゃんだな。

受身も取れず、そのまま地面と熱烈なキスをするのは不憫に思い、避けるために半身になった体勢を戻して抱きとめた。

「あっ、あら?」

自分がどうなったのか分からなくなったのだろう。突然の事態に目を白黒させている。

「大丈夫ですか。怪我はないと思いますが」

「は、はい。何ともありません。ありがとうございます」

「そうですか。ではこれからはお気をつけて」

分かりきっている問答を済ませ、足早に立ち去ろうと試みる。

突然、嫌な予感がしたのだ。

「あの、そこの貴方」

それは見事に的中する気配を見せ始めた。今し方助けた女から、こちらを呼び止める声が上がる。

無視することも出来たが、それはそれで面倒なことになりそうな気がする。

あの女は押しが強そうだ。それも、悪意なく自分の意見を押し付けてしまう意味で。

勝手な偏見だが、無視しても後をついてくるタイプに見えた。

一瞬逡巡してから、半ば諦める覚悟をして返事をした。

「なんでしょうか」

「この街に来たのは初めてで、お恥ずかしながら道に迷ってしまったようで。その、よろしければ、道を教えていただきたいのです」

迷子か。いい歳して何してるんだこの人は。しかも、ちょっと泣きが入っているように見える。

かわいそうだと思うが、こちらにも出来ないことはある。

「申し訳ありませんが、私自身ミッドチルダに来たのは極最近なんです。この辺りの地理にも疎くて、残念ながらご期待には添えそうにありません」

冷たいようだが、突き放したような言葉を敢えて使った。少しばかり面倒ごとの匂いがしたからだ。

似合っていないコートの下の服は、素人目で見ても高級品だ。生地は一般人にはちょっと手が出そうにもないほど上質なもののようだし、仕立ても良い。

帽子から流れる金糸の髪は、常日頃からかなりの手入れがされているようで、一本も絡まることなく枝毛もない。

これだけの身形のお嬢さんが、変装をして街で迷子になっている。はっきり言って、臭過ぎる。

だからこその今の言葉だが、それに対して目の前の女性は目に見えて落胆した。

「ああ、そうですか。御引き留めして申し訳ありません。では、失礼します」

露骨に肩を落として、目尻に窺えた涙を増やして、彼女は踵を返して去ろうとする。

自分は悪くないのに、なんだか罪悪感がすごいな。まあ、そんなことは知ったこっちゃない。

最初の目的に立ち返り、食事所を探そうと歩き出すと、地鳴りのような音が聞こえた。

一瞬何事だと焦るが、別に地面は揺れていない。音だけだ。

さっと後ろを振り返ると、先ほどの女性が頭を、というより帽子を抱えて蹲っていた。絵的にはおぜうさまのしゃがみガードだ。

何かあったのかと、思わず駆け寄ってしまった。だが見たところ、外傷は何もないように思えた。

「あ、あの、今の、聞こえちゃいましたか」

最後に見たとき以上に戸惑った顔と声で、よく分からない問いを発する。

「ええ、なんだか地鳴りみたいな」

そう返すと、瞬時に彼女の顔は真っ赤になった。茹蛸……は失礼だな、熟した林檎と言っておこうか。

それが羞恥に染まったためと予想したとき、先ほどの音が何だったのかわかってしまった。

「さっきのって、もしかして腹?」

「うぅー」

俺の言葉は彼女にさらに追い討ちをかけたようだ。どこまでやるのかと聞きたくなるぐらい、帽子を深くかぶって必死に顔を隠そうとする。

どうしたものかと、しばし思案する。

別に道案内はしようと思えば出来る。アコンプリスに調べてもらえばいいだけだから。

だが、先ほど考えたように、厄介事に巻き込まれそうな気もするのだ。

見捨てるか、手を出すか。

頭の中で二つを天秤に掛けながら、彼女を見遣る。

本当に恥ずかしそうに丸まって蹲る彼女は、酷く心配になる。



"男だったら、困ってる女の子には優しくしなさい"

"女の子を見捨てる男は屑ですよー"



ふと、母と叔母の言葉が思い浮かんだ。

「ちょうど今から食事に行くところだったんです。よろしければ、一緒にいかがですか」

その後は、何も考えることなく言葉が口をついて出た。

先ほどとは打って変わったこちらの誘いに、彼女は驚いて顔を上げる。

「えっ、でもっ」

「まあ、目的地も決めてないんで旨いかどうかは別ですけど、鼻は利くほうなんで大丈夫でしょう」

やはり、それでも彼女は戸惑ったままだ。

「貴女が行きたいところは、とりあえずお腹を満たしてから一緒に探しましょう。幸い時間もありますし、一度街を見て回りたいと思っていたところです」

「はっ、はいっ!」

自分より長身で年上の女性の手を引いて歩くというのは、何とも不思議な気分だった。

尻尾があったら、今彼女はぶんぶんと振り回していることだろう。

恥ずかしそうながらも、心底安堵した表情でついてくる彼女は、まるで迷子の子犬だった。















 ◆◇◆◇◆◇◆















"自分がとろくないことを証明してきます。探さないでください。

                       カリム・グラシア"





