現在リリカルなのはの二次創作と日記を掲載。そのうちオリジナルの恋愛物も書くかも……
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空の少年13~愛があれば、Love is O.K.~
「……できました」

八神家の主婦、シャマルが神妙な面持ちでそう差し出すのは、僅かに黄色味を帯びた白く濁った液体で満たされたステンレスボール。

明らかに失敗作である。

そんなことは一目瞭然だった。

だが、彼は一口であったとしてもそれを口にしなければならない。

それが今回彼女の申し出を引き受けた、自分の責任だと思っていたから。


表面上は何の逡巡も無いように人差し指をその液体に浸し、纏わりついたそれを口に含んだ。

そうして数瞬。

彼の顔に浮かんだのは、紛れもない笑顔。

それを見て、シャマルの顔にも希望の光が宿った。

「かつて日本人は、諸外国からエコノミックアニマルと呼ばれている時期がありました。

 戦後の焼け野原の国土を、わずか20年足らずで先進国にまで復興させた日本人。

 国の復興と経済発展に邁進することが社会から個人に求められ、己を殺してまで仕事に励んで日本人はそれを達成したんです。

 そんな他を顧みない利己的な振る舞い、経済的な利益を追求する姿勢を皮肉った呼び名です」

何の脈絡も無く、長々と説明をする彼に、シャマルも怪訝な表情を浮かべた。

「幻想ばかりを作り出す、正に魔法のような存在。そんなあなたにこの名を送ります」

唾を飲み込む音が、台所に響いた。










「You are Fantasic Animal.砂糖と小麦粉を間違えてますね」

「ふぇっ!?」















魔法少女リリカルなのは 空の少年 13

  ~愛があれば、Love is O.K.~















「あーはっはっはっは、それは無いだろシャマル!」

今までダイニングのテーブルを囲むように座り、じっと俺たちを見守っていた八神家の面々から、ヴィータの笑い声が飛び出した。

「普通間違えても砂糖と塩だって。それをお前、小麦粉と砂糖間違えるって。あーはっはっは、イテッ、くっくっく」

あまりの勢いに椅子から転げ落ちても、笑うことは止められないようだ。

「うぅ、酷いわヴィータちゃん」

シャマルさんが目尻に涙を滲ませてそう訴えるが、他の面子も神妙な顔をしていた。

ヴィータ程ではないものの、笑いを抑えるのに必死らしい。

「だが、ヴィータの言うことも最もだ」

「そやなー、ザフィーラやヴィータの言うとおり、この間違え方は私も聞いたこと無いわ」

「始めから黒煉に従って、ホットケーキミックスとやらを使えばよかったのではないか」

皆一様にシャマルさんの非難を始めた。

「敵しか居ませんね」

「みんなひどい」

彼女はそう言って鮮やかなハニーブロンドの髪を振り乱し、台所の床に崩れ落ちた。

ことの始まりは1時間ほど前だ。

以前作ったシュークリームのことを覚えていたシャマルさんが、俺が居候をしているのを機に料理を習おうと考えたのだ。

腕のリハビリを兼ねて、それを快く了承した。

まだ細かい動きができないために、作るものは簡単なホットケーキとなった。

シャマルさんの料理の出来はさんざん聞かされていたから、修正の効かせやすいものということも決め手の一つだった。

「はやてー、ホットケーキミックスってあるか」

「あー、今は無いなー。そもそもうちではあんま使わへんから」

「じゃあ買ってく「そんなものはいりません!!」」

シグナムの言葉のように、俺も最初はミックスを使おうと思った。

だが必要なものを調達してこようとソファから立ち上がろうとしたところで、シャマルさんが立ちはだかったのだ。

「そんなズルをしてちゃいつまでも上手になりません」

「別にズルって訳じゃ。そもそもあれも小麦粉と重曹、あと塩とか砂糖とかを適正分量で混ぜただけですよ」

「それに料理は一から作らないと。途中を飛ばしたものなんて手料理とは言えません」

お前が料理を語るな。

長年、それこそ何百何千年と生死を共にしてきた騎士達の心に浮かぶ言葉はそれだけだった。

だがそれを口に出すことは決してしない。

我関せずを決め込む三人の騎士達に、俺は諦めの境地に達しつつあった。

「いいですか。俺の動きを良く見ていてください。同じようにすれば、絶対上手くいきますから」

「任せてください黒煉さん!!」

そうして始まった料理教室。

無駄に元気な目の前の生徒に対して、教師の心境は負の方向へと落ちるばかりだ。

「本当に大丈夫ですか」

「もちろんです黒煉先生!!」

だから何でそんなにテンション高いんですか。

そうして生地を作っていったところで、冒頭に至るというわけだ。

明らかに生地が粘り気を帯びてない。これって絶対小麦粉入ってない。

まあ、別物だとしても食べられるものには違いないので、明日の朝食でフレンチトーストの種にでも流用しようか。

砂糖の量が尋常ではないので、食えるものになるかは別問題だが。甘すぎてみんな食べれないとなれば、リンディさんのところにでも持っていけばいいだろう。あの人なら喜んで全部平らげてくれるだろう。

