現在リリカルなのはの二次創作と日記を掲載。そのうちオリジナルの恋愛物も書くかも……
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空の少年11~嬉し、恥ずかし、バスタイム~
まだ日も明けきらない五月の早朝。

小さいながらもしっかりとした造りの道場で打ち合うの戦士たち。

それを離れた隅から見守る一組の男女。

打ち合うといっても、朝の冷気と静謐さだけが漂う室内には、打撃音などといった無粋なものは響かない。

奏でられるのは、風を裂くどこまでも澄んだ旋律だった。

時折、床を踏みしめる低音が単調なメロディにアクセントの効果を持って耳を打った。

二人の戦士の体格は大きく離れていた。

一方は既に二十歳を迎えているであろう年の頃の青年。

細身ではあるが丹精に鍛えられた肉体は、僅かではあるが見る者に威圧感を与える。

他方はまだまだ幼さの残る少年。

男にしては聊か以上に伸ばされた腰まで届きそうな髪を、鼈甲の簪で後頭部を中心に纏め上げている。

それも十分に珍しいが、それ以上に目を引くのはその腕だった。

半袖の裾から覗く腕は、肌色ではなく真っ白な布で包まれていた。

はっきりと視界に捉えられるわけではないので断言できないが、おそらく肩口まで包帯で覆われているであろうことは袖の盛り上がりで察せられる。

二人は、お互い澱み無い動作で組み手を続ける。

「よくここまで動ける。そんな腕の状態で」

思わず青年が零した一言。

だがその思いも無理は無い。

身体を動かす際に、腕は非常に重要な役割を持っている。

ただ歩くだけならそこまで意識することは無いが、少し激しい動きをすればそれはすぐに分かる。

腕を動かせない状態で走り出せば、ほんの数歩で地面に倒れこむことになるだろう。

何気ない動作の中でも、必ずバランスを取ろうと動いている。

その振り子ようなの動きで、余分なエネルギーの慣性を相殺しているのだ。

それを受け止める媒体が、腕の持つ役割の一つでもある。

ならば、腕無しで戦闘機動をとるためにはどうすればよいか。

答えは、全てのベクトルを意識下で制御することだ。

一つの動作で生まれる余剰のエネルギーを、余すことなく次のアクションの糧とする。

ただの一時も停滞することなく、常に力を流れに乗せ続ける。

それはどんな動きでも理想とされることだが、実現させるのは容易なことではない。

少年は、僅かではあるがその領域に足を踏み入れていた。

上半身を仰け反ることで回避された右の回し蹴りを気にも留めず、そのまま左の踵が肝臓を狙う。

「だがまだまだ若い」

その言葉どおり、少年が組み手の動きについていけなくなり始めた。

締めの一撃を加えようと青年の左腕がしなった。

それが決まる寸前、道場の戸が開く、木の擦れる音がした。





「怪我人を相手に、何をしているのかしら、恭也」





冷たい嵐の前触れであった。















魔法少女リリカルなのは 空の少年 11 

  ~嬉し、恥ずかし、バスタイム~















土下座って便利だよな。日本人は偉大な発明をしたものだ。

いい歳をした成人男性が、いつまでも若く見える女性にひたすら頭を下げ続ける。

何とも言えない光景を眺めながら、頭の中ではそんな失礼なことを考えていた。

説教が始まって、既に一時間が経った。

普段であれば、朝食の準備で忙しいはずの桃子さんが、そんなものはそっちのけで恭也さんに語りかけている。

烈火の如くではなく、静かに懇々と諭している。

普通に怒られるより、この方が余程堪えるだろう。

ただ、朝からそれなりに激しい運動をしたので、体が食物を欲していた。

一日の元気の源がいつまで経っても出てこないことに痺れを切らした美由希さんが、自分で用意しようと腰を上げたが、それは士郎さんと死に物狂いで止めた。