私、シャッハ・ヌエラは、今日ほど騎士カリムがとろいと思ったことはなかった。

それが、この書き置きを見たときの感想だった。

そして瞬時に脳内の感情は沸点を超えた。

「ぁにやってんですかあなたはっ!! こんなことやる時点で、既にとろくて世間知らずってことを証明してるんですよっ!!」

「まあまあ、シャッハも落ち着いて」

傍にいたロッサが私を宥めようと声を掛けるが、それでも私の気持ちが治まることはない。

別に、今私の中にあるのは怒りではない。純粋に、騎士カリムの身を案じているのだ。それはロッサも分かっているだろう。

普段からカリムにそういったニュアンスのことは伝えているが、それとは別に私は彼女のことを尊敬している。

でなければ、秘書の仕事など務めてはいない。

それにカリムが世間知らずなのは、彼女本人に拠るところではなく、むしろ周囲の責任だ。

グラシアといえば、聖王教会の中では他の追随を許さぬほど古く、そして由緒ある家系だ。カリムも幼き日から、その名に恥じぬような教育を受けている。

そして、彼女に害が及ばぬよう、蝶よ華よと俗世とは離れて育てられた。故に、今のカリムが出来上がったといっても過言ではないのだ。

そういったことは自分がすればいいと考えてきた、私の勝手な思い込みが、カリムを傷付けていたのかもしれない。

こうして現実に彼女の主張を目の当たりにして、ようやく気付いたといっても良い。

「自分を責めるのは後にしよう、シャッハ。今は義姉さんを探すのが先決だ」

ロッサの言葉に、はっと我に返った。

そうだ、今は悩んでいるときではない。そんなことは後で出来る。

「余りことを大きくして騒ぎ立てることも出来ません。公になる前に彼女を見つけて、ケリをつけます。

 私が選んだ幾人かの騎士と、あなたの力だけで事に当たりましょう」

「手を貸すのは一向に構わないけど、どこに行ったのか分からないんだったら、どうしても人海戦術で採るしかないんじゃないかい」

「行き先は分かっています」

私はずっと彼女の傍にいた。

彼女が行きたいところも分かる。

「クラナガンです。場所は中心の商業区。十中八九、彼女はそこに向かいました」

先日からずっと行きたいと言っていたのだから。

「でも大丈夫かな。義姉さんの方向音痴は、シャッハが一番よく知ってるだろ」

そう、問題はそこだった。

なにせカリムは、住み慣れた教会の施設内ですら迷う。彼女が移動する際は、誰かが傍にいないと大抵目的地に辿り着けない。

だが、今は彼女を信用するしかない。どうか、クラナガンの外に出るような音痴っぷりだけは発揮しないようにと。

ああ、もう。無事でいてくださいよ、騎士カリム。















 ◆◇◆◇◆◇◆














ここはどこなのかしら。

レールウェイを乗り継いでクラナガンまで出てきたのはいいが、そこからすぐに迷ってしまった。

首都の中心にあるターミナル駅から、その目の前にある商業施設に行くはずであったが、気付けば現在地も分からぬまま路地の中だった。

商業区画の中心から離れたとはいえ、まだアーケード街の脇であるため、そこまで遠くに来てしまったというわけではないだろう。

そう考えながらも、目的地を求めて彷徨うこと三時間。それでも、当初行きたかった場所に辿り着くことは出来ないでいた。

さすがに心の中に迷子という単語が浮かび始めて、どうしようかと不安になったそのときだった。

今隣を歩く少年と出会ったのは。

空腹の余り騒ぎ出した虫の鳴き声を聞かれたときは、恥ずかしさの余り顔から火が吹くかと思った。

初めはそっけない返答をされたが、それでも手を差し伸べてくれた彼は私には救世主だった。

ああ、偉大なる聖王陛下。この導きに感謝します。

「とりあえず、その服は脱いだほうが良い」

「はい?」

彼が決めたこじんまりとしたレストラン。

文化圏が違うから何がどんなものか分からないとオーダーを任せられたが、見る限りそこまで奇抜なメニューはなかった。