再びゼロから生地を作り始める。今度は片時も目を離すことなく、しっかりと物と量を確かめてさせる。

「どうでしょうか」

「これだけチェックしながらやったんですから、大丈夫ですよ。隠れて変なことしてないですよね?」

「してません!!」

「なら問題ないでしょう。ちなみに俺はこれから変なことします」

彼女の傍を離れて冷蔵庫の中を覗き込む。一般家庭にあれが無い筈がない。

「ええっ、そんなの入れちゃうんですか」

「はい。これを入れると入れないとでは、仕上がりが全く変わります」

「でもですね、シャマルさんとしては流石にもう失敗はできないので無難に攻めたいのですが……」

「最初の勢いはどこに行ったんですか」

彼女の反応も無理はない。

普通ホットケーキにこんなものを入れるなんて想像もしないだろう。

確かに、シャマルさんの今までの失敗を挽回したいという気持ちも分からないでもない。

「じゃあ、両方作りましょうか。幸い生地もそれなりの量があります」

始めに俺が用意していた生地に取り出した隠し味を混ぜ合わせ、ようやく準備が整った。

「俺が先に一枚焼いてみますね」

お玉で適当な量をすくい、低い位置でゆっくりとフライパンの上に落としていく。

ここで重要なのが無理に広げないこと。

伸ばすにしても、丸くではなく手前と奥にのみで、横には決して開かない。

これで出来上がりの触感が大きく違ってくる。

弱火で数分待って、中から出てきた泡が数個割れたところでフライ返しを差し込み裏返す。

後は蓋をして2分といったところか。

「こんなもんです」

綺麗な狐色に焼きあがったホットケーキを皿にあげる。

「うー、シュークリームに続いてこれも完璧ですね」

「シャマルさんの番です。れっつちゃれんじ」

「なんでやる気なさげなんですか」

ぶちぶち言いながらも、おっかなびっくり手を動かすことをやめない。

不恰好だが、特に問題はなく仕上がっていく。

しかし、人数分焼くとなると結構時間がかかるんだよな。

トッピングでも揃えるか。

「ヴィータ、ちょっとお使い頼まれてくれ」

「えー、何であたしが」

「お使いの内容はアイスだ。Lサイズでバニラと抹茶。ハーゲンダッツを許可する」

「任せろ!! あたし以外に適任はいねぇ!!」

財布を投げると、そちらには視線も向けずに受け取り玄関へと走り出す。

こんなところで無駄に騎士の実力を発揮されてもな。

「ザッフィー、お守り頼んだ」

「仕方が無いな。あれは確かに心配になる」

床に寝そべっていたザフィーラも、子狼形態に変えてヴィータの後を追いかける。

「さて、はやてもシグナムもこっちきな。どうせなら皆でやろう」

「せやな、その方が楽しいで」

「しかし、シャマルは先程からすごい集中力だな」

うーん、確かにシグナムの言うとおり、横でこうして話していてもフライパンから視線が離れることがない。

普段ぼんや……いや、とろくさ……でもなく、おっとりした雰囲気を出しているから、こう真剣なまなざしをしている彼女を見るのは新鮮な気持ちだった。

初めて会った際に、輪切りにされそうになった時はこんな感じだったか。

赤みがかったブラウンの瞳と、窓から差し込む陽の光をはね返す煌く金髪が実に絵になる。

そうして1枚を焼き上げて一息ついたところで、ようやくこちらの見る目に気付いたようだ。

「どうしたの、3人揃って」

「シャマル、お母さんみたいやなー」

ああそうか、主婦っぽいんだ。

はやての一言に、頭に出てきそうで浮かんでこなかった単語が閃いた。

別にお母さんという感じはしないが、まさに主婦というイメージそのものだ。

「そんな、嫌だはやてちゃん、お母さんだなんて」

口では嫌がりながらも、満更でもない様子で身をよじる。

横を見れば、シグナムはなんだかしかめっ面をしていた。

どうしてか考えてみて、割とすぐに答えは出た。

こいつ、俺とお母さんって単語を引っ付けて考えたな。

全く阿呆らしい。いらんことを気にして。

