現在リリカルなのはの二次創作と日記を掲載。そのうちオリジナルの恋愛物も書くかも……
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空の少年15~声を聞かせて~
気が滅入りそうなほどに、鬱蒼と茂った樹々の群れ。

そこは確かに深い山奥のはずなのに、印象としては真逆だった。

まさに樹木の海の中。

生い茂る緑は、色彩が濃すぎる余りに、もはや黒にしか見えなくなった。

遥か頭上を仰ぎ見ても、瞳が映すのは陽の光でも、空の蒼さでもなく、ただ影となった枝葉だけだ。

そんな木々の中を、すり抜けるように歩を進める二つの人影があった。

大人びていてもまだ幼さを残した少年と、保護者であろう二十代後半と思われる青年。

目鼻立ちに似通った点も多いことから、親子ではないにしても血の繋がりがあるだろうことは見て取れる。

獣が通る道すらない過酷な状況のうえ、山を登るには不十分すぎるほどの軽装でも、彼らの歩みは一時も留まることは無かった。

それでもしばらくして、後ろを歩いていた青年の方が声を発して立ち止まった。

「本当にこれで合ってるのか。来た道は覚えてるが、目的地に辿り着けるか不安になってきた」

その声に数メートル先を進んでいた少年も足を止めた。

「合ってると思うんですけど、俺は案内に従って歩いてるだけですからなんとも言えません。どうなんだ、アコンプリス」

『間違っていませんよ、もう間もなくです。瑞樹様の話では、黒煉様ならそろそろ感じてもいいはずです』

そこで、二人とは別の女性の声が混じった。だがそれは肉声ではなく、どこか電子で合成されたような不自然さが残っていた。

「感じるって何を……ああ、そういうことか。確かに近づいてるんだな」

意味の分からない言葉に首を傾げるも、わずかに意識を別の方向に向ければ、言っていることはすぐに理解できた。

「どういうことだ」

自分を残したままに話を進める二人に、青年は疑問を投げかけた。

「言ってるんですよ、精霊が」

少年は言葉を返しながらも、再び足を進め始めた。

確かに二人の話のように、ものの数分で樹々が途切れ、唐突に視界が開けた。

そこに待っていたのは、広大な屋敷だった。

長期間人の手が入っていないことが分かる程度に荒れてはいるが、それでも建物自体はそんなことをおくびにも出さず堂々とした佇まいを見せている。

「言ってるんです」















「"お帰りなさい"って」















魔法少女リリカルなのは 空の少年 15

  ~声を聞かせて~















皇凍夜は広大な屋敷を歩き回っていた。特に目的などなく、本当にただの暇潰しの意味しかなかった。それでも、彼はかねてからこの場所に一度は訪れたいと思い続けていた。

この稼業において、自分たちの一族と常に比肩していたもうひとつの退魔の血統、天神。

そしてそれは、自分の義理の兄の家でもあることを示していた。

だからこそ、目的はなくとも何かしら思うところがあり、どこか感慨深い様子で埃の積もった部屋を一つ一つ眺めているのだろう。

だが、眺めているといっても、その視線の先にはほとんど何も無かった。

(人が存在していた様子は見えるんだけど、どこか違和感があるんだよな)

人の痕跡は見えても、生活感が無いせいだろうと結論付けて、凍夜は次の部屋へと向かった。

ここで感じた彼の疑問と、その後に至った結論は正しかった。この屋敷が主を喪ってから既に十年余の月日が流れていた。黒煉の母であり、彼自身の姉でもある瑞樹が定期的に訪れ、心の慰めに手入れをしていたとしても、絶対的な時の流れによる風化を阻むことは不可能だった。

そもそもこの広大な屋敷は、始めから朽ちていく運命にあったのかもしれない。

精霊術の大家最後の当主、天神紅熾がこの世を去る以前から、ここに住んでいたのは当主本人しかいなかったのだから。たとえ何千坪ある大邸宅だろうと、人一人が住むには無用の長物に過ぎない。

世界に必要とされない存在は、その意味を脆弱なものとし、確度は薄れ、砂漠の砂のように崩れ去る。

「俺たちも他人のことは言ってられないかもしれないな」

同じものを生業としているんだ、明日は我が身では無いなんて、言い切れるわけが無かった。そう独りごちて、そろそろ甥の元へ戻ろうかと考え始める。

(次の部屋で最後にしよう)