一通り見てから無難なものを二人分注文して、それを待つ間に放たれたのが今の一言だ。

しばしの時間を置いて、ようやく言葉の意味を脳が理解した。

「なっ、何を、そんな破廉恥な!?」

思わず自らの体を掻き抱くように両腕をまわし、彼の視線から少しでも体を隠そうと試みる。

「こんな、公衆の面前で、その、服を脱げなどと……」

恥ずかしさの余り、台詞の最後の部分はほとんどかすれて、蚊の泣くような声になってしまった。

その私の必死の言葉にも、彼はきょとんとした表情を浮かべていた。

すぐに何か気付いたように、次の言葉を重ねた。

「別にここでマッパになれなんて言ってませんよ。あんまりにも目立ちすぎるから、コートを脱ぐか着替えたほうが良いということです」

「えっ? ああ、そういう……」

またしても、恥ずかしいことをしてしまった。自分でも顔が赤くなるのがよく分かる。

うぅ、やっぱり私って世間知らずなのかしら。

そうして一人で百面相をしている間に、注文していた料理が運ばれてきた。

普段教会で食べているものに比べれば、こういってはなんだが質素なものだというのが第一印象だった。

でも、それは本当に美味しかった。

「うん、これは当たりだ」

見れば向かいに座る彼も、そう呟きながら満足そうな顔をして頷いている。

こうしてみていると、彼の動きがとても洗練されたものだというのが分かった。

貴族であるためにテーブルマナーがしっかりしているとか、そういうものではないと思うが、とにかく無駄のない動きで見ているものを魅了する何かがあった。

「あっ」

「どうかしましたか」

ふと思いついたことがあって、思わず声を上げてしまった。

「あの、まだ名前を伺っていませんでした」

「そういえばそうですね。じゃあ、通りすがりのメンインブラックでお願いします」

「いや、確かに真っ黒ですが……」

彼の言うとおりに、その服装は上下ともに黒尽くめであり、その長く豊かな髪も敢えてそう染めたかのように艶やかな漆黒だった。

そんなに名前を教えたくないのだろうか。

「クロノです。そう呼んでください。それで、こちらはなんと呼べば」

ああ、しまった。人に聞いておいて、自分はなんと答えるか考えていませんでした。

ここで馬鹿正直に答えては、とろくて世間知らずなお嬢様になってしまいます。でも、そんなすぐにいい呼び名も思いつきませんね。

「では、シャッハと」

「わかりました。シャッハ」

急ぐことなく、ゆっくりと食事を終えて店を出ると、彼は最初に服を買いに行こうと言いだした。

自分では完璧な変装だと思うのですが、彼に言わせればまだまだ甘いということです。

しぶしぶ彼の主張を受け入れて、とりあえず最寄のショッピングモールを目指すことにしたのですが、彼が突然立ち止まって周囲を見渡し始めました。

「シャッハ。何かに……恐らく使い魔ですが、囲まれています。誰かに追われる心当たりは」

その言葉にはっとして、彼の視線の先を見つめれば、ロッサの猟犬がいました。

まずい、もう居場所がばれてしまった。ここで連れ戻されては、出てきた意味がない。

「そこを動くなっ!!」

背中から聞こえた覚えのある声に振り向けば、そこにはバリアジャケットを纏い、自らのデバイス・ヴィンデルシャフトを携えたシャッハの姿が。

「助けてくださいクロノさん! 追われているんです!!」

意識せずとも口から飛び出した叫びに、クロノさんが見せたのは露骨に嫌そうな顔。

やっぱり面倒ごとになったと、ぼそぼそと呟くのが聞こえた。

確かに彼の言うとおりだ。見ず知らずの追われている女を、いきなり助けてと請われても躊躇せざるを得ない。

悪いことを言ってしまったと後悔しようとしたところ、急に自分の足から地面の感触が消えた。

というよりも、自分の体が浮かんでいた。クロノさんの両腕が、背中と膝裏に回されて抱き上げられている。

こっ、これはっ!? いわゆるお姫様抱っこというものでは!?