「次はシグナムが焼いてみろよ」

「私がか」

「出来るのシグナム?」

「何言ってるんですかシャマルさん。多分シャマルさんよりはるかに上手いですよ」

「そうなん?」

「以前道場で生徒連れてキャンプ行ったときにな、バーベキューやったんだけどやたら火加減が上手いんだ」

「火を感じるのは得意です」

「あー、なるほど。料理で個人に求められるもんなんて極論してまえば火の通りやからな。味付けなんてしっかり計れば大概どうかなるし」

衝撃の事実を突きつけられた湖の騎士が、その二つ名のとおり自らの涙で湖を作ろうとしていた。

「なによ裏切り者。おっぱい侍のくせに。何でその胸だけじゃなく他のところでもキャラ立ててるのよ」

ハンカチ噛んでキーッ!!、なんて初めて見た。

というか、あなたはどこでそんなもの知ったんですか。ああ、昼ドラですか。どんだけ主婦やってんですか。

実際シグナムに焼かせると、本当に上手かった。

「すごいな、俺やはやてより上だろ」

「ほんまやな。うちらの完敗や。これからはシャマルだけじゃなく、シグナムにも台所立ってもらおか」

「そんな。私は騎士です。騎士が料理をするなど過ぎた行為です。分相応の立場で座して待ちます」

「主に飯の用意させて、座して待つのか」

「それはっ」

「そんなん別に気にせんでええて。いっつも言っとるやろ。うちらは家族なんやから、そないなこと言っとたっらあかんよ」

「恐縮です」

さて、そろそろ生地も全部焼き終わるか。

予想外の強力な援護で、ケーキを今までにないほど良い出来となった。

「ただいまー。アイス買ってきたぞー」

ちょうどヴィータとザッフィーも帰ってきたようだ。

「それじゃあ、お茶の時間としようか」















 ◆◇◆◇◆◇◆















「おー、美味い美味い。シャマルもやるじゃねーか」

「ふむ、やれば出来るじゃないかシャマル」

別に普段でもそうおかしいものを作るわけではない。

例えば一食分作ったら、その中に何品か地雷があるだけだ。

だがこれは、いつもの成功品と比べても確かに良い出来だった。

「ではここで真打登場。じゃあシャマルさん、食べ比べてください」

そう言って黒煉が差し出す新たな皿。

上には1枚のホットケーキ。

今までのものとそれほど見た目に差はないようだが、こちらの方が気持ち僅かに厚いか。

ナイフで切り分け、口に含みゆっくりと舌の上で味わっている。

その顔に浮かぶのは驚愕。

「美味しい。私のと全然違う」

「でしょう」

シャマルの反応に、してやったりと笑顔を浮かべる。

私達の前にも出されたもう一枚のケーキ。

先程見たように、ほとんど外見に差はなかった。

だが一口食べてみれば、そこには確かな違いがあった。

「ふむ、確かに美味いな」

「そやな。普通のものに比べて触感がずっとええ」

「中がモチモチしてるのに、外はサックリしてんな」

そう、今言ったヴィータの言葉が全てを表している。

ナイフを刺した段階で、刃の通りが全く違った。

表面に刺す段階では抵抗が大きいのに、それを過ぎれば滑るように刃が進んでいく。

「でもなんで。どうしてマヨネーズでこんな風に……」

マヨネーズ……だと。

あれは決してお菓子作りに使うものではないだろうに。

本当にマヨネーズを入れただけで、パンケーキがこうまで変わるのだろうか。

「マヨネーズの原材料は植物油脂と食酢と卵。化学調味料も入ってはいるが、基本はこの三つだな。

 そのなかの植物油脂が調理中に小麦粉のグルテン形成に影響を与えるんだよ。食酢と卵も乳化作用が働くから、このあたりもポイントなんだろうな。

 まあ俺も厳密なことは把握していないから、大層なことは言えないんだけどな」

「はーそうなんやー。あんなもん入れたら、出来上がりに塩味が強くなってまいそうやけど、全然そんなことあらへんな」

「何事も工夫が大事だな。さて、俺はちょっと出てくるよ。帰りはそう遅くならないと思う」

