現在リリカルなのはの二次創作と日記を掲載。そのうちオリジナルの恋愛物も書くかも……
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空の少年12~女の戦い~
「ただいま」

帰りの挨拶と共に、10代半ばの少年がリビングへと足を踏み入れる。

年の頃を考えると幾分か背丈が低いような印象を受けるが、佇まい自体はそれを補って余りある冷静さを感じさせる。

所々に金属のアクセントの入った黒の服を身に纏っていた。

「おう、お帰りクロノ。思ったより早かったな」


それに応えるのも先と同じくこちらも黒尽くめの少年だった。

普段であれば結い上げている髪を、今日は後頭部の高いところで縛るだけでポニーテールにして流している。

リビングの足の短いテーブルに、包帯や塗り薬を広げて傷の手当てをしていた。

「まあね。今度からの調査航海の準備期間のようなものだから、実のところあんまりやることは無いんだ。だから母さんも休みを取れているんだし。

 そういえば、黒煉しかいないのか。当の母さん達はどうしたんだ」

散らばった救急箱の中身を整えながら、見えない姿の行方を問い掛ける。

この時点で、クロノは何か意識に引っ掛かりを覚えたのだが、それが一体何なのかまでは気付かなかった。

「フェイトを連れて、夕飯の買い物だよ。今日は新しいメニューに挑戦するらしい。二人して、やたらはしゃいで出て行ったな」

応えながら、簡単な処置を終えた腕に包帯を巻いていく。

単純な作業に見えるが、縦横無尽に跡が残るあの傷だらけの腕では、それは途端に困難な作業へと変貌した。

震える腕を叱咤し、ゆっくりと、だが確実に先へと進めていく。

クロノも、それに手を貸そうとはしなかった。

黒煉自身が、それを拒絶しているのが分かっていたからだ。

それでも、彼の手の動きから片時も視線を外すことなく見守っていた。

「多少不恰好だが、こんなものか」

通常の3倍以上の時間をかけて巻き終えた両腕を掲げ、一仕事終えた満足感を声に滲ませながら呟く。

「ああ。しかし、随分と器用なものだな。僕だったら、そんな腕でここまではやれ……な……」

そこで、はたとクロノは気付いた。















「いや、おかしいだろ!! 何で動いてるんだっ!?」















魔法少女リリカルなのは 空の少年 12

  ~女の戦い~















「やかましい。いきなり叫ぶな」

「叫ぶに決まってるだろ!!」

買い物を終え、重い荷物を抱えて辿り着いた我が家に入った途端、聞こえてきたのは出迎えの言葉ではなく、そんな問答だった。

すぐ後ろで、自分と同じように袋を提げているフェイトも、何が起きているのか理解できずに可愛らしく首を傾げている。

「何かあったのかな」

「そうみたいね。具体的なことはまだ分からないけど」

確かめないことには、何も始まらない。

こうして考えている間にも、息子とお隣さんの言葉の応酬は激しさを増していくばかりだった。