いきなりの恥ずかしい体勢に顔が赤くなるが、私の内心などお構いなしに彼は次の行動に移った。

「逃げます。しっかり掴まっていてください。出来れば目を閉じていると酔わずに済みます。ラハト」

『Yes,my lord."Vanishing Speed"』

突然電子音声が響いたかと思うと、周囲の景色が線になって真下に流れ、気付いたときには私たちは空に舞っていた。

「アコンプリス」

『Yes."Phantom Zero"』

また次には、景色が絵の具を溶かしたように歪んで、直後に描き直された風景は先ほどまで視覚が捉えていたものとは、まったく異なる建物の屋上だった。

「転移……したのですか」

「はい、あらかじめ設定しておいたところにしか飛べませんが、逃げるときには便利ですね。少し待ってください、隠れる場所を手配しますので」

少し離れて通信ディスプレイを開く彼の後姿を見ながら、私は午前中に歩き続けたことや今し方の緊張感も相まって、深い眠りについてしまった。














 ◆◇◆◇◆◇◆















まったく、本当に厄介ごとじゃないか。

まさか追われているとまでは思わなかったから、予想よりもずっと面倒なことになってしまった。

把握できただけでも、先ほどの犬のような使い魔は二十体はいた。個人でそれだけを支配制御できるとなると、かなりの腕前の魔導師ということになる。

無闇に歩き回るより、安全な場所に留まる方が良いと考え、場所の都合をつけるため通信ディスプレイを開く。

『やあやあ、突然だね。どうしたんだい』

しばしのコール音に続いて画面に現れたのは、もはや馴染みとなった蒼髪の女少将、ヴァネッサ・スクーデリアだ。

「いきなりすまんな。クラナガンにあるセーフハウスを一つ貸してほしいんだ」

『それは別に構わないよ。部屋の暗証コードは前に教えたやつと変わってないから、それで入れる。でも、なんでだい』

「まあ、ちょっと色々あったんだよ」

なんと説明すればいいか咄嗟に思いつかなかったため、どこか言葉を濁すことになってしまった。

いぶかしんだ彼女はディスプレイ越しに、背後にいるシャッハのことに気付いたようだ。眉間に皺を寄せて、厳しい表情を見せた。

『別に駄目とは言わないけどね。でも、人の部屋を連れ込み宿代わりに使われるのは、あんまり良い気分じゃないよ』

「勝手に下世話な推測をするな。なんか追われてるらしくて、助けを求められたんだよ」

『君も大概厄介事に首を突っ込むね。ちょっと調べてみるから、後ろのお嬢さんの顔よく見せて』

一瞬どうしようか悩んだが、自分一人で乗り切るのも手間がかかるので、素直にスクーデリアに見せることにした。

体を半身ずらして、ディスプレイの角度もシャッハの方へと向ける。

『……黒煉君。君、彼女が誰だか知ってるかい』

「詳しいことは何も知らん。名前はシャッハって言ってたが」

『なんだい、偽名まで使ってるのかい』

ああ、やっぱり偽名なのか。

名乗るときに中途半端な間と、どもるような響きがあったし、その後名前を呼んでも即座に反応できなかったから、その辺りは予想の範疇だ。

『彼女の名前はカリム・グラシア。聖王教会の有力一族、グラシア家の一人娘で教会騎士だ。シャッハって言うのは、彼女のお傍付き兼秘書役のシスターだね』

いよいよもって、頭の痛い話になってきた。

聖王教会といえば、管理局と同様にロストロギアの調査と保守を使命としている団体だ。しかもその名が表す通り、ただの集団ではなく宗教団体に分類される。

古代ベルカの王が信託を受け、その教えを広めたとされている。

長く続いた戦乱の時代を終わらせた偉人とも言われているが、あるいはその両者の偉業が元になって一つの宗派ができるほど敬われたのかもしれない。

今ではその血族と、側近であった騎士が信仰対象になっている。

一般的なものに比べて禁忌とするものや制約が少ないため、次元世界中を合わせれば莫大な数の信徒を有する。

信仰心など欠片も持たない自分だから、布教活動が緩いとはいえ、宗教という時点で少しだけ近寄りたくはないという思いが沸く。

管理局とは相互協力の関係を採っているが、それぞれ腹の中に思うところはあるのだろう。

実利主義者と宗教団体が手を組むなんていうのは、お互いそれによって利益が得られるからだ。

何事にも巻き込まれたくないから、極力変なところとは関わり合いを持ちたくなかったんだが、よりにもよって聖王教会の偉いさんか。

『騎士カリムが追われてたんだよね。それにしては、教会からそういう連絡は入ってないんだけどな』

俺が考え事をしている間にも、彼女は調べものを続けていてくれたようだ。それでも、この一件での目ぼしい情報は無いらしい。

だとすると、さっきの連中は何なんだろうな。

自分たちの有力者の娘が誘拐されたとなれば、管理局にも協力を求めるはずだ。

組織としての面子もあるかもしれないが、それでも彼女の命と天秤にかければ、幅広い情報網を持つ管理局の手を借りることを選ぶだろう。

それが無いということは、教会内での内輪揉めといったところだろうか。それだったら、連絡が来ない理由にもなるだろうが。

『もし内部の問題とかだったら、こっちから問い合わせるのもまずいんだよね。やっぱり大きい組織同士だと色々あるから』