「どこ行くん」

「少し道場に顔出してくる。そうだ、シグナムも行こう」

「私もか?」

こちらを振り向く黒煉の瞳に映る感情を、私は理解することができない。

どういうつもりでわざわざ私を連れて行くのか。

こう考えるのは良くない兆候だった。

ここのところ私は、黒煉のことをどこかで避けてしまっている気がする。

原因は自分でもわかっていた。

あの日、あの森の中、鈍色が重く立ち込める空の下。

あの時泣いていたのは、空だけだったのだろうか。

あの時頬を流れ落ちていたのは、雨の雫だけだったのだろうか。

あの時悲鳴を上げてたのは、焼けた大地だけだったのだろうか。

本当は、それは全部黒煉のものだったんじゃないか。

もしそうだとしたら、何もしてやれなかった自分自身が、惨めで、情けなくてたまらなくて、消えてしまいたかった。

ハラオウン提督に叩きつけられた言葉の槍も、私の心を抉った。



あなたたちは彼を救ったんじゃない。壊しただけよ。



その通りだ。

あの時だけは、私は黒煉の剣になると誓ったのに。

結局私が傷付けたのは、仮初めなれど護るべき主だった。

ひょっとすると私が過剰に気にし過ぎているだけかもしれない。

だが、そういった思いがよぎるという時点で、まず間違いなく態度に出ているはずだ。

黒煉本人がそれに気づいているかどうかは分からない。

いや、聡いこの男のことだ。既に気づいているんだろう。

人の気持ちはすぐに理解するのに、しかし人の心情は全くわかろうとしない。

そんな欠陥を抱えた、目の前の小さなおのこ。

だから、私の心の内などお構い無しに振る舞う黒煉に、勝手な話だが苛立ちも感じてしまう。

ただの騎士として存在していた時代は、こんなこと考えることすらなかったのに。

今の生活には満足しているが、プログラムでいる方が楽なこともあったと痛感している。

「ほら、はやく」

そう私に手を差し伸べる。

「ああ、わかった」

なあ、黒煉。

教えてくれ。

お前を救えなかった私に、その手を取る資格があるのか。















 ◆◇◆◇◆◇◆















初めて見る者には威圧感を与えるような立派な武家屋敷然とした門だが、どこか親しみやすさも滲み出ている。

中に住まう人たちの気持ちがここにも表れているような気がした。

「こんにちはー、凍夜さーん、琥珀さーん。かわいい甥っ子が来ましたよ」

勝手知ったる叔父の家。

返事が帰ってくるのを待つことなく、その戸を開いて声を掛ける。

「キャラが違うんじゃないか」

後ろを歩いていたシグナムが俺の言葉に違和感を覚えたようだ。

確かに普段の俺とは違うかもしれない。

だがそもそも、普段の俺ってどんなだったんだろう。

「まあ、たまにはいいだろ」

頭に浮かんだ重大な疑問を無視して、問題は先送りにした。

続いて耳に響いてきたのは、おぼつかなさの残る不安定な軽い足音と、まだまだ舌足らずな声。

「おにいちゃん」

自分の足が汚れるのも構わず、まだたたきにいる俺の胸元に飛び込んでくる幼い少女。

勢い良くきた衝撃を流しながら、しっかりと受け止める。

ついでにサービスとして一回転。

「きゃー」

声を上げて喜ぶ様子にこちらの頬も緩んでしまう。

「ただいま沙夜。良い子にしてたか」

「うん。おようふくたたむの手伝ったんだよ」

「そっか、えらいな。じゃあえらい沙夜は、ちゃんとお姉ちゃんにも挨拶しないとな」

「あう、シグナムおねえちゃんもいらっしゃいませ」

「こんにちは沙夜ちゃん。お出迎えありがとう」

俺に言われてようやく気付いたかのように、シグナムにも頭を下げる可愛い従妹。

それに膝を曲げ、視線を同じ高さに合わせて頭を撫でる烈火の将。

その顔に浮かんでいるのは、慈しみを湛えた淡い笑み。

眉尻も下がり、どこか聖母のような優しさに満ちている。

シグナムが抱き上げると、沙夜もそれが嬉しいのか首に腕を回して頬をこすりつける。