なのはは美由希さんが料理を作るといった時点で半泣きだった。

かつて、俺が意識不明にまで陥ったのがトラウマになっているらしい。

そろそろ終わらないかと本気で期待してみたところ、話の内容が終息に向かい始めていた。

「恭也も反省しているようだし、このぐらいにしておこうかしら」

ようやくかと安堵して腰を上げようとしたところで、





「じゃあ今度は黒煉君の番ね♪」

「は?」





過ぎ去ったと思った台風が、Uターンして戻っていらっしゃった。

恭也さん。

さっきは馬鹿にしてすいませんでした。

この人相手には、土下座をするしかありません。

今、身を以て理解しました。

「恭也も恭也で悪いけど、あなたも自分が怪我人だってことを理解して……」

怒ってはいるが、それは本当に俺のことを心配してくれているから。

だからこそ、本気で叱ってくれるのだ。



我が子を愛する母のように。



それを感じて、また居心地が悪くなった。

同時に、先日のように吐き気もしてきた。

あの時ほど酷くはないものの、気分を滅入らせるには十分な力を持っていた。

頭を垂れたままだから皆には気付かれていないと思うが、それでも知らず知らずの内に身体に力が入った。

「……それじゃあ、朝ごはんにしましょうか」

その言葉に意識が現実へと引き戻された。

気付けば、説教が始まってから大分時間が過ぎていた。

不快さに耐えていた所為で、話は何も聞いてはいなかったが、別に良い。

聞いていたところで、何か変わるわけでもない。















 ◆◇◆◇◆◇◆















「ふんふんふーん♪」

授業が終わっての帰り道。この後のことを考えると、思わず鼻歌まで出てきてしまう。

「このところご機嫌だね、なのはちゃん」

「そうね。ちょっと……というか大分アホの子に見えるぐらいに」

「アリサ、言い過ぎじゃないかな?」

すずかちゃんたちが何か言ってる気がしたが、そんなの気にならないぐらい、私はご機嫌だったのだ。

黒煉君がうちに来てもう5日になる。

毎日が楽しくて楽しくてしょうがない。

色々あって辛いこともあるかも知れないが、うちでの生活でその気分が少しでも紛れてくれればいいと思う。

だからこそ、私は全力全開で彼をおもてなしする。

これが、私の彼への恩返しだ。

今日は金曜日。

はやてちゃんも含めて、皆を家に呼んである。

さぞ、楽しい週末になることだろう。

とりあえず皆は荷物を置きに一旦自分の家に寄って、それから集まることになっている。

私も急いで帰ろう。

そうして足を速めながら、視線を街並みに彷徨わせる。

黒煉君の姿を探して、だ。

あの腕の傷だ。学校に行ったところで出来ることなど多くはない。

そうなった経緯の説明も面倒だと、今は風邪をこじらしたということにしてしばらく学校を休んでいる。

だからと言って、家にいたところですることも無い。

そのため、私が帰ってくるであろう時間まで、日がな一日街の中を散歩して回っているらしい。

三時を過ぎた頃になると、ふらっと家に戻ってくる。

私の方が先だったり、既に戻っていたりするけれど、こうして帰る途中で見つけられれば一緒にいられる時間は僅かでも増える。

それを期待して、私は落ち着き無く頭を動かす。

あと少しで家に着くというところで、小さな公園がある。

その中に、目的の影があった。

白のスラックスに、黒いワイシャツを羽織り、右腕を病的に真っ白な三角巾で吊った少年が、ベンチに一人座っていた。

「黒煉くーん」

普段と違って髪を高いところで結んでポニーテールにしていて、危うく見過ごしそうだった。

私の声に気づいて、彼がこちらを振り向いた。

「ああ、おかえりなのは。ちゃんと勉強してきたか」

そうして、どこか儚い笑顔を返してくれる。





並んで、ゆっくり我が家を目指す。