そう思って、最後の襖を開けた彼の目に入ったのは、今までのどの部屋とも違う世界だった。

ここに至るまで、彼にとってこの屋敷はどこまでもただ朽ちていくだけの荒廃した建材の群れでしかなかった。もしくは、何か思っていたとしても黒煉を成長させるための道具程度だ。

だがここに来て、その印象は塗り替えられた。世界が変わったと言われても、それこそ今の彼なら疑うことなく鵜呑みにしたかもしれない。それだけ、この空間だけ空気が違っていた。

何が違うのか理解できず、足を踏み入れて室内を見回した。一見しただけでは、この衝撃の要因は分からなかった。

少しして、ふと幾つも目に付くあるものに気がついた。

「写真? 写ってるのは姉さんと天神紅熾か?」

それは額だった。内に納まっているのは、凍夜の言葉通り写真だった。一人の女性と一人の男性。

女性の方は、濡れたような艶やかな長い黒髪を持ち、つり目がちな瞳は鋭く、威圧感を与えるようだが、不思議とそこから悪い印象は感じられなかった。

一方の男性は不思議な髪の色をしていた。基本は赤、というよりも朱色なのだが、至る所にメッシュをかけたように金が混じっていた。その挑発的な髪に対して顔の造作は大層穏やかなものだ。あどけないと言ってもいいぐらいだった。

凍夜の予想は正しく、それはまさしく皇瑞樹と天神紅熾だった。

二人で撮ったであろう写真が、この部屋だけあらゆる所に飾られていた。それだけではない。今までとは異なり、ここには人が生きていた証が見えた。

中央に据え置かれた小さな卓に、その脇に置かれた茶器の一式。いつでも使えるように隅に揃えられた寝具。僅かに開いた化粧台。

どれもが、この部屋では誰かが生活していた痕跡を残していた。そして、これからも生活していく意志が見て取れた。それが叶わなかったとしても。

ああ、そうか。ここが、姉さんが暮らしていた部屋なんだな。

それを、まさに直接肌で、五感で感じ取った凍夜は、思わず笑みを浮かべた。それもそのはずだった。この部屋は、皇の屋敷にあった彼女の部屋よりも、ずっと人間味に溢れていたのだから。

(間借りしてる所より、自分の部屋の方が殺風景っていうのも変な話だ)