いつも思うが、こうしているとシグナムも騎士なんて見えないんだよな。

「小さい子供を相手にすると、口調も変わるからな。背中がむず痒い」

「うるさいぞ黒煉」

「おにいちゃんうるさーい」

「駄目お兄ちゃんだね、沙夜ちゃん」

「だめおにいちゃーん」

「おい待てシグナム。沙夜もそんなこと言っちゃいけません」

いかん、口に出てたか。

途端に言葉使いが元に戻ってしまう。

違和感があるといっても、それが似合っているから別に俺は良いと思うんだが。

「はいはい、おかえりなさい黒煉さん。シグナムさんもいらっしゃい」

「ただいま琥珀さん」

「お邪魔しています」

足音も立てずに現れた赤茶色の髪の女性。

こういった普段の何気ない動作の中でも、この人も皇の人間なんだなと感じる。

「凍夜さんはもう道場にいますから。夕飯はどうしますか」

「今日は八神の家でいただきます。後これどうぞ」

「これは、ホットケーキですか」

「はい、俺とシグナムの愛の結晶です」

「あらあら、そう言うとなんだかとっても卑猥ですね」

「黒煉!? 琥珀さんまで何を言うんですかっ!?」

「まあまあ落ち着けってシグナム。じゃあ琥珀さん、また後で」

「はい、お茶の用意をしておきますね」

「こら待て黒煉っ!」

つまらないことでいつまでも騒ぐシグナムを置き去りに、道場へと足を向ける。

怒髪天突くって程ではないが、髪の毛振り乱してまあぷりぷりと怒っちゃって。

ぶつぶつ言いながらも、しっかりと俺のすぐ後ろをついて来てくれる。

それは窮屈ながらも、俺に少しの安らぎを与えてくれた。

リンディさんにも、迷惑をかけているな。いや、心配させていると言った方が正確か。

スクーデリアやレヴェントンとは、良い先輩後輩の間柄だったっていうのに、今じゃあんなに気まずい仲にしてしまった。

後悔することはないが、純粋にすまないことをしたとは思う。

全部俺の身勝手が原因のはずなのに、みんながみんな、俺の頭の上でいがみ合うことになってしまっている。

やっぱり、俺は求めちゃいけなかったのかな。

渡り廊下を通って、離れの道場へと足を踏み入れる。

群青のスウェットに身を包み、広い道場の中心に立つ一人の青年。

男にしては長めの猫毛の髪とその下に浮かぶ温和な造形。

母さんが優男と評していたのも分かる気がする。

小太刀というには短く、されどナイフというには長い半端な大きさの木刀を一本弄んでいた。

「こんにちは、凍夜さん」

「おお、腕の調子はどうだ」

この人はいいねぇ。まるで俺に気なんか使わない。今も昔も自然体のままだ。

そのおかげで自分も余計な気を回さないで済むから、一緒にいて楽になる。

「まだ握力が完全に戻ってませんが、氣で強化すれば十分に誤魔化せる範囲です」

「そうか。じゃあ、予定通りにやるか」

言い放つと同時に、彼の右手が霞んで消えた。

自分に向かって飛来する一閃を、払うように受け止め握り締めた。

手に残るのは、一振りの木刀。

「そんなっ、まだはや……「「疾」」……」

シグナムが何か叫ぶのが聞こえたが、俺も凍夜さんもあえてそれを無視した。

伍間はあった彼我の距離が刹那の瞬間に零になり、振り上げられ衝突した両の右足が大気に波紋を生む。

反発する衝撃とその波紋に乗って身を翻し、ちょうど身体を一回転させての左切り上げを放つ。

だがそれも、後から放たれた右切り上げが刀身に合流すると、耳障りな音とともにベクトルの向きを強制的に変えられる。

返す刃で唐竹が迫り、こちらも同様にそれをいなそうとするが、出来るのはかろうじて受けることだけだった。

視界の端で凍夜さんの左手が揺らぐのを捉え、咄嗟に右端を引いて半身になる。

それまで自分の右肩があった場所を通過して、後ろの壁に指の先大の鉄球がめり込んだ。

それに気を遣った訳ではないが、数%でも意識は持っていかれた。

その隙に鳩尾に右足が突き刺さる。