「君の腕が全治何ヶ月か覚えてるか?」

「医者の話では半年だったな」

「それで僅かでも動かせるようになるのは?」

「通常で3ヶ月。驚異的な回復を見せても2ヶ月とか言っていた気がする」

「そう、その通りだ! じゃああの一件から今日でどれだけ時間が経った?」

「ちょうど2週間だ」

「それがおかしいって言ってるんだ!! 驚異的って次元じゃないぞ!!」

リビングの戸を開ければ、ゆったりとソファに背を預け、飄々とした態度で冷静に言葉を返す黒煉さんと。

そんな彼に、口角泡を飛ばすといった勢いで激しく詰め寄るクロノの姿があった。

とりあえず、話を聞かないとね。

「まあまあ、クロノもちょっと落ち着い……「大体君はいつもいつも……」」

「ねえ、クロ……「もう少し自分の身体を……」」

ブチィッ

こめかみの辺りで何かが弾けた。

「スティンガースナイプ」

一つだけ顕現させた魔力弾を、人の話を聞かずガミガミと喚き続ける一人息子に叩き込んだ。

ゴミ屑のように愉快に吹き飛ぶ様を見て、怒りが静まるのが分かった。

黒煉さんも、あの至近距離で被害に遭わないように巧みに身体を捻る辺り、やっぱり只者ではないと感じてしまう。

倒れた本棚の下から這いずり出てきた黒い塊の前に仁王立ちして告げる。

「人の話はちゃんと聞いて欲しいわね。そんな風に育てた覚えは無いんだけれど」

「は……い、その通り……です、母さん。申し訳ありません」

息も絶え絶えに謝罪する息子を見て、幾分か胸の内に溜まった苛立ちが崩れ落ちるのを感じた。

謝罪が聞けて場が静かになったのは良いとしても、結局何が原因でこうなっていたのかは分からない。

落ち着いているように見えて意外と沸点が低いところにあるクロノだが、だからといってむやみやたらと騒ぎ出すことも無い。

つまりは取り乱すに足る何かがあったということだ。

「おかえりなさい、リンディさん。フェイトも、手伝いご苦労さん」

黒煉さんは黒煉さんで、先程までの口論など無かったかのように、出迎えの挨拶をしてくる。

以前からその心が読めないところがあったが、ここの所は輪をかけてそれが顕著だった。

「ただいま二人とも。それで、喧嘩の原因は何?」

「いやだなー、喧嘩なんてしてませんよ。クロノが一人で喚いてただけです」

「なっ!? さっきから君は人を喰ったようなことばかりっ!!」

そうしてまた騒ぎ出す二人を見ていて、怒りよりも呆れの方が大きくなるのを感じた。

でもいつまでもこのままでは埒が明かないし、少し反省してもらおうかしら。

少しだけ魔力を込めた拳を振り上げ、二人の脳天に叩き落した。

「「ひぐっ!?」」

リビングに鈍い音が響いた後、二人して顔を真っ青にして、頭を押さえ床に蹲る。

当然だろう。とりあえず、最低限それぐらいの痛みにはなるように魔力も調節したのだから、個人的には満足のいく結果だった。

今の二人の体勢を見ていて、いつかの病室でのなのはさんとフェイトと同じ状態だなと、ふと頭に思い浮かんだ。

あら、病室?