自分が笑っていることに気づき、その理由に思い当たって余計おかしくなった。

高揚した気分のままその空間に足を踏み入れ、数ある写真の中からひとつを手に取った。

紅熾の腕に自分のそれを絡ませ、仲睦まじくカメラを見つめるその瞳。

そして、その表情に浮かんでいるのは、紛れも無い笑顔であった。

写真を見つめ続けること数分。凍夜は自分の心がざらつき、何時如何なるときも平静であれと言い聞かせている感情が、僅かだが、本当に僅かだが泡立っているのを感じた。

理由は簡単だった。姉が笑顔を見せている。それだけだ。

弾けるように。太陽の花が芽吹いたように。

自分が努力しても、ついぞ叶うことの無かった小さな願いを、まったく別の男がいとも簡単にやり遂げてしまった。それが悔しかった。

別に、姉を女性として愛していたとか、そんなことは無い。

ただ彼は、姉としてその女性を本当に愛していた。

そっけないながらも、時折見せてくれる笑顔が大好きだった。

「嫉妬するよ、天神紅熾……」

彼は、常々姉を笑わせたいと思っていた。だからこその、今のこの気持ちなのだろう。

しかし、その結果を手に入れたのが自分ではないとはいえ、確かにそれは凍夜にとっても喜ばしいことだった。

それを実感すると、途端に琥珀に会いたくなった。

自分の名を呼ぶ、あの優しい声が聞きたくなった。

気持ちが逸りだして、すぐに写真立てをおいて入り口へと足を進めた。

外へと足を踏み出そうとしたところで、背中から風が流れるような気配がした。

それとともに、懐かしいあの人の声も。

それが幻聴なのか、それとも本当に聞こえたのかはわからない。

それでも、先ほど感じていた心の波紋も消え去っていた。

まるで風が洗い流したかのように。

「じゃあね、姉さん」

そう呟いて、彼は扉をゆっくりと閉じた。















 ◆◇◆◇◆◇◆















屋敷の奥にある一室で、頭を抱える少年が一人。言うまでも無く、黒煉だ。

部屋の中には膨大な量の書物が収められている。その内の一部を腰を下ろした自分の左右にうず高く積み上げ、黙々とその内容を理解しようと努めている。

動きの流れからして、右の塔がこれから挑むもので、左の塔がすでに読み終えたものなのだろう。

床一面にも本が散らばっているのを見るに、読んだ本はその塔一つだけでようだ。

読む速度には凄まじいものがあるが、彼の眉間には深い皺が常に刻まれたままだ。

『聊かのめり込み過ぎではありませんか?』

「うん? 今何時だ?」

『もう6時を回ろうかというところです。読み始めてから、7時間は経っています』

彼の頭の後ろから、アコンプリスが思わず声を上げた。

彼女の言うとおり、明らかに今の黒煉は根を詰めすぎであった。片時も休むことなく、ずっとその目は文字を追い続けていた。

目線を他所へ向ければ、周りの書棚も、遠くにある入り口も、わずかに霞んで見えた。近いものを見るために、目を酷使し続けた証拠だ。

確かにそろそろ休んだほうがいいかと考え、立ち上がろうとしたところで、見つめていた扉が唐突に開いた。

現れたのは、何時間も自分を放置してぶらぶらしていた凍夜だ。

「なんだ、ずっとやってたのか? 別に時間はあるんだから、のんびりやればいいぞ」

人のことを放って置いて、よく言えたものだ。昼前に別れてからの間に何があったのかは知らないが、幾分機嫌がよさそうにも見える。

「そういう訳にもいかない……というよりもですね、たぶん時間をかけて調べても意味無いんですよ」

「そんなに難しいのか」

黒煉の言葉に、凍夜は厳しい表情で答えを返した。

彼が悩むのは仕方ないことだが、同時に彼にはどうしようもないことでもあった。

二人がこの屋敷に来た目的は、別に観光やある意味の帰省でもない。

黒煉に精霊術を学ばせるためだ。

凍夜には精霊の声が聞こえない。凍夜では黒煉にそれを指導することができない。

だからといって、ほかの精霊術師に教えを請わせることもできなかった。

そもそも精霊術師は、その母数が圧倒的に少ない。加えてそのほとんどが、一般の退魔師とは交流を持つことが無いのだ。

精霊を使役する力は血に宿る。だから、その血の流れないものは、原則として精霊術師足り得ない。そこに、彼らは特殊な矜持を抱いている。その僅かに歪んだ矜持が、同業者と交わることを許さない。

それでも稀に、突然変異的に力を持ったものが在野に現れることがある。

だがそういった者は、大抵が発狂する。

常人には聞こえないはずの声が、絶えず自らに何かを訴え続ける。誰に話しても理解されずに、精神を病んで狂うのだ。

それを乗り越える者もいるが、彼らは彼らで凝り固まった選民思想を刷り込んでいる。

結局、黒煉は精霊術を独学で習得するしか道は無い。その一助とするために、一縷の望みを託してここに来たのだ。

その成果が芳しくないと言われれば、凍夜が苦い顔するのも無理はない。

「難しいというかですね、精霊術というのは酷く感覚的な部分に頼るみたいで、ひたすら精霊と意思疎通できるよう経験を積むしかないようです。

 ある特定の血、今で言う精霊術師の血が血管を巡ることで、肉体がひとつの回路《サーキット》として働いて、それが常人にはないもうひとつの感覚器官として機能するみたいです。

 それを用いて精霊と会話するんですが、その感覚を養うのは五感が固定される前に手を付けておいた方が良いんだと思うんですよね。あんまり遅いともうひとつの感覚が理解しずらくなりますから」

ここまで聞いて、さらに凍夜の顔が青くなったが、今の話の段階では彼に非は無い。

凍夜が黒煉の稽古を付け始めたのは、瑞樹がいなくなってから、つまり黒煉が七歳になってからだ。それではもう脳の感覚器官への認識はかなり最適化している。

叔父の様子に気づきながら、黒煉はその先を話し始めた。

「まあ、ここまではハード的な話です。肝心のどうやって錬度を上げるかといえば、ぐだぐだと回りくどく書いてありますけど、詰まるところ精霊術は根性論に行き着くみたいで……」