スクーデリアも同じ結論に達したのだろう。こちらと似たような意見を述べている。

だが、それも確たる証拠は無い。

それになにより、シャッハ……いや、カリムの方には、追っ手のようなものに見つかるまで緊張感というものがまるで無かった。

だから実際のところ、ここまで俺たちが気張る必要の無い、しょうもないことが原因で起きているのじゃなかろうかとも考えてしまう。

おそらく、カリム・グラシアお嬢様の我儘といったところだろう。断言できる確証は無いが。

だとすれば、先ほど繁華街でカリムを連れ去ったのは俺だから、事態が悪化して最悪俺が誘拐犯という立ち位置になるかもしれない。

しかしその辺りも、所詮今は頭の中で地図を描くことしかできないか。

「とりあえず、起きたら話を聞いてみる。最初に言ったとおり、部屋は貸してもらうぞ」

『はいはい。こっちもそれとなく気には掛けておくよ』

通信ディスプレイを閉じて、移動の準備を始めようとして、寝ている彼女をどうするか悩む。

別にそのまま担いで運んで行ってもいいのだが、それはそれは目立つ光景になるだろう。

セーフハウスにアンカーは刺してないから、転移をすることも出来ない。

飛ぶのは許可が要るから、ビルの上を跳んでいけばいいか。ついでに試してみたいプログラムもあるし。

アコンプリスに周辺の地図を出してもらい、目的地までのナビを頼む。

「ラハト」

『"Optic Hide"』

周囲に複合光学スクリーンを展開する。これで姿は目視できないし、多少ならセンサーの類も誤魔化せるはずだ。

幻術魔法は確かに珍しいものに分類されるが、その使用者は決してゼロじゃない。体系付けられたマニュアルだってちゃんと存在している。

それから特に手を加えることも無く頂いた魔法だ。燃費や耐久性に難はあるが、使い勝手はそれなりに良い魔法だ。

飛行魔法ではなく防護フィールドを纏い、移動自体は自分の体と錬氣だけでまかなった。

そうして辿り着いたのはクラナガン北西部、地上本部に程近い住宅街のマンション。

スクーデリアが用意している中では、割と小さ目の1LDKの部屋だ。

これからは何をするにも、まずお姫様が目を覚ましてからだな。

この調子だと、当分起きそうにもないから、着替えぐらいは用意してやるか。

そう考えて、なるべく物音を立てずに、俺は部屋を抜け出した。















 ◆◇◆◇◆◇◆















まぶたを通してなお、網膜を焼く赤の光に、強制的に目を覚まされた。

目を開ければ、突然の強い刺激に反射で涙が溢れる。

慣らすためにもう一度、今度はゆっくりと瞼を開いてく。

そうして認識した景色は、そびえ立つ塔と、その横で沈み行く太陽だった。

えっと……いまは夕方? それに、ここは?

眠りに付く前のことを思い出そうとしたところで、狭い部屋の戸が開いた。

「起きましたか」

上から下まで黒尽くめの服装に、優に膝まではある長い黒髪をひっ詰めて簪でまとめた、自分よりも年下の少年。

名前は……

「……クロノさん」

「そうです。とりあえずシャワーでも浴びてきてください。着替えはこちらで用意しておきましたので」

いまいち現状を把握しきれないまま、浴室へと促される。

こちらの言うことも聞いてほしいと思いながらも、汗に濡れて、しかもそのまま眠ってしまった体を流したいことも確かだった。

教会の自分の部屋のに比べればはるかに狭い浴室ではあったが、機能的で清潔にされているここは気分が良かった。

纏っていた服を脱ぎ、生まれたままの姿で入っても寒くないことに気付き、事前に暖めておいてくれたのだと理解した。

彼の細かな気遣いと、その人となりを垣間見た気がして、思わず笑みが零れた。

カランを捻れば、少しの間もなくちょうど良い温度のお湯が出て、纏わり付いた汗と埃を洗い流してくれる。

ずっと浴びていたい気持ちになったが、彼を待たせていることを思い出し、手早く済ませて脱衣所へ出た。

置いてあったバスタオルを使い、体を拭いている最中に下着はどうしようかと考える。

いくら若いといっても彼も男性だし、さすがにそこまでは準備できないだろう。だからといって、身に着けていたそれをまた着るのも抵抗がある。

頭を悩ませながら、用意してくれたモノを見遣れば、一番上には縁にレースをあしらった愛らしいピンクの薄布。しかも上下セット。

困惑しつつも手にとって見てみれば、サイズは寸分の狂いも無く私に合っていた。

ショーツだけならいざ知らず、ブラにいたってはアンダーとカップのサイズまで完璧だった。

まさか寝ている間に見られたのか。

最悪の想像が頭をよぎる。

いやいや、彼はそんな変態ではない。女性への気遣いも出来る、とても素敵で真摯な紳士だ。いや、もしかすると変態という名の紳士なのかもしれない。

悩んでいても仕方が無い。直接彼に問いただそう。

「あ、あの、クロノさん」

だが、恥ずかしすぎる。振り絞った声もそれなりに大きく出したつもりだが、実際耳に届いたのはかすかな音量。

こんな声じゃ聞こえない。

「どうしました」

そんな私の予想とは裏腹に、彼は即座に返事をしてきた。

「その、ですね。着替え、なんですけれど」

「あれ、サイズが違いましたか。65Dで大丈夫だと思ったんですが」

だから、なんで大丈夫だと思うんですかっ!? しかもそんな細かい数字でっ!!