間に木刀をかませるだけのことは出来たが、そんなもので威力を殺しきれるわけもなく、先程の鉄球の軌跡を辿る結果になった。

「かろうじてではあるが、今の二つに反応は出来るか。時間が空いた割には、それほど勘は鈍っていないようだな。

 だが"護剣"はまだまだ無理だな。そもそも"調律"できてないんじゃ、護剣は不可能だ」

「わかって、ますよ、んなこと」

一つの深呼吸で、荒れた息を整え、再びこの身は風になる。

唐竹、袈裟、逆袈裟、右薙、左薙、右斬り上げ、左斬り上げ、逆風。

あらゆる軌道で乱撃を迫るが、そのどれもがそのまま流される。

受け流されるのではなく、受けることすらせずただ流されるだけ。

剣が……遠い。剣士には屈辱でしかないな。

そんな一方的な戦いが2時間ほど続いた。

「今日はこんなところだ。まあ、ちょっと寝ておけ」

体中の間接で捻りを加えた、正に螺旋と呼べる拳が迫る。

挟んだ木刀すら粉砕して、今度はそのまま鳩尾に吸い込まれた。















 ◆◇◆◇◆◇◆















「全く、お前は私に心配ばかりさせる」

膝の上に乗った心地よい重みに、小さく息をつく。

長時間動き続けて体中汗に濡れているが、それを不快に感じることもなかった。

とりあえず、顔に浮かんでいるものだけは、持ち歩いているハンカチで拭き取った。

「おにいちゃんおきないね」

「そうだね沙夜ちゃん」

先程私達が持ってきたホットケーキを一欠け食べながら、膝に乗せた黒煉の頭を覗き込む少女。

「あんまり食べ過ぎちゃ駄目ですよ沙夜ちゃん。お夕飯が食べられなくなっちゃいますから。

 はい、シグナムさん」

「ありがとうございます、琥珀さん」

淹れたばかりの緑茶を受け取り、一口啜る。

ようやく人心地ついた気分だ。

「まさか、いきなり稽古を始めるとは思いませんでした」

「確かに怪我をしてからそう間もありませんからね」

黒煉が気を失ってから、ちょうど15分ほど経過したぐらいか。

様子を見計らって、琥珀さんと沙夜ちゃんがお茶を持ってきた。

凍夜さんは軽く汗を流している最中だ。

「でも、普段に比べれば大分薄いものだったでしょう? あまり音も響いてこなかったし」

「それは確かにそうですが……」

納得はできるものではなかった。

どこか黒煉自身が望んでいるような感じもしていたから、余計口を出し辛かった。

このまま話を続けてもやぶ蛇になりそうだったので、話題を変えることにした。

「そういえば、今日はじめて聞いた単語がありました。たしか……ゴケン……と言っていましたか」

「ああ、"護剣"ですか。まあそう大したものではないんですけどね、そういう技術の名前です。

 相手の一撃に対して、自らの攻撃を合流させて、勢いはそのままに軌道を上書きするんですよ」

今、目の前の女性はとんでもないことを言った。

さも簡単な技術のような口ぶりだが、それはもう昇華した一つの業だ。

相手の一撃を寸分違わず把握して、それに合わせるというのは至難のことだ。

そもそも、相手が動き出してからでは遅い。

後発ではそれだけ自分の剣速を速める必要があり、それでは力を合流させるのではなく弾くだけになる。

「だからこその"調律"だよ」

道場の戸が開き、男性の声が混じる。

「調律が出来れば、護剣を操るぐらいは容易い」

濡れた髪を拭きながら、凍夜さんが姿を見せた。

「調律……ですか。それも何度か耳にした言葉ですね」

「そうだろうね。君のいるところでも、言った覚えがあるから。単純に言えば、攻撃の先読みになるんだけど」

それはどんな武術でも行って然るべきものだ。

だが、そんな単純な話とも到底思えない。

「基礎的なものだと、相手の予備動作から次の行動を予測するとかになるんだけど、高速機動中だとそんな悠長なことはしていられない。

 どんな人間でも、その行動の中には一定の法則が存在する。その法則を読み切ることで、先読みにつなげるんだ。