「はぁ? 根性論?」

「ええ。いかに力強く自分の意志を精霊に伝えられるか。それが顕現する術の出来に関わるようなことがつらつらと書いてあります」

説明しながらも、黒煉は額に右手を当ててかぶりを振る。彼自身も、表面には出さないまでも嫌気が差しているようだ。

時間をかけてここまでやったが、肩透かしを食らったような気分なのだろう。

「じゃあ、ここに来たのはまったくの無駄だったってことか」

最初の説明に加えて、更なる結論を聞いて、黒煉以上に落胆した様子で凍夜は肩を落とした。

凍夜はここで、いくらかの収穫をしたが、それは全て予定外のものであり、そして全て彼自身の収穫でしかなかった。

同時に、この先について漠然としたものだが心配もしていた。

皇の業だけでも、黒煉は間違いなく一流の人間になるだろう。それだけの才がこの子にはある。凍夜だけでなく、それはシグナムも認めていることだ。

だが精霊術を学べないとすれば、その身に流れる天神の血統が無駄になる。望んでも手に入れられない、強大な力。

放置しておくのは黒煉のためにも容認できなかった。

そんなことを考えているために、先ほどから寄っていた眉間の皺が時間が経つにつれ、余計にその堀を深くしていった。

目の前の叔父の様子を見ながら、黒煉は軽く笑みを見せる。その不安が杞憂であるかのように。

「大丈夫ですよ。多分何とかなります」

そう言いながら、先ほど額に当てていた手をゆっくりと前へ伸ばし、人差し指だけ突き出した。

数瞬後、その指先に火が灯った。

小さな、本当に小さな蝋燭のような灯りに過ぎないが、それは確かに何も無い空間で燃えていた。

その大きさに比して、力強いその炎は薄暗い書庫を赤いその光で染め上げていた。

ゆらゆらと煌きながら、赤と橙に絶えず移り変わるその色彩に、凍夜はわずかだか魅了された。

「これが、精霊術? 本当に使えるのか?」

「ちゃんと、ここに来た意味はあります。精霊術の大家、天神の地へ来た意味は」

来なければ、これ程はっきりと精霊の声は聞こえなかった。

来なければ、これ程回路が活性化することは無かった。

必要なのは、いちばん最初のホールドに手を掛けること。それが出来れば、後は自然に、そして瞬間的に魂が理解する。

初めて声を出したとき

                初めて立ち上がったとき

     初めて歩いたとき

           初めて自転車に乗れたとき

全部一緒だ。

精霊術は酷く感覚的なもの。

それは正に、正に言い得て妙な表現だった。

彼らは覚えていた。自分たちの声を聞いてくれるものたちの血を。十年の時を隔てて再び現れた盟友を、彼らは歓迎した。

「伝え方は分かりました。後はこの感覚を研いで、ひたすら慣れるだけですね」

「そうか。俺では教えてやれることなんて無いが、組み手の相手はいくらでもやるよ。それでも、十分意味はあるだろ」

「はい。それと分かったことがあるんですけどね。真霊術とやらがあるらしいんですけど、聞いたことありますか?」

黒煉の問いかけに対して、凍夜は少しばかり考えるような素振りを見せ、やがて思い当たったように目を開いた。

「確か、精霊術の技術の一つで、自分の神氣で精霊術を強化するものだったはずだ。それに伴って、精霊の色が変わるとか」

術として用いようが、火は赤いし、土は茶色、水や風は無色透明から変わることは無い。

だがそれを覆して、精霊の力を自らの色に染め上げることを可能にする術師が稀に現れる。

紅熾を例に挙げれば、彼が本気を出したときの炎の色は、赤ではなく髪の色と同じ朱金に染まる。

「でも、それっておかしいんですよ。たかが人間如き矮小な存在が、どうやったら世界を運行する精霊を自分の神氣で染めるなんて大業をなせるんですか」

彼の言葉に、凍夜は今までなんとも思っていなかった現象に初めて疑問を覚えた。

(言われてみれば黒煉の言うとおりだ。人間にそこまでのことが出来るはずが無い。だが、俺も天神紅熾が朱金の炎を使うところを、確かにこの目で見た)