「それでね、今日はフェイトちゃんとはやてちゃん、すずかちゃんやアリサちゃんも呼んでパジャマパーティなんだ」

「めんどい」

「ひどいっ!!」

「いや、だってお前。女5人の中の男1人がどれだけ苦痛か考えてください。隙あらば俺は逃げるぞ」

そう言って、本当に困った顔を見せる。

「昼間黒煉君はずっと一人ぼっちだし。私達が学校行ってる間、一人でいてつまらなくない?」

「そうでもないよ。今までこんなのんびりした時間無かったからな。むしろ、平日に昼間の街中うろうろしてると、新しい発見があって結構面白い。

 それに、話し相手ならアコンプリスもラハトもいるしな」

彼の言葉に応えるように、簪とブレスレットの宝玉が微かに明滅した。

「そういえば、私二人とあんまりお話ししたこと無いね」

『機会が無かっただけですよ』

「にゃあっ!?」

突然頭の中に聞いたことの無い女性の声が響いた。

『件の二人からの念話です』

首から提げたレイジングハートの言葉に黒煉君のほうを向くと、彼も申し訳なさそうに苦笑していた。

「すまんな」

『私の方はロードに創っていただいたばかりですし、無理もありません』

『それに、どんなときも大事なのはこれからです。私達も、あなたと話がしたいとは思っています』

二人の言葉は、暖かさに満ちていた。

「うん! そうだよねっ!」

さすが黒煉君のデバイスだ。二人とも本当に良い子だと思う。

それがこの短い会話でも伝わってきた。

「よしっ!! 今日は二人ともたくさんお話しよう。俄然パーティが楽しみになってきたよ!!」

今日は夜更かししちゃうよ。















 ◆◇◆◇◆◇◆















キャイキャイ

う……うるせぇ

女三人寄ればかしましいとはよく言ったものだ。

ましてやそれを上回る数ともなれば、その喧しさは推して知るべし。

「ほら、黒煉君。ぼーっとしてないで、口開けて」

「ああ、すいません美由希さん」

一口サイズに切り分けたハンバーグをフォークに刺して、投入体勢に入っていた彼女に向かって口を開く。

口の中に投げ込まれた肉をゆっくり咀嚼する。

あれから時は過ぎて既に陽は沈み、夕食時だった。

俺は腕が使えないため美由希さんとともに見学に回ったが、5人娘は桃子さん指導の元でその腕を振るった。

「どう、黒煉君?」

「おいしい?」

「ああ、うまいよ。たいしたもんだ」

興味津々に尋ねてくるなのはとフェイトに、好意的な感想を返す。

文字通りプロが傍にいたというのもあるが、それを差し引いても十分な出来だと思った。

俺の反応を聞いて、皆一様に恥ずかしいながらも嬉しそうな様子だ。

「それにしても、予期せぬところでアンタの弱みを握ることになったわね」

「そうかな。でも、なんだか普段の黒煉君と違ってかわいいね」

すずかは微笑ましいといった感じでこちらを見ているが、アリサは本当に厭らしい目だ。

そう。今の俺は激しい抵抗も空しく、朝晩の食事は『はい、あ~ん』状態が続いている。

医者に点滴で凌がせてくださいと割りと切実に頼んだが、結局却下となった。

点滴で賄えるのは本当に必要最低限の栄養とカロリーに過ぎない。直接食べ物を咀嚼して摂取するのが一番良いとは分かっている。

それでも、この羞恥プレイは勘弁して欲しいと願ったのだ。

昼食は手の空いてる人間がいないということで点滴が認められたが、朝晩は絶対食事を取れと医者から念押しされた。

俺の心の中での妥協点として、基本桃子さんか美由希さんの二人からということになった。

だが、今日は俺のためにみんな集まってくれたのだ。今この時ぐらいは無礼講でもいいだろう。

差し出されるものは全て甘んじて食べよう。

そう思っていた頃が俺にもありました。

「ほら、黒煉君」

「黒煉、これもおいしいよ」

「ほらほら、こっちのフォークが待ってるわよ」

「あ、これなんてどうですか」