 拍子、呼吸の間、戦術の組立などなど、それを打ち合う最中に収集していって一つの形を完成させる。ちょうどパズルを組み上げるように。

 厳密に言えば、相手のリズムを読むって言えばいいのかな。そしてこれは別に護剣に限った話じゃない。」

そうだ。相手の戦い方を全てトレースできるというのであれば、つまりは受け方も予想できるということに他ならない。

読み切られれば、防御などすり抜けて攻撃を当て続けることも出来るようになる。

「そんなこと、出来るものなのですか」

とても人間に出来る業だとは思えない。

それこそ、古代ベルカ式のユニゾンデバイスにオーバーヒートさせるぐらいの演算処理をさせなければ達成できないだろう。

「確かに簡単なものじゃないよ。どうしても経験値がものを言うから、若いうちには到底無理だ。

 俺だって満足に使いこなせているかと問われれば、はっきりと頷くことは出来ない。

 でも黒煉は、間違いなくものにし始めている。まだ、10代に差し掛かったばかりの若さでだ。

 さすがは天神紅熾と皇瑞樹の子供だよ。背筋に寒気が走るぐらいだ。

 もうそろそろ教えることもなくなってきたし、天神の精霊術を勉強させた方がいいかな」

話の最中に、二人の名前を聞いて鼓動が速くなった。

かつての言い分では、彼は黒煉の父親については何も知らなかったはずだ。

だが、今は確かにその名を口にした。

「聞いて、いるのですか」

「ああ、割と直ぐにね。無理言って姉さんと一度面会もさせてもらった」

「……申し訳ありません……」

「謝る必要はないよ。黒煉が選んだことだ。他人にその責任を押し付けるようなことは教えてない」

「ですがっ!」

続きを言い募ろうとしたところで、凍夜さんと琥珀さんの視線に気付いた。

どこまでも、私の瞳を見つめてくる。

瞳を通じて、その奥に隠れている思いまでも見通すように。

「なあ、シグナムさん。あなたは黒煉のことは好きかい」

そんな唐突な質問を投げかけられた。

「黒煉さんのことを愛していますか」

「別に、スマートな言葉を求めてるわけじゃない。どんな言葉でもいいんだ。あなたの気持ちを聞かせて欲しい」

二人の言葉に私の心は動揺するばかりだった。

そんなことを考えたことも無かった。

私の気持ち。

膝の上で眠る黒煉の顔を、今一度見つめる。

一つ息をついて、口を開いた。

「正直に言ってしまえば、私自身良く分かっていません。今までずっと剣に生きてきて、色恋に気をやったことすらありませんでした。

 それが私の生き方でしたし、これからもそうなのだと何の理由もなく疑いもしませんでした。

 道場で黒煉に剣を教えるのは楽しい。

 でもそれは、黒煉に私を上回るような才があり、真綿のように技術を吸い込み成長する彼を面白いと感じている、それだけだと思っていました。

 しかし、そうでもないんじゃないかとも思うんです。純粋に黒煉の傍に居るのは楽しい、心が安らぐ、そう感じるんです。

 これは剣だけに生きてきた今までの人生では感じたことはなかった。

 それを恋だと、愛だというのであれば、そうなのかもしれません」

自分でも理解できていない感情を言葉にするのは、酷く困難な作業だ。

とてもこれで伝わるとは思えない。

それでも彼らの次の言葉を待っていた。



「むー、むずかしいはなしばっかりでつまんなーい」



しかし、その重苦しい雰囲気を幼い少女の声が霧散させた。

「そんなのどーでもいいでしょ。みんなおにいちゃんがすき。そうでしょ?」

あどけない表情に、天真爛漫な笑顔を浮かべて私達三人の顔を見上げる。

一番最初に反応したのは凍夜さんだった。

「くくっ、そうだな沙夜。みんな黒煉お兄ちゃんが大好きなんだな」

「そうだよー、わたしもおにいちゃんだいすきだよ。もちろん、おとうさんもおかあさんもすきー」

「ありがとう沙夜。お前は天才だな」

立ち上がると同時に、沙夜ちゃんを抱き上げ回り始めた。

二人とも楽しそうだ。