「俺もそう思いました。"人間"に出来るわけが無い。つまり、それを為すには"人間"を超えればいいんです。

 ここにある文献の山から至った俺の結論は、真霊術師は局地的、限定的な根源の渦への"到達者"なんです」

宇宙全ての情報が納められている究極のデータバンク、アカシャクロニクル。その別名が根源の渦。

人間如きが世界運行の法則を理解できない。それは、人というハードに収まっている時点で不可能なことは分かりきっている。

だがそれも、年代記へのアクセスが出来れば、限定的といえど可能にはなる。チャネラーらのように、過去や未来を見通す力を得るわけではない。

「風火地水。この四大元素のいずれか、自分が操れる精霊の元素にのみ突出して、局所的に根源へのパスを作る。

 そうすることで彼らは、精霊の力に自分の力を、つまり世界の法則に自分の意志を紛れ込ませて真霊術を使うんです」

このことを、天神は古の時から理解していた。

だからこそ、自分たちの名に、元素と神氣の色を表す言葉をつけた。

名が持つのは、その存在の符号としての意味だけではない。名は、それ自身で存在の本質に影響を与えうる。

自らの名に、その言葉を持つだけで、根源へ至る可能性はわずかでも高くなる。

「自分で言ってても、よく分かってないんですけどね」

苦笑を浮かべながらそう言う黒煉に、凍夜は驚きを隠せなかった。

だが、その驚きも彼は放って置くことにした。別に、それは考えなければいけないことでもない。

黒煉がそこまで辿り着くなら、それはそれで大いに結構だし、辿り着けなくても一向に構わない。

「そろそろ、夕飯にしましょう。アコンプリス、台所の場所分かるか」

『ええ、ご案内します』

黒煉は立ち上がって、大きく伸びをした。長時間同じ体勢で座っていた所為で、体中のあちこちが軋んでいた。

軽くほぐしながら、凍夜とともに外へ出る。

彼の後ろを、顕現はせずとも多くの精霊が縋るようについてきていた。

親の後を追う幼子のようなその動きと、自分にしか聞こえないその声に、黒煉はそっと微笑んだ。

その仕草にも、精霊は喜びの声を返してくれる。

(悪くないな、彼らの声は)