その単語から違和感に気付いた。

件の病室というのは、黒煉さんが腕に傷を負ったときのことだ。

あれからまだ2週間しか経っていない。

以前相談して決めたように、周囲の家庭が持ち回りで彼の面倒を見ることになっていた。

それで今日からうちに来る予定だったので、折角だから夕食は豪勢にしようと張り切ってフェイトを連れて買い物に出たのが2時間前。

より良い素材を選んでいるうちに、いつの間にかかなりの時間が過ぎてしまっていた。

だが、そもそもなぜ面倒を見るかといえば、腕の状態から考えて生活に支障が出るのが明らかだったからだ。

桃子さんの話では、まだ全く動かないということだった。

その話を思い出しながら、彼には重たいものを背負わせてしまったと感じてしまう。

視線の先で頭を抱える彼を捉えて、そんなことが思考に過ぎった。

「……あら?」

そう、頭を抱えて。

「黒煉さん、腕は動くの?」

緩慢な動作ではあるが、確かに彼の腕は彼の意思に応えて見せていた。

「あー、はい。ご覧の通りなんとか。さすがに細かい動きとかは全くですが」

涙目になりながら、そんな驚愕の事実を告げられた。

医局の方の話では、最短でも2ヶ月はかかるって話だったけれど。

「起きてる間は、ずっと練氣を続けて治癒していましたから。俺としては、早くないと困りますよ」

確かに、クロノが取り乱すのも無理の無いことかもしれないわね。

こんなに早く回復するだなんて誰も予想なんてしていなかったんだから。そもそも予想できるはずも無い。

「ふーん、よくわからないけど氣って凄いんだね」

「次元世界ではほとんど無い概念の技術だからなー。確かに、びっくりするかもしれないな」

先程までとは対照的に、こちらが頭を抱えているとフェイトと黒煉さんがのんびりとした会話をしていた。

ことの重大さが分かってないのかしら。でも、十分に聡い子だから、察することが出来ると思うんだけれど。

ふと気になったフェイトの様子に考えを巡らせていると、あることに思い至った。

以前から、この子は黒煉さんを美化しすぎている節がある。英雄視していると言い換えてもいいかもしれない。

彼ならば、どんなことでもやってのける。常軌を逸したことでも、彼ならば納得する。

そういった考えが、フェイトの中にはあるように感じられる。

PT事件で二人の間で接触があったらしいが、それが原因でどこか依存したような感情を抱いてしまっているのだろうか。

これはこれで、考えなければいけない課題ね。

「そういう訳で、風呂は自分で入りますから、介助は結構です」

「そう、残念ね。実は楽しみにしていたのに」

「そうでしょうね。今朝のリンディさんの顔を見れば、嫌でも分かりました。

 まあ、まだ箸で食事をするのは無理なので、そちらはお願いしますよ。それで勘弁してください」

彼の行動、そして言動には色々思うところはあるが、私達ではそれをすぐさま改善することはできないだろう。

今与えられるものは、安息の時間。

歯痒い思いを胸の裡にしまい、私も彼に笑顔を向けた。















 ◆◇◆◇◆◇◆















「特に問題らしいところは見当たらないね。異常な治癒速度の所為で他に負担がかかってることもないようだし、まあ心配することはないでしょう」

「本当に、問題ないんですね」

「ええ、順調ですよ。確かに提督も心配になるでしょうが、本人に理由は分かっているなら、それは危険視する必要もありません。

 医者として、その技術に興味は尽きませんがね。細かい経過も見たいから、頻繁に来てくれると嬉しいね」

軽く笑顔を見せつつ、これまで診察に来なかったことへの苦言を呈し、退出を促された。

看護士の女性が開けてくれている戸をくぐり、一息つく。

「言ったとおりでしょう」

そうぼやきながら、俺を今日ここまで連れてきた後ろの女性を振り返った。

もはや見慣れた青のジャケットに、足にピッタリとフィットした白のスラックス。