「そろそろいい時間ですね。お暇させていただきます」

「そうですか。黒煉さんもまだ起きないから、もうちょっと居ても構いませんよ」

「いえ、家の者にも早めに帰ると伝えてあります」

目を覚まさない黒煉を抱えて、門をくぐる。

三人揃って見送りに出てきてくれた。

「それでは失礼します」

「ああ、ちょっと待って、最後に一つだけ」

踵を返そうとしたところで、凍夜さんからの一声。

振り向けば、そこにあったのは微かな微笑み。

「あなたは黒煉と一緒にいたいかい」

「許されるなら」

考える時間など必要なかった。

その言葉は、私自身が意識する間もなく、音として大気を振るわせた。

「許す許さないなんて、関係ありませんよ。あなたの意思次第です」

「でも、あなたはそれじゃあ納得できないんだろうね。だからこの言葉を送ろう」










「シグナムさん、黒煉の傍に居て欲しい」










八神家へと続く家路をゆっくりと歩く。

5月に入ったばかりのこの季節では、6時を過ぎればあたりも大分薄暗い。

その夜の帳の所為か、私もどこか浮かれていたのだろう。

背負っていけばいいものを、わざわざ黒煉を胸に抱いて歩を進める。

こうしないと黒煉の顔を見れないしな。

随分と自分勝手な理由で己を誤魔化し納得させた。

「今日の夕飯はなんだろうな、黒煉」

心の靄が晴れたような気分だった。















 ◆◇◆◇◆◇◆















緩やかな一定のリズムの揺れに、沈んでいた意識が浮上していく。

完全に目覚めることはなく、半覚醒のまま今の状況を把握しようと努める。

この空気の冷たさは屋外だな。でも、何か暖かいものに包まれているようで寒さを感じることはない。

鼻腔をくすぐるのは、どこか心を安心させるような甘い香り。

顔の半分と右腕にやたらと柔らかく触り心地の良い何かが押し付けられていた。

その何かの正体を確かめようと、左手を伸ばしそれを掴んだ。

「どこを掴んでいるんだお前は」

聞きなれた声が耳に響いた。

目を開けば果てしなき蒼の瞳と躑躅の流れる前髪。

「やけにでかいエアバッグが搭載されているかと思えば、シグナムか」

「でかいだけじゃなくて、性能も良いぞ。なんだったら今度試してみるか」

「セクハラですよ奥さん」

「セクハラなんかじゃないさ。差し詰め、愛の証といったところか」

「性格違うんじゃありませんか」

「くく、そうだな」

やけに落ち着いてるな。

普段ならこんなこと言えば真っ赤になって怒り狂うのに、むしろ楽しそうにしている。

「もういいよ、降ろしてくれ。自分で歩く」

「気にするな。私はこうしていたい」

「俺が人目を気にするんだ」

「大丈夫だ。もう暗い上に認識阻害の魔法も展開している。誰も私達には気付かない」

「魔力の無駄遣いだな」

「この程度は微々たる物だ。そもそも展開しているのはアコンプリスだ」

『シグナムさんのおっしゃるとおりです、黒煉様』

うわぁ、ほんとにアコンプリスがタスクを処理してるよ。しかも使ってる魔力は俺のだ。

「はぁ、好きにしろ」

「言われずとも好きにするさ」

本当に俺のことなど気にせず、笑顔で歩き続ける。

ぼおっとそれを見ながら、眠りつつも聞いていた会話を思い出した。

やはり、シグナムは俺のことで罪の意識を感じているんだな。

俺が勝手に突っ走っただけだっていうのに。





なあシグナム。

俺は別に、お前のことを恨んでなんかいないよ。

これは俺が負うべき痛みなんだ。

いや、痛みじゃないな。痛いなんて感じていないんだから。

俺が抱えるべき空虚なんだ。

これは俺のものだ。

誰にもくれてなんかやらない。

背負わせてなどなるものか。





そう考えながらも、今こうして彼女と共にあることに確かな幸せも感じていた。
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