これが、黒煉とその盟友の出会いだった。















 ◆◇◆◇◆◇◆















「閃」

黒煉の呟きとともに、彼の周囲を舞っていた数個の火球が、数十メートル離れた的へと殺到する。

全ての火球が複数の円が描かれた木製の板を貫くが、精確に中心を射抜いたのは一つのみであった。

それだけでなく、板は余波で燃え上がり一秒も保たず灰に崩れ去った。

「駄目ですね。狙いの精度はもちろん、炎の収束も甘い。だから、貫通するだけでなく発火しました」

「まあ、仕方ない。まだ始めて数時間だし、ぶっ続けだ。そろそろ休憩して昼食にしよう」

疲れで膝をつく黒煉に、凍夜はそう声をかけた。

周辺の森で採ってきた山菜に、狩ってきた肉を捌いて簡単な食事を作る。

凍夜も、昨晩ざっとではあるが書庫の文献の一部に目を通した。

そこに書かれていた内容から考えて、このわずかな時間での黒煉の成長は著しいものがあるのではないかと考えている。

すでに精霊を現象として顕現させることも可能としているし、拙いながらも望んだ形に収束させることも出来ている。

だが、専門が違えど指導者として経験を持つ彼は、まだそこまで複雑な制御をするのは時期尚早だと感じていた。

今は何よりもまず使うことだけに重点を置くべきだ。ただひたすらに顕現させるだけでいい。

慣れないうちから複数のことを気に掛ける余り、妙な癖でもつけたら元も子もない。

一言も口をきくことも無く、これからのことを考えながら食事に耽っていた凍夜が、半ばにしてようやく声を発した。

「午後は少しここを離れる。二十キロほど行ったところで、仕事を取り付けた。お前はそれを精霊術で片付けろ」

『聊か性急だと思いますが』

彼の言葉に答えたのは、言われた黒煉ではなくアコンプリスだった。

「見ている分には、燃やすだけならそう難しいことも無さそうだ。かなりの熱量もあるようだし、なんとかなるはずだ」

『あくまで"はず"です。そも、貴方は精霊術師ではないのだから、何事も断言できないでしょう』

普段から冷静で、礼儀正しい振る舞いを見せる彼女にしては、珍しく他人に噛み付いている。

アコンプリスには誓いがあった。彼女の創造主である天神紅熾と、本当のマスターである皇瑞樹との、違えることの出来ない約束があった。

私たちの黒き煉獄を守る。それが、今の彼女の唯一の存在目的だった。

十年前のあの研究所で、紅熾は流れ落ちる自らの血の海に溺れながら、アコンプリスに大事な妻と息子のことを頼んだ。

三年前のあの冬の日に、瑞樹は震える自らの身体を押さえつけながら、アコンプリスに大事な息子のことを任せた。

既に紅熾は逝き、今の瑞樹はあんな状態だ。そのことを覚えているかどうかも分からない。

それでも、否、だからこそ、アコンプリスは殊更にその誓いを果たそうとしている。

『私は所詮ただのデバイスでしかありません。ですが、瑞樹様から黒煉様を託されました。そして事実、片時も離れることなく黒煉様を見守ってきました。

 それはこれからも変わることはありません。私が御側を離れるのは、黒煉様にもう私という存在が必要なくなったときです。

 そして、今はまだその時ではなく、ゆえに私は黒煉様を脅かす全てを排除します。たとえ私にその力が無くとも、引くことはありません』

その言葉はとてもAIが発したものとは思えぬほど、感情に満ちていた。凍夜に対する敵意に満ちていた。

まるで子を守る母のように。

黒煉はアコンプリスの言葉と態度に、母の姿を思い出した。思わず涙を零しそうになるほどに。

「いいんだよアコンプリス。これは必要なことだ」

『ですがっ!』

「俺もわかっているよアコンプリス。もしものときは、精霊術にこだわる必要は無い。生き残ることが最優先だ。何かあったら、俺も助けに入る」

『……わかりました。今この場は従います。しかし、凍夜様。黒煉様にもしものことがあれば、私は貴方を殺します』

二人の言葉に、しぶしぶながらも彼女は矛を収めた。

その後、食事を片付けてすぐに屋敷を出た。

来たときと同じような険しい山道を、まっすぐに突っ切るように走り抜ける。

辿り着いた先には正に山のような大量の悪霊。数は概算で四十といったところだろうか。

「話と違いすぎだろ。下級妖魔一体って聞いたぞ」

「いいんじゃないですか。強さで言ったら、これでようやくとんとんだと思いますけど」

「それはそうなんだが……」

これからはあの仲介は使わないようにしようと、凍夜は心に留めておいた。

「じゃあ、ちょっと行ってきます」

黒煉は、そう呟くと同時に走り出した。

いちばん近くにいた集団に対して意識を向け、昨日から知った新たな回路を通して自らの意思を訴える。

精霊は黒煉の意志をすぐさま汲み取り、瞬時に鮮やかな赤の炎となって顕現した。

常人には聞こえない断末魔の絶叫を上げて、十の悪霊が塵と消えた。

他のものたちもそれに気づいたようで、剥き出しの敵意を叩き付けられる。

「二旋」

風氣を纏い、文字通り風となって戦場を駆け抜ける。勢いで重力に逆らって、手近な巨木の枝の一つに頭を地面に向けて静止した。

黒煉の周囲に炎が渦巻き、真下にいる十体に殺到して焼き尽くした。

そこでようやく、彼の動きに追いついてくる悪霊が現れた。だが、それも纏っていた残り火に触れるだけで消滅した。

(これで半分。ここからはやり方を変えるか)

軽く拳に氣を込める。これで、素手でも奴等に触れることが出来る。

懐に潜り込んで、恐らく頭に当たるであろう部分を鷲掴みにした。

「爆ぜろ」

その呟きに合わせるように、握っていた手の内側から炎が膨張して爆発した。

余波の火で周囲の何体かも燃えたが、すぐに前後左右から次の相手が迫っていた。

今しがた顕現させた精霊を解放することなく、今度は手足に纏った。

前方に向かって右足を踏み込み、下から掬い上げるような右の掌打を放つ。

続いて左方を右の回し蹴りで襲い、すぐさま後転する要領で後に倒れこみ、頭頂部と両手が地面についたところで勢い良く全身を伸ばし、ちょうど天を突き上げる形で両の足を蹴り上げて右方の一体を貫く。