「サイズは、大丈夫なんですが、その、どうやって?」

「ああ、すいません」

謝ったっ!? まさか本当に見たんですかっ!?

「逃げる際に抱き上げましたよね。そのときの感じから、これぐらいのわがままボディだろうと予想して用意したんです。それに……」

思ったよりも安心した答えが返ってきました。でも、それと同時に突然、色々あったんです、と遠い目をして愚痴り始めてしまいました。

「桃子さんも美由紀さんも、何で男の一人暮らしのために、女性の下着の洗い方なんて仕込むんですか。何度も言うようですが、女性というのは慎みを持ってこそその魅力が引き立つわけで……」

なにか過去の傷をえぐってしまったようです。でも私にはどうすることも出来ないので、とりあえず着替えだけ済ませましょう。

元々着ていた教会服と色を合わせてくれたのでしょうか。グレーのチュニックブラウスに、紺のサマージャケット、ボトムは藍色のエスカルゴスカート。

全て身に着けて居間に戻れば、クロノさんが食事を用意してくれていました。

そんなに凝ったものではないですが、匂いはとても美味しそうです。

「有り合わせで適当に作ったから、大したものではないですが、ちゃんと食べられるもののつもりです」

彼の言葉とは裏腹に、その味は見事なものだった。昼に頂いたお店のものもすごいと思ったが、これも負けず劣らず満足するものだった。

食後のコーヒーを飲みながら一息ついたところで、彼が話を切り出した。





「さて、そろそろ細かい話を聞かせていただきたいのですが? カリム・グラシア教会騎士」





足元から耳障りな甲高い音が響いた。

驚きの余り、手に持っていたカップを落とし、それが割れた音だ。

「えっ、どうして……」

「この部屋は知り合いに借りているものです。手配する際に彼女があなたのことを知っていまして、名前もそこで伺いました」

私を見つめる彼の瞳は、どこまでも冷たく、何を考えているのか分からなかった。

「聖王教会の有力者、クレスタ・グラシアの一人娘が、護衛もつけず暢気に一人歩き。これ程格好の獲物はいませんよ」

そう言われて、私はようやく自分が今どんな立場にいるのか気付かされた。

「管理局の情報も拝見しました。教会の方は表沙汰にするわけにもいかず、まだ協力を要請もしていないようです」

結局のところ、私はとろくて世間知らずだったということだ。

「実に都合がいいです。貴女は、私の金の卵となってくれるでしょう」

後悔してももう遅い。

「それだけじゃありません。貴女は実に見目麗しい。本当に、私の好みの女性です」

彼がテーブル越しに身を乗り出して、私に手を伸ばす。

恐怖に瞳を閉じ、身を硬くする。

だがそんなことはお構いなしに、ゆっくりと頬を撫でて、顎のラインに沿うように、その手は体を下っていく。

喉を越えて、鎖骨に触れ、幼いながらも男らしいゴツゴツした手の平が、服越しに乳房を押し上げる。

もう一方の手はそのままさらに下へと向かい、腹部を越えてなお止まることは無かった。

まだ、誰にも触れられたことも無いのに。

そう思うと、涙が零れた。





すると、私に触れていた手が離れ、代わりに頭を撫でられた。

今までとは異なり、子供を慰めるようにとても暖かく、そしてとても安心させるものだった。

ゆっくりと瞼を開ければ、済まなさそうなクロノさんの顔があった。

「怖い思いをさせましたね」

それだけ告げると、彼は台所へと向かい何か準備を始めた。

私は何が起きているのか理解できず、それをただ見つめることしか出来なかった。

彼はすぐに居間に戻ってきた。二つのカップを携えて。

鼻腔を、甘い香りがくすぐった。

「キャラメルミルクです。料理の先生からも、これだけは合格点をもらっています」

彼を信用してもいいのだろうか。だが、今の私は何を信じればいいのか分からなくなっていた。

「先程のは、こういうことも在り得ると、貴女に自覚してもらうためにしました。

 こう言っては何ですが、貴女の身は貴女一人のものではありません。貴女の生まれが、貴女にそれを許しません。

 厳しいようですが、だからこそ貴女は、それを常に頭に置いて生きていかないといけません」

そう告げる彼に、余計私の世間知らずさを思い知らされた。

麻痺した思考のまま、恐る恐るカップに唇をつけ、中身を口に含む。

甘いそれが、喉を通りお腹を満たしていくと、恐怖で冷えた体が温まっていくのを感じた。

安心感を得ると同時に、涙が溢れてきた。

止め処なく、抑えることも出来ず、すぐにしゃくり上げる声も混じり始めた。