「いやー、黒煉君も幸せもんやなー。こないな美少女に囲まれてご飯食べさせてもらえるんやから」

そろそろ堪忍袋の緒がぶち切れそうです。

空気を察した四人が攻勢の手を緩め始めたが、ただ1人がそんなものお構い無しに休み無くフォークを差し出す。

「はい、あー「空気読め」にゃあっ!?」

鈍い音とともに病室でしたような頭突きを、いま一度なのはの額に叩き込む。

先日の焼き直しのように床を転げ回る。

「ほらなのは、埃が舞うから大人しくして」

美由希さんが何気に酷い一言を投げ掛ける。

「いやー、今のは流石になのはが悪いからね」

年の割りに子供っぽいところも多い美由希さんだが、ふとした瞬間大人びた印象を受ける。

「はいはい、食事を続けましょう。せっかくの料理が冷めちゃうわ」

推移を見守っていた桃子さんの言葉で食事が再開される。

それからは至極平和と言える食卓だった。

しかし、なのはの奴、やけにはしゃいでるな。















 ◆◇◆◇◆◇◆















「すいません美由希さん。付き合わせてしまって……」

「別に気にしなくていいよ。多分、私以外適任もいないしね。お湯、熱くない?」

「はい、丁度良いです」

お湯。

その言葉が示すとおり、今二人が居るのは高町家の浴室。

部屋中を湯気が包み、その湯気がタイルに水滴を残して消えてゆく。

どうして二人で風呂に入っているかといえば、この腕が原因だ。

自分1人では満足に食事も不可能なのだ。入浴なんか出来るはずも無い。

これまでは恭也さんか士郎さんにお願いしていたのだが、生憎今日は所用で外に出ている。

「べつに、なのはたちと行ってもよかったんじゃない?」

美由希さんの言葉は、スパラクーアのことだ。

高町家の浴室は、一般家庭に比べればはるかに広いとは言っても、身体も成長してきた小学生が何人も入れるほどではない。

そうした理由で桃子さんが保護者として付いていき、5人娘は件のスーパー銭湯へと向かった。

「今更、君が裸見られて照れるとは、お姉さんは思えないんだけどね」

「何言ってるんですか。男の子の尊厳、舐めちゃいけません」

「でも……そう外れてないでしょ?」

そう言われると、言葉に詰まる。

羞恥心というのは僅かだが、確かにある。

見られて恥ずかしいだけでなく、見て困るというのも大きい。

さっき脱衣所でチラッと見た美由希さんの身体は、以前直接見たときよりも遥かに成長していた。

御神の剣士として、日頃常人には想像も付かないような激しい鍛錬を行っているだけあって、その身体に無駄な部位というものは一切無い。

それでもなお、女性としてのやわらかさというものが損なわれていない。

胸や腰回りなどは、この人が大人の女性であると認識させるには十分な魅力を持っていた。

だが、そんなものも後付けの言い訳に過ぎない。

誤魔化すことは出来るが、ここは正直に答えてもいいと思った。

「今日いる面子の中で、傷を見せてもいいのは美由希さんだけでしょう」

俺は、両腕に縦横無尽に走る無数の傷に視線を向けた。















 ◆◇◆◇◆◇◆















「今日いる面子の中で、傷を見せてもいいのは美由希さんだけでしょう」

そう呟く彼は、とても、とても儚い存在に見えた。

彼の言葉も最もだった。

「まだ、マシになった方なんですけどね。直後はもっとズタズタだったんです。魔法と氣でここまで持ち直しました」

彼の腕の傷はそれほどまでに酷いものだった。

そういったものに慣れてなければ、多分恐怖に竦む程度には。

「高町家の人間とは言っても、桃子さんはやっぱり一般人に含まれます。あいつらはそもそも、まだ幼すぎる」

「まあ、確かにその通りだよ。こんなのは、見ないで済むなら見ないに越したことは無いからね」

彼の背中を流しながら、私は思う。





でもね。

君だって、まだまだこんなにちっちゃいんだよ。