その勢いを殺すことなく宙を舞い、身体を反転させて後方から迫っていた一体に左の踵を落とした。

残っていた五体が、着地して硬直している黒煉に殺到した。慌てることなくそれに対処しようとした瞬間、

『……ッ!? ……!!』

「なにっ!?」

脳裏に見知らぬ声が響いた。

突然の叫びに彼は立ち上がることができず、地面に手を添えたまま動くことは無かった。

だが、そんなことはお構いなしに、敵は黒煉の身に迫る。

「ッ! 舐めるなっ!」

悪霊の手が彼に触れようとしたところで、地面から五条の炎が飛び出した。狙い違わず全てを灼き尽くすと、ようやく彼は立ち上がった。

危なかった。

黒煉は声に出すことなく息を吐き、肩を下ろした。

先ほどの声は何だったんだ。

精霊ではない。精霊の声は、はっきりした言葉ではなく、もっと直接的な感情を訴えるものでしかなく、術師からすれば喜怒哀楽程度しかわからない。

よほど強い感情の場合は、そこからさらに意思を読み取ることも出来るが、さっき聞こえたのはそんなレベルではなかった。

『……!! ……!!』

「くそっ、またか」

再び聞こえたその声に、黒煉は頭を抑える。

その体勢のまましばらくの間備えていたが、次の声が届くことは無かった。代わりに耳に届いた足音に目を向ければ、凍夜が少し険しい顔で近づいてきていた。

「最後は無様だったな。何かあったか」

「新しい感覚に慣れてないみたいで、ちょっと声が分からなくなりました」

断言は出来なくとも、恐らくこうであろうという推測を口にしておく。凍夜もそれに納得したようで、特に何も言及することなくその場は終わった。

だが、黒煉はその声が何なのか酷く気にしていた。















 ◆◇◆◇◆◇◆















「じゃあ俺は先に帰るが、本当に大丈夫か」

「はい。少しでもこの感覚には慣れておきたいし、それにはここが一番だから」

翌朝、別の仕事が控えている凍夜は、先に一人山を下りることになっていた。当初の予定では、二人ともこの時点で帰ることにしていたが、黒煉はあの声がどうしても気になっていた。

彼自身うまく説明することも出来ず、嘘ではない理由を考えてここに残ることにした。

『……ッ!?』

森の中へ入っていく叔父の姿を見送り、意識を集中させたところで三度あの声が響いた。

「呼んでるのか」

言葉は分からないまでも、伝えたいことをその気迫から読み取り、黒煉は行動に移った。

肉声ではなく直接脳に響く声であるため、それを頼りに出所を探すというのも骨の折れる仕事のはずだが、不思議と彼には声が発せられる場所が理解できた。

森を駆け続けること十五分。世界が突如姿を変えた。

一瞬前まで緑の生い茂る森を突き進んでいたはずが、今は岩肌が剥き出しの洞窟の中にいた。もちろん走っているときにはそんなものは目にしていない。

(結界か? だが、目の前にしても気づかず、通り抜けてようやく知覚できるものなんてよっぽどの代物だぞ)