「ごめんなさい、ロッサ……ごめんなさい、お父様……ごめんなさい、お母様……ごめんなさい、シャッハ……」

私がここに居らぬ相手に、必死に謝罪の言葉を口にし続けるのを、クロノさんはずっと頭を撫でながら聞いていてくれた。





恥ずかしいところを見せてしまった。

「産まれたときから、私はグラシアの名を継ぐものとして教育を受けてきました」

ぽつぽつと、今までの私のことを話していく。

「どこに行くにも、必ず私の周りには多くの護衛が付いていました」

めったに行くことの出来ない買い物も、たとえ行けたとしてもそれは酷く窮屈なものだった。

「世間知らずというのは、自分でも分かっていました」

それでも、そう言われるのは悔しかった。それを見返したかったから、教会を飛び出した。

「若いころから、将来のために多くの執務をこなすことも多く、友達と呼べるものもいませんでした」

周りに仕えている方たちに不満を持ったことはないが、彼らはあくまでグラシアに仕える者でしかなかった。

こう思えば、私は多くのものを持っているようで、普通の人が持っているはずのものは、自分の手の届くところにはないのかもしれない。

クロノさんは私の話を黙って聞いている。つまらないと思っているだろうか。

それでもいい。聞いてくれるだけでも私には良かった。

彼はカップを置くと、通信ディスプレイを開く。

画面に現れたのは、私も知っている地上本部のエース、ヴァネッサ・スクーデリア少将だった。

「スクーデリア、聖王教会に連絡してくれ。カリム・グラシアを保護したと」

その言葉に、私は諦めの境地に達した。

『いいのかい』

少将の言葉に少しの間をおいて、彼は私を見つめて子供のような笑顔を見せた。

それは、今日見た彼の表情で、一番幼かった。

「いいよ。ただ引き渡し、って言うとあれだな。送り届ける時間は今夜11時だ」

『ふふ、なるほど。任されたよ。その時間にクラナガンのターミナルだ。捜索している者達も引き上げてもらおう。存分に遊んでおいで』

それを聞いた途端、彼はディスプレイを閉じて私の手を引いて飛び出した。

「早く行くぞ。でないと店が閉まる」

「でも、後片付けしてませんよ!」

事態の展開についていけず、見当違いなことを叫んでしまった。

そうして私は、わけも分からぬまま夜の街に繰り出した。















 ◆◇◆◇◆◇◆














とりあえず目指したのは、クラナガン随一のショッピングモール。

カリム自身、最初はそこに来るためにこちらへやってきたと言っていたから、外せないスポットだろう。

端から端まで見て回る時間はないから、どうしても行ける場所は限られてしまうが、それでも買い物気分は十分に味わえるはずだ。

カリムが自分で言うとおり、確かに彼女は世間知らずだった。

ナンバーズの妹たちのように、社会通念を知らないとかそういうわけじゃないが、やはりカリムは良くも悪くもお嬢様だった。

カリムは自分が選んできた服に対して、俺がいい加減な感想を返すだけでもやたらと喜んだ。

雑貨店ではヘアバンドと同色のリボンを二本買っていた。どうせなら、複数色違いを買えばいいと思ったが、余程それが気に入ったのだろうか。

服を数着と、適当な小物を何点かを買っただけで、予定の時間が近づいてきた。

そろそろ駅に向かわなければ、一日の最後にまた騒ぎを大きくすることになる。

二人連れ立って、夜の空気に冷えた中央通を歩く。

さすがにこの時間になれば、周囲の店舗も店仕舞いを終え、街を照らすのは無機質な街灯と、どこか暖かい星と月の灯りだけになっていた。

「満足しましたか」

隣を満面の笑みで歩くカリムに、答えの分かりきった問いを掛ける。

だが、予想に反して、彼女の答えは厳しいものだった。

「とても楽しい時間でしたが、後一つだけ心残りがあります」

カリムは歩く速度を速め、俺の前に出るとこちらを振り返る。

通りの中央で、ターミナルの駅ビルを背にし、様々な明かりを受けて佇む彼女は、とても綺麗だった。

「はじめまして。私はカリム・グラシアといいます。よろしければ、私の友達になってはいただけないでしょうか」

右手をこちらに伸ばし、真摯な表情でそう語りかける。

その眼差しはとても真剣で、差し出されたその手はかすかに震えていた。

まったく、どこまでも真っ直ぐなお嬢様だ。

「はじめまして。俺は皇黒煉だ。こちらこそよろしく頼むよ」

本当の名を名乗り、俺はその手を握り返した。

「お名前、違うじゃありませんか」

かわいらしく頬を膨らまして詰め寄る彼女に、こちらも笑いがこみ上げてくる。