タイトに仕立てられた女性用の提督制服に身を包みながらも、その下に隠された成熟した女性の肉体は隠されることも無く、むしろその魅力を際立たせていた。

先程まで皺の寄っていた眉間も今は緩み、眉尻も下がって安堵した表情を浮かべている。

「別にあなたのことを信用してないわけではないのよ。でも、やっぱり気にはなるのよ」

「だからといって、仕事を抜けてまで引っ張ってくることはないでしょうに」

目の前の女性、リンディ・ハラオウンにそう愚痴を零す。

不貞腐れている様子が伝わったのか、彼女もこちらの機嫌を直そうとしているのがわかる。

「人間というものはね、大人になればなるほど頭が固くなるのよ」

「そうでしょうね」

真っ直ぐと瞳を見つめられ、その翡翠の瞳に映った自分の姿に嫌気が差した。

「子供の頃にはどんなこともそのまま受け入れられても、成長したら自分の理解の外にあるものは鵜呑みにできなくなるの。

 何事も、確かめないと気が済まない。そんな、効率の悪い生き物になのよ。あなたなら、それぐらい気付いているでしょう」

「ええ。中途半端に知恵を手に入れたばかりに、穿った見方しかできなくなった愚かな生き物に過ぎない」

「その通り。でもね、それだけじゃないのよ。私の言いたいことは分かる?」

「いえ、まったく」

素っ気無く応えると、ふわっとした感触が舞い降りた。

突然、頭を撫でられていた。

決して大きくはないが、何もかもを包み込むような暖かさを持ったその手に、失ってしまったものへの郷愁にも似た懐かしさを感じた。

「みんな、あなたのことが心配なのよ。だからこそ、こうして確かめたくなるの。それに、あなたはいつも他人に弱みを見せようとしないから」

悲しみを湛えた笑顔を浮かべて、ゆっくりと撫で続ける。

「私達の気持ちも、わかってちょうだい」

だめだな、俺は。

こういう状況に弱くなった。

どうしようもなく居心地が悪くて堪らなくなる。

あの日から、とりわけ2週間前から余計そう感じるようになった。

愛を与えられることの戸惑いを覚えるようになったのか。

それとも、愛という概念そのものが分からなくなったのか。

そもそも、俺は初めから愛というものを理解できていなかったのかもしれない。

だが、今の俺にはいくら考えたところで答えの出る疑問ではないだろう。

「……はい、すいませんでした」

そう応えるしか、俺にはどうしようもなかった。

確かに、リンディさんたちは俺のことを心配してくれているんだろう。

それは分かる。理解も出来る。

でも、ココロはそれを素直に受け入れることができないでいた。

まったく、何とかやっていくって言っておきながら、全然出来てないな。

内心で苦笑を浮かべつつ、頭を下げる"フリ"だけをしていた。















 ◆◇◆◇◆◇◆















「じゃあ、戻りましょうか」

納得した"フリ"だけをする目の前の少年に、こちらもそれに気付かない"フリ"をしながら先を促す。

「リンディさんは先に仕事に戻って下さって結構です。俺は少し寄る所があるので」

「お母様の病室……かしら」

「ええ。せっかくここまで来ているんですから、様子だけ見ていこうと思います」

「ご一緒してもいいかしら」

私の突然の問いに、彼は僅かに動きを止めた。

「色々あって、まだ一度もお会いしたことが無いし、私もずっと気になっているから」

「……ええ、別に構いませんよ」

戸惑いを押し隠そうとして、それに失敗しながらも普段通りに振舞おうとする姿が、とても小さく見えてくる。

だが、それを指摘すれば、彼の努力が意味の無いものになってしまう。だから、私はそれを見なかったことにする。

それが正しいことかどうかは分からない。それでも、砂上の楼閣のように不安定な今の彼の心を支えることは出来ると思いたい。

「じゃあ、行きましょう」

彼の手を引いて歩き出す。その手は、まだとても冷たかった。















 ◆◇◆◇◆◇◆















ようやく僅かでも動くようになった腕を叱咤し、母の手を握る。