こんな小さな背中で、そんなもの背負わなくたっていいんだよ。

大変なことがあって、大変な思いをして、もっとそれを曝け出したっていいんだよ。

それを受け止めるために、私達大人はいるんだから。





でも、それを口には出さない。

それは、彼のプライドを傷つけるような行為だと思ったからだ。

だから私は、できるだけ彼のお世話をしようと思った。

彼の悲しみが少しでも薄れるように。

彼の重荷を少しでも一緒に背負えるように。

「しっかし、こうして一緒にお風呂に入るのも久しぶりだね。二年ぶりぐらいかな」

「そうですね。多分それぐらいのはずです」

「だよね。あの頃に黒煉君ときたら、髪伸ばすとか言いながらほったらかしなんだから。私もお母さんもカンカンで」

手の中で丹念に泡立てたシャンプーで、丁寧に彼の髪を包む。

「うんうん。ちゃんとお手入れしてるみたいだね。指の通りが違う。お姉さんは嬉しいよ」

「そりゃ、あれだけ仕込まれれば。サボってまた風呂場に連れ込まれるのも嫌でしたし」

「こんなに綺麗な黒髪なんだからね。伸ばすならしっかり面倒見てあげないと勿体無いよ。

 はい、お湯かけるから目瞑ってね」

ゆっくりとシャワーで泡を洗い流すと、今度はトリートメントを手に馴染ませて、慈しむように彼の髪に染み込ませる。

「美由希さんも俺なんかじゃなく、一緒にお風呂入る男が出来てもいい頃だと思うんですけどね」

「なっ!?」

「痛い痛い!!」

いきなりの発言に思わず彼の髪を引っ張ってしまった。

「突然何を言い出すのかな、このオマセさんは……」

「いやぁ、でもこんな美人をそうそう放っておくとは思えないんですけどね」

それはつまり、見た目以外のどこかが駄目だということですか。

「いいもん。いざとなったら黒煉君にもらってもらうからね。もう何回も裸も見せ合った仲だし」

「そのどれも好きで見せ合ったわけじゃありませんよ」

「乙女の肌にそんな事情は関係ないんだよ」

高校の友達達を見ていると、ふと寂しくなる瞬間は確かに有った。

「どうする? お湯浸かる?」

身体を洗い終えたあと、沸かしておいた浴槽を指してたずねる。

「えーと……」

即断即決が基本の彼にしては、珍しく逡巡している。

実のところ、黒煉君は子供の割りにかなりのお風呂好きだった。

去年のゴールデンウィークに皆で温泉に行ったときも、冷静を装おうとしているが興奮しているのが見て取れた。

今も、本心では入りたいのだが、私の手を煩わせるのが申し訳ないのだろう。

全く、つくづく子供じゃないなぁ。

「よしよし、お姉ちゃんがその願いを叶えてあげよう」

「はぁ?」

彼が反応するより早く、その腰に左腕を回した。

暴れだす前に、彼を抱えて湯船に飛び込んだ。

その勢いで浴室中にお湯が撥ねるがそんなもの気にならなかった。

「ゲホッゲホッ。何やってるんですか、子供じゃあるまいし」

「いやー、子供のくせに子供らしくない行動している、小生意気な男の子がいたからねー」

言いながら、お湯の中に入らないように長い黒髪を纏め上げる。

自分の髪も同じようにすると浴槽の淵にもたれ掛かり、背中から抱きしめるように彼を胸元に寄せた。

「なんですか、この格好」

「だって、放っておいて溺れたりしたら大変でしょ。そんな腕なんだし」

「胸が背中に当たってます」

「得したとでも思っておけばいいよ」

「そもそも、これは男が女にするもんでしょう」

「大人が子供にしてあげるものでもあるよ」

どこか呆れたような溜息が聞こえて、諦めたように潔く背中を預けてきた。

洗っている時から思っていたことだが、こうして直接肌を合わせると傷の多い身体だというのがよく分かる。

まだまだ成長期だから綺麗に治っているが、それでもその跡が堅くなって残っている。

私も他人のことは言えないが、これぐらいの年齢のときはもっとマシだった。

こんなにちっちゃいのにね。