「それはお互い様だろう、"シャッハ"」

「確かに、そうですけれど……」

「ならいいじゃないか。それぐらい勘弁してくれ。友達だろう」

「ふふ、そうですね。許してあげます。友達ですから」

敬語じゃなくなって、私は嬉しいですと呟きながら、彼女は再びこちらに手を伸ばした。

「友情の証です。受け取ってください」

その手の平に置かれたものを見て、俺はまた微笑んだ。

「では、そろそろ行きます。また連絡しますね」















駅へと入るお姫様を見送り、俺も踵を返して我が家を目指した。














 ◆◇◆◇◆◇◆















「まったく貴女はっ、どれだけ周りを心配させれば気が済むんですかっ!!」

翌日、烈火のような勢いで怒鳴りつけるシャッハの言葉を、私は真正面から受け止めていた。

今回のことは全て私の我儘が招いたことだし、彼女たちに心配を掛けた。

おそらく、私が想像できないほどに、彼女は私の身を案じてくれていたのだろう。

ましてシャッハは、自分の目の前で私をかどわかされた。

彼女は自身のことを酷く責めただろうし、そのことははっきりと謝罪しなければならなかった。

「ごめんなさい、シャッハ。私は貴女の言うとおり、とろくて、世間知らずの小娘だったわ」

彼女を遮り、私は自分の言葉をかぶせた。

「貴女には辛い思いをさせたけれど、昨日という一日は確かに私のためになったと思う。

 勝手なことを、って思うかもしれない。でも、今日からの私を見ていてほしいの。これから先もずっと。

 それが、私の最後の我儘。どう、聞いてくれるかしら」

彼女はしばし言葉を詰まらせ、それから何度も何かを言おうとしたが、その度にその口を閉じた。

最後に大きなため息を一つ。

「色々と言いたいことはまだまだありますが、一つだけにしておきます。

 貴女の我儘に付き合えるのは、私ぐらいです。仕方がないので、これからもお傍に居ますよ、騎士カリム」

「ありがとう、シャッハ」

そうして、ようやく始まる今日の執務。

今のこともメールに書いておこう。こんなこと初めてだから、今夜のメールはとても長いものになりそうだ。

「そういえば、騎士カリム。その髪はどうされたのですか」

「ああ、やっと気付いてくれたのね。いつ聞いてくれるかと、ずっと待ってたのよ」

私の台詞に、少々の呆れを滲ませて彼女は続きを促す。

「これはね……」














 ◆◇◆◇◆◇◆















週明けの月曜。昨日はあんな騒ぎの所為で大して休むことが出来なかった。

わずかに眠気の残る頭に喝を入れて、日課の朝錬を終えて登校する準備を整える。

慣れない髪の纏め方に四苦八苦しながらも、何とか見える形にしたときは既に遅刻ぎりぎりの時間だった。

結んでいる途中でフェイトが呼びに来たが、そのまま行くわけにもいかず、今日は先に学校へ向かってもらった。

遅刻することに別段抵抗はないが、もししたらしたで凍夜さんがうるさいため、バスも使わず走って向かうことになった。

風を切って進む中、普段の髪とは違うものがなびく感触に、どこかむず痒さを感じる。

教室に駆け込んだのは、予鈴が鳴り響く五分前だった。クラスの誰もが既に顔を揃えていた。

朝の挨拶を交わしながら、自分の席へと付く。

すぐにいつもの面子が集まってきた。もうあと何分もないっていうのに、わざわざここまで来るのは、心配してくれたんだろうな。

「珍しいね、黒煉君がこんな時間に来るなんて」

「そうねー。あんたって、来ないことも多いけど、来るときはちゃんと早く来るじゃない」

「ちょっと心配してたんですよ」

予想通りの声に、苦笑を返す。

「あれ、黒煉。どうしたの、その髪」

いつもと違う髪に気付いたフェイトが、疑問を隠すことなく問いかける。

「もらったんだよ、世間知らずな迷子の子犬に」

突然の俺の言葉に、みな頭の上に疑問符が浮かんでいる。

まあ、これだけじゃ意味不明だよな。俺は苦笑を零しながら付け加える。

「これはな……」















 ◆◇◆◇◆◇◆















それは遠い、距離を以って表現できないほど遠い地。世界すらも隔てた遠い地。

異なる言語。

異なる世界。

異なる人物。

全てが違うなかで、唯一つ時だけを同じくして二人の口から発せられた言葉。





「「……友情の証」」





二人の髪を飾る紫紺のリボンが、そよ風になびいていた。
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