俺の姿も、顔も、声も、何もかもを認識してくれなくても、この手の暖かさはあの頃と何も変わらずにいるような気がした。

「今日は櫛を持ってきたんだ。母さんが使ってたやつ。髪もぼさぼさだし、せっかく綺麗なんだからちゃんと梳かないとね」

ゆっくりとリクライニングを起こし、手頃な角度になったところで腕を差し込もうとしたが、やはり人を抱き起こせるほどの力はまだでなかった。

どうしようかと逡巡していたところで、もう一組の腕が入ってきた。

青いジャケットに包まれた、か細い腕。

「手伝うわ。窓の方を向かせればいい?」

「……お願いします」

ああ、今日は俺一人って訳じゃないんだよな。

この場に、俺と母さん以外の人間がいるということに、どうしても違和感を隠せなかった。

「はじめまして、皇瑞樹さん。私はリンディ・ハラオウンと言います。いつも黒煉さんにはお世話になってばかりで。

 遅くなってしまいましたが、今日は一度ご挨拶に来ました」

ベッドの脇に椅子を寄せて座り、反応を返さないのも構わずリンディさんは母さんに語りかけた。

俺自身もベッドの上に座り、準備を整える。

まず手櫛で毛先に近い部分から指を通し、大まかなほつれを取っていく。

次に目の粗い柘植の櫛を手に取り、また毛先からゆっくりと梳いていく。

途中で引っ掛かりを覚えて、絡まった毛を丁寧に解く。

「黒煉さんの髪は、お母様譲りだったのね」

母さんに語りかけながら、じっとこちらの動きを見つめていたリンディさんが言葉の行き先が変わった。

「ここまで綺麗な自信はないですけどね」

苦笑とともに、当たり障りの無い答えを返す。

「髪を伸ばし始めたのは、やっぱりお母様を真似てなのかしら」

「……まあ、そんなところです……

 母さんが居なくなった後、明らかに目のつく場所にアコンプリスが置いてあったんです。

 残していった唯一のものだから、出来るならずっと身につけていたいって思って桃子さんに相談したんです」

言いながら、何でこんなことを話しているんだろうなという思いが浮かんできた。

今まで、特別誰かに話したことも無かったのにな。

「俺がそう考えるのも、予想していたんでしょうね。サーチャーに気を配るなら、常にデバイスを身に付けていた方がいいですから」

「それだけ、あなたのことが大切だったんでしょう」

「理解していますよ。別に、母さんを恨んだことなんて一度も無いですから」

細かい目の櫛に持ち替えて、最後の仕上げに入る。

今までで十分ほつれは取れているから、頭頂部に近いところから櫛を入れていく。

髪を傷めないように気を使って丁寧に櫛を通しながら、ぼんやりとリンディさんと昔話を進める。

正直に言えば、あまり彼女と話はしたくなかった。

彼女からは、どうしようもなく母親というものの存在を意識させられるからだ。

これからは、少し距離を置いた方がいいかもしれない。

その方が俺のココロに負担は少ないだろう。

元より、何も入っていないココロだが、それでも痛みを感じることはある。

それから逃げ出したかった。

俺って、こんなに弱い人間だったんだな。

そんな感慨に浸りながら、仕上げとして髪がばらつかない様に、全体で緩く三つ編みで整える。

再びリンディさんの手を借りて、彼女をベッドに横たわらせる。

「じゃあ、今日は帰るよ。また近いうちに来るから。」

もう一度だけ彼女の手を握り、自分の手にその温もりを覚えさせて部屋を出た。

後ろを振り返ると、リンディさんも最後に何事かを語りかけていた。

生憎唇も見えなかったため、何を言っているのかは分からなかったが、彼女の瞳には何か悲しみが見え隠れしていた。

「じゃあ、戻りましょうか。リンディさんも仕事が溜まっているでしょう。すいません、お時間をとらせてしまって」

「いいのよ。私がしたいことをしただけなんだから、あなたが気にすることじゃないわ」

執務室まで彼女を送ろうとしたところで、アコンプリスが声を上げた。

『黒煉様。スクーデリア准将より通信が入っています』

スクーデリアから?