なんだかどうしようもなく悲しくなって、抱きしめる腕に力を込めた。

「どうかしました?」

「……ううん……なんでもないよ」

「さっきも言いましたが、こういうことはもっと別の男に――」

「――いざとなったら黒煉君にもらってもらうとも言ったよね」

そうしてしばらく無言の時間が過ぎていった。

換気のために開けている窓から、晩春の冷えた空気が入り込み、天井に水滴を作っていく。

その雫が集まって、重力に逆らえなくなって落ちてくる。

ピチョン

 ピチョンと

浴室にはそんな音だけが響き渡る。

「上がりましょうか」

「うん。そうだね」

着替えを済ませ、腕に広がる傷口に薬を塗る。

新しい綺麗な包帯を巻き終えると、私の部屋で髪を乾かす。

このブローの時間は、黒煉君がうちに来てから恒例となったものだ。

鏡台の前に座らせ、後ろから少し低めの温風で、髪が傷まないようゆっくり丁寧に水分を飛ばしていく。

「まあ、あれです」

「うん?」

いきなり声を掛けられ、鏡越しに彼の瞳に目をやる。

それでもどこか彼は恥ずかしそうに目を逸らし、小さく続きの言葉を紡ぐ。

「例えばですよ、俺が二十歳になって、それでも美由希さんに相手がいなかったら、考えてあげます」

一瞬何を言っているのか分からなかったが、少し考えて浴室での与太話のことを言っているんだと気づいた。

あんな、適当に口から出た言葉を考えていたのか。

しかし……

「可愛いなぁ今日の黒煉君は!!」

そう叫んで後ろから抱きついた。

「痛い痛い!! 腕っ! 腕っ!!」

「オマセさんだなー本当にー」

「だから腕っ!!」

「あははー」










こうして、私は能天気なキャラを演じる。

聡い彼は、それもすぐに気が付くだろう。

否。

既に気が付いているんだろう。

だがそれでいい。

それで、彼は自分が必要とされているとわかる。

周囲が自分のことを想っているとわかる。

こっちは、すぐに自覚することは無いかもしれない。

それでも、それは確かにこの子の為になる。

それだけは、確信を持って断言することが出来た。















 ◆◇◆◇◆◇◆















銭湯から帰ってきたなのはたちに拉致されて、高町家で一番大きい和室に布団を広げ、夜遅くまで付き合わされた。

いつまでも喋り、ゲームをし、笑いあった。

いい加減遅い時間になったので、桃子さんの言葉に従って就寝となった。

女5人の中に男1人だと思っていたが、いつの間にか女が2人増えていた。

桃子さんも美由希さんも何やってるんだと思う。

それでもみんな楽しそうだ。

寝顔を見ていてもそれが分かる。

どうしてそんな人間観察をしているかといえば、眠れないからだ。

今日に限ったことではない。

あの日からずっとだった。

心因的な不眠症だろう。今度、睡眠薬でも仕入れないとまずいかもしれない。

昼の間は散歩していると言ってあるが、実のところはずっと病院にいる。頼めば少しぐらい出してくれるだろう。

スクーデリアに頼んで、アコンプリスを通じて本局のトランスポーターへ直接転移魔法を行使できるようにしてもらった。

何をするわけでもなく、ずっと母さんの傍にいた。

何もしなくていい。

ただ、俺がそこに居たいだけだから。

無為な時間を過ごしているのかもしれない。

それでも、そうせざるを得ないのだ。

週明けからは、今度はハラオウン家に居候か。

あっちはあっちで聡い人間が多いから、余計神経を使うかもしれないな。

それにしても、今日は変なことを口走ったものだ。

あんなこと言うつもりはなかったのにな。

今日一日を思い出して、僅かではあるが自然と笑みが浮かんだ。

瞳を閉じる。

今日は、久しぶりに眠れそうな気がした。
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