背中に軽く冷や汗を流しながら、薄暗い洞窟の中から先に見える明かりに向かって進んでいく。

抜け出た先は行き止まりだった。明るいのは、ここが縦穴に空洞状になっており光が差し込んでいる為だ。見上げればその先には、円形に切り抜いた空が垣間見えた。

おそらく、ここが出所だ。そう考えながら、彼は注意深く周囲に視線を巡らし、声の主を探した。

横穴の出口をちょうど背中した状態で首を上げると、一人の女性が宙にいた。

その背後には何も無いはずなのに、まるで磔刑に処されたキリストのようにその両腕を広げて、全身で十字架を描くような形で彼女は浮いていた。

その顔は伸ばされた深緑の長髪に隠されて窺い知ることは出来ないが、幾重にも重なって見える複雑なローブのような薄鈍色の衣装を身に纏っている。

そこでようやく黒煉は彼女の背にあるものに気が付いた。

「翼……だと? しかも六枚ということは、最低でも熾天使ってことか?」

そう。彼の言葉どおり、宙に磔にされたその女性の背には、三対六枚の翼があった。

シリアの神学者である、偽ディオニシウス・アレオパギタの定義した天使の九階級のうち、最上に位置するのが熾天使セラフだ。

三対の翼のうち、一対で頭を、一対で身体を隠し、残りの一対で羽ばたき、神への愛と情熱ゆえに身体を熾やす天使と言われている。

そんな最上位の超越存在が、なぜこんなところで磔にされている。

疑問が疑問を呼び、よくよくその翼を観察すれば、今まで光の向きの加減で分からなかったが、それは漆黒に染まっていた。

黒い天使の翼。それが意味するのはつまり、

「……堕天したってことだよな」

天を離れた熾天使といえば、その数はごく少数に限られる。その名を思い出そうとしたところで、女性が顔を上げた。

とても、とても美しい女性だった。黒煉をして、言葉通り正に神が作り出した美の造形そのものだと思うほどに。

整った目鼻立ちに、控えめな薄い桃の唇、髪と同色の吸い込まれそうな深緑の瞳。

その瞳と黒煉の瞳が交わった瞬間、彼女は目を見開き、突如涙を零し始めた。

すると、彼女の拘束が解かれその身が落下を始めた。それでも彼女は何の動きも見せず、唯泣くばかりで重力に身を任せたままだった。

黒煉はすぐに身体強化をして飛び出し、彼女の体を抱きとめた。

優に百七十センチを超えるであろう長身でも、その身は羽根のように軽かった。

そして、直接触れることで理解した。

(希薄すぎる。この存在はもうまもなく消滅する)

内心の驚きに気づかぬまま、彼女は黒煉の瞳を見つめて声を紡いだ。

「……何故だ……」

それは、まさしく黒煉の頭に響いていた声だった。

「……何故ここにきて……何故今になって……こんなにも美しい魂に巡り逢うのだ……」

その美しい顔を歪め、涙を流して訴える。

「……天の傲慢さに……獄の醜悪さに……全てに絶望して……滅びを待つだけだと信じていたこの身なのに……どうして……」

弱々しい力でその腕を伸ばし、黒煉の頬に手を当てる。

「……もっと見ていたいと思ってしまう……もっと存在していたいと思ってしまう……どうして……今になって」

思わず黒煉は、頬に触れるその手を握り締めた。

「……小さき者よ、そして美しき魂よ、名は、なんと言う……」

「……黒煉だ……」

「……そうか、黒き煉獄……精霊の盟友だな……良い名だ……」

息も絶え絶えだが、それでも彼女は話し続けた。

「……私は、多くの罪を犯したらしい……人間を愛しすぎた故にな……私は信念をもってそれを行った……後悔など無い……

 ……だが、それを許さぬ天に裏切られた……そして堕ちた……私は堕ちても、穢れることは無かったが……受け入れられることも無かった……

 ……結果、私はここでただ滅びを待つことにした……それが最も良い選択だと思った……

 ……しかし、汝を見つけてしまった……そして、生きたいと思った……これは我儘だと思うか?……」

黒煉は言葉を発せられず、ただ首を振ることしか出来なかった。

「……そうか、ならば良い……だが許されるなら……」

それを最後に、彼女は何も言わなくなった。

それを為すだけの力がなくなったのだ。

彼女の身体を抱えて、黒煉は力の限り走り出した。

結界を抜けて元の森に飛び出すと、アコンプリスを通じてジェイルへと通信を繋ぐ。

「今から座標を送る! すぐにそっちへ転送しろ!」

『わかった。少し待ってくれ』

兄は黒煉の要望に疑問を挟むことなく、すぐにそれを聞き入れた。

数瞬後には転送が開始され、黒煉は異世界の研究所へ降り立った。

「助ける、絶対に助ける」

うわ言のように繰り返しながら、ジェイルの研究室を目指した。

彼自身、何故こんなことをしているか分からなかった。

目の前で彼女が消滅するのが耐えられなかった。それもある。

だがそれ以上に、















ただ、彼女の声をもう一度聞きたかった。
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