ここのところ音沙汰が無かったが、突然何の用だ。

確かに事後処理を丸投げして引きこもっているが、そんなことはあいつだって承知しているだろうし、特別思い当たることも無い。

「繋いでくれ」

『かしこまりました』

返事とともに、目の前に空間ディスプレイが展開された。

目に最も映るのは、光を受けて煌く深い深いオータムアズァの髪。

その下には、カリスマと親しみの両者を兼ね備えた陽気な笑顔が咲いている。

『やあ、久しぶりだね黒煉君。腕の経過は順調そうじゃないか』

「耳が早いな」

さっき診察を受けたばかりだっていうのに。

それと、ディスプレイが開いてから後ろの気配が鋭くなったのを感じた。

先日病室であったときから違和感は感じていたが、何かあったのだろうか。

『それで、まだ医務局に居るのかい。ちょっと話したいことがあるんだけど、いいかい?』

「今からか?」

『なるべく早いほうが良いかな。次にこっちに来る予定も分からないし、ちょうど私も手が空いてるからね』

「わかった。お前の執務室でいいのか」

『ああ。待って「私も行くわ」』

スクーデリアのアルトの言葉をさえぎるように、背後からソプラノの声が響いた。

「彼に話があるというのなら、私も聞きます。嫌とは言わせないわよヴァネッサ」

『……先輩……』

実に険悪な空気だ。

いや違うな。険悪なのはリンディさんだけだ。一方的にリンディさんがスクーデリアを敵視している。

スクーデリアの方は戸惑っている。どこか後ろめたいところがあるような。

俺の与り知らないところで何かあったのだろうか。

リンディさんがここまで不機嫌になるなんて、滅多なことではない。

少なくとも俺は見たことは無かった。

『……構いません。では、後ほどお会いしましょう』

結局リンディさんとは一度も目を合わせること無く、落ちた声音で締めくくり姿を消した。

医局の廊下に残るのは、全く関わりも無い場所で発生したぬめりを帯びた重たい空気。

「良かったんですか、仕事の方は」

「良いのよ。もっと大事なことができたんだから」

笑顔で告げられても、放たれる怒りが衰えることはなかった。

「早く行きましょう。こんな用事、さっさと終わらせるに限るわ」

一体、何があったって言うんだろうな。















 ◆◇◆◇◆◇◆















「いらっしゃい。ごめんね、突然呼び出しちゃって」

「別にいい。ここの所時間を持て余してたからな」

地上本部にあるスクーデリアの執務室。

確かにまだまだ若いが、腐っても准将。部屋の内装はそれなりに豪華なものだった。

「それよりも、仕事中だろ。もうちょっとマシな服装したらどうだ」

陸士のジャケットは来客用のソファーに放り投げられており、ネクタイも外している。

その下のワイシャツも胸元半ばまでボタンが外されている。

実にだらしなく、胸の谷間が丸出しだった。

ちらちら見えている髪と同じ蒼は、丁寧な衣装で飾られたレースだろう。明らかに下着だ。

以前も言ったが、この女は本当に慎みを持った方がいいとしみじみ思う。

特に関心もなくそんなことを考えているその間も、目の前の女傑は必要ない言い訳を並べ立て続けていた。

「だって今日暑いじゃないか。まだ春も半ばで、夏もまだまだ先だって言うのに」

「だからといって、そんな身形で居ていいはずが無いでしょう。まして今やあなたは少将なんだから、もっと模範となるよう心がけなさい」

後ろから付いてきていたリンディさんが、普段からは考えられないようなきつい態度で、のらりくらりと立ち回るスクーデリアを叱責する。

だがそれは、見るものが見れば叱責というよりも噛み付いているように映るだろう。事実俺がそうだった。

どうしてこんなに敵意剥き出しなんだろうな。

『お前なんかしたのか』

『いやー、ちょっとね。まあ、君は気にしないでいいよ』

念話で聞いてみたところで、この返事か。

気にするなと言っても、無理だろこの状況では。

「うん、少将? 出世したのか」

「ああ、この間の一件で上の人間がバッサバッサ首切られてね。やることやったし、空いた席に収まったんだよ」

まー仕事の話だからねー、ちゃんとしようかー。

そんなやる気の無い発言をしながら、身嗜みを整えてソファーを促された。

「仕事の話って、俺を相手にするのか」

「確かに厳密に仕事かって言われると、グレーなところは残るんだけどね。ちょっと君にお願い事をしたいんだよ」

ちらちらと俺の隣に座るリンディさんを窺いながら、話を進める。

俺に頼み事って言葉が出たときから、彼女から滲み出る怒りが険しくなった。

「もちろん君に拒否権はある。それに回答を急がせることもない。じっくり考えてくれていい。そうだね、3年ぐらいなら待つよ」

3年待つ余裕があるということは、詰まるところそれだけ大規模な内容のものを頼みたいということじゃないのか。

どんだけ長期のスパンを考えている構想に、ただのお願い事って言葉が出てくるんだか。

ああ、だから拒否権もあるし、こちらの気分に任せるということか。

「内容次第だな。とりあえず聞こうか」

先を促すと、スクーデリアの目つきが変わった。

今までのどこか軽い調子が消え去り、残ったのはどこまでも鋭い眼差し。

おそらく、これが表向きの"ヴァネッサ・スクーデリア"そのものなのだろう。

確かに上に立つ素質はあるのだろうな。

軽く息を吸い込み、目の前のアースシェイカーは言葉を紡いだ。





「率直に言おう。君には一つの部隊を率いてもらいたい」















 ◆◇◆◇◆◇◆















地上本部のある執務室。部屋に残るのは二人しか居ない。

彼は先に帰らせた。ここからは、醜い大人の時間だ。

「どういうつもりかしら、スクーデリア少将」

「どういうも何も、そのままの意味ですよ」

「最年少の将官ということで、図に乗っているようね。口を慎みなさい」

「懐かしいですね、その言葉遣い。昔を知らないものが見れば、卒倒しますよ」

「口を慎めと言ったのよ小娘。言葉も理解できないのなら、さっさと退役して猿から進化の過程をやり直しなさい」

確かに、こんな風に話すのは久しぶりのことだった。

若造と甘く見られないように覚えた口調だったが、こうした状況ですっと出てくるのだから、もしかするとこれが私の本質なのかもしれない。

「そんな熱くならないでくださいよ先輩。これは必要だと思ったから考えたことなんです」

「言ってみなさい」

「彼を救いたい。あなたと同じ思いです」

ヴァネッサは真っ直ぐに私を見ていた。

自分の思いをそのまま伝えようと、決して視線を外すことなく、眼差しでもその意志を届かせるように。

「今回の一連の騒動。確かに彼に持ちかけられた話とはいえ、それにそのまま乗った私とアイズにも大きな責任があります。

 彼の心を壊した責任が。あの時、私達は人生の先達として、その道を考えなければならなかった」

この子も、わかってはいるようだ。

私がどうして苛立っているのかを。

「彼に必要なのは、求められることです。それはどんなことでもいい。自分が必要とされていることを実感させることだと、私は考えています」

「そうね、その考えは否定はしないわ。でもね、彼のココロを殺した管理局が、管理局の立場で彼を必要とするのはおかしいとは思わないのかしら。

 そんな戯言で、彼を弄ばないでくれるかしら」

それでは結局、彼が管理局に振り回されることに変わりはない。

なにより、それを彼が進んで受け入れられることが重要だと思う。

「それでも、今の私が彼にしてあげられることは、これぐらいしか思いつかないんです」

そう唇を噛み締めて告げる彼女の言葉と、その唇の端から流れる血を見て、少し頭が冷えた。

彼女もこれが全て良かったなどとは考えていない。

今までだってそうだろう。

輝かしい功績の中にも、後悔なんていくらでもある。

それは、私が良く知っている。

泣き言を零しに来ていたのは、いつも私のところだった。

全く、大人気ないのは私の方ね。

「ごめんなさいヴァネッサ。ここの所きつく当たり過ぎていたわ」

「いいんです。確かに私に非はあります」

「ええ、その通りよ。でも、多分これは私の嫉妬なのよ」

そうただの嫉妬。

彼の一大事に、蚊帳の外で置いていかれたことへの嫉妬。

そんなことは初めから理解していたが、抑えることもできなかった。

彼を初めて本局に連れてきたとき、あの魔力検査室で私は誓ったはずなのに。

無自覚なその心の希求に気づいた者として、彼を見守り続けなければならないと。

それが余計に私の感情に爪を立てていた。

シグナムさんにも、謝っておかなければならない。

彼女にも辛い言葉をぶつけていた。

「ほら、血を拭きなさい。そんなところを補佐官に見られたら、問題になるわよ」

「その時は、ハラオウン提督に殴られたと言っておきます」

「あなたね」

まだ、私の中のわだかまりが解けたとはいえない。

それでも、ヴァネッサとの関係を元に戻すようにはしようと思った。
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