現在リリカルなのはの二次創作と日記を掲載。そのうちオリジナルの恋愛物も書くかも……
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外伝 ~あなたは、確かに愛されて生まれてきた~
それはさながら舞のようだった。

彼女が身を翻すたびに、後を追うように煌く長い黒髪が流れる。

その手に持つのは、二振りの短い小太刀。

深い森の中、わずかに出来た枝葉の隙間からのぞく月明かりをスポットライトにして。

               クルくると。

    くるクルと。

まるで独楽のように回りながら、流麗に飛び回るその姿は、まさしく剣の舞と言うほかなかった。

周囲を無数の異形に囲まれながらも、動きに恐怖は感じられない。

否。

恐怖どころか、彼女には何一つ感情が籠もっているようには見えなかった。

血に餓えた醜い悪鬼たちを次々と解体していきながらも、その顔には何も浮かび上がることは無い。

数分もすれば、森の中で動くものは彼女一人だけになっていた。

自ら討った鬼の上に腰掛け、月を仰ぎ見ながら呟く。

「なんて……つまらない世界……」

そう、世界に何の価値も見出せない、天才の称号を欲しいままにする退魔師。

皇瑞樹。

それが彼女の名だった。

これは、そう遠くない過去。

満たされない生を謳歌していた彼女が、愛を知ったときのこと。

たしかにまだ“生きていた”、一人の女性のお話。














魔法少女リリカルなのは 空の少年外伝 The Past

~あなたは、確かに愛されて生まれてきた~















嫌になるほど無駄に長い廊下を一人歩く。

鍛え抜かれた視力によって、その果てをはっきりと捉えることは出来る。

しかし、距離が分かるがために、むしろ面倒だという思いも増す。

部屋に戻るときにはまたここを通らなければならないのか。

体力的には全く問題にならないが、精神的には疲れる。

ほんとうに……めんどう……

陰鬱な思いを抱えて、父の部屋を目指す。

仕事の報告はしなければならない。

退屈でたまらない世界でも、円滑に進めるためにはどうするのが一番良いのかぐらいは理解している。

これも、その一環に過ぎない。

歩きながらも、早く帰るためにはどのように報告すればいいのかを考える。

それも無駄なことかもしれないが。

そうしていれば、この長い廊下もあっという間だった。

「宗主」

部屋の前で一度膝を着き、伺いを立てる。

「入れ」

幾ばくも無く室内から返ってきた答えに、戸に手をかけた。

音も無く部屋に入ると、御前にて畳に手をつき、深々と頭を下げる。

「件の鬼48体の討滅、完了いたしました」

「そうか、ご苦労だった。下がってよいぞ」

「失礼します」

わずかな言葉だけを告げ、退出する。

私が発したのは、たったの二言。

この短い会話だけのために、わざわざここまで来たのか。

それを考えると、余計に心がささくれ立った。

でも、それも仕方の無いことなのかもしれないとも思える。

父自身も、私をどうやって扱えばいいのか分からないのだ。

ただでさえ、自分よりもはるかに退魔の腕の立つ娘。

さらには、こんなイカレタ女の相手をしなければならないというのには、少しばかり不憫だと感じた。

そう感じたからといって、特に何かするわけではないのだけれど。

そんなもの誰も私に期待していないし、期待されても知ったことではない。

「あれ? 帰ってたんだ姉さん」

そんなことを考えていると、目の前にひょろながい優男が現れた。

「いや、優男って」

「いきなり何言いだすの、あなたは」

「そう思われてる気がしたんだ」

「そう……勘がいいのね、凍夜。人が帰ってることは気付けないくせに……」

「姉さんの気配に気付ける人なんて、ほとんどいないじゃないか」

そんな怠慢な言い訳をする優男は、私の弟。

ようやく成人に差し掛かる年齢になって、技術も一人前といえるぐらいには付いてきた。

「それにしても、早かったね。帰るのは明日になると思っていたんだけど」

「知性の無い下級の鬼なんて、100や200いたとしても、大して時間がかかるわけ無いでしょう」

「だから、それは姉さんだけ」

「あなたも、琥珀と結婚する気があるなら、もっと腕を磨きなさい。でないと甲斐性無しと呼ばれることになるわよ」

琥珀は、皇の分家筋で、昔から凍夜の許婚となっている女の子。

凍夜と琥珀。

この二人は数少ない、私が多少気を許している人間。

許しているといっても、本当に“多少”だ。

優先順位でいえば、有象無象にいくらか勝るといった程度。

それでも、気安い間柄といえる。

「そういえばさ、この間の仕事の時に、天神の人とかち合っちゃったんだ」

「天神っていうと……天神紅熾(あまがみこうし)?」

「そうそう。俺は初めて見たんだけどさ、凄いね、精霊術っていうのは」

「当然でしょう。世界の運行を司っている精霊を直接使役してその力を行使するんだから、元々の土台が違うんだもの」

「姉さんは見たことあるの?」

「昔、一度だけね。先代の当主だったけれど、あまりパッとした印象は無かったわ。今の私なら10やれば10勝てるわね」

「精霊術師相手に凄い自信だ」

「本当のことよ。あれは外れくじ。多分、あなたがやっても、5か6は拾えると思う」

正直、あれは期待外れだった。

音に聞く天神の精霊術を拝めるかと思いきや、実物はあの程度。

祖父の話を聞く限りは、あれは正真正銘の外れとのことだ。

本来であれば、皇でも早々太刀打ちできない術者が基本である。

そもそも天神とは、太古の昔、天照大神の血を引く系譜とまで言われている。

その血故に、世界の運行の一端を担う風火地水の四大精霊の声を聞き、自らの意志を伝えることが出来る。

術者個人の力量に左右される部分が大きいが、錬度の高いものならば山一つ消し飛ばすぐらいは可能なはずだ。

「でも、今代の当主は間違いなく本物だよ。あんなに圧倒的な力は初めて見た。あれは、姉さんでも絶対に驚くと思うよ」

「そう」

隣で歩きながら、その時の興奮を必死に伝えようとする弟の言葉を、特に意識することも無く聞き流した。















 ◆◇◆◇◆◇◆















まだ太陽の昇る気配もない未明。

鬱蒼と茂る森の中を一人歩く。かねてから話にあった妖魔を殺した帰り道。

まったく、定期的に何かしでかすのなら、もっと人里に近いところを住処にすればいいのに。

微かな苛立ちを歩く調子に感じさせながら、さっさと眠りたいと急ぎ足になる。

そんな中、私の意識が何かを捉えた。

「……近いわね」

自らの氣を風氣に同調させて知覚範囲を広げると、確かに何かがあった。

というよりも、あるべきはずの空間が認識できないと言った方が正確か。

ここから5キロといったところ。

厳密には、つい先ほど私が仕事をした場所だ。

血と妖気に誘われて、新しいのが群がってきたのか。

だが、こんな種類の結界は今まで感じたことが無い。

別に件の奴は殺したから、仕事自体は完了したが、それでも後で何かがあれば色々と言われる。

もう一度戻って何事か確かめるか、さっさと帰ってお小言を聞いて終わるか。

「戻るか」

その一言と共に、私の身は風になった。

それなりに本気で走っているから、ものの数分もしないうちに目的地が見えてくる。

だがその視界も、ある一点を越すと途端に歪んで見えた。

結界か。でもやっぱり見たことの無いタイプだ。

腰の後ろに挿した二刀の小太刀のうち、一振りを右手で引き抜く。

「斬」

走る勢いを緩めることなく、その見えざる壁に向かって上段から一気に振り下ろした。

切り裂かれた壁を抜けて目に映ったのは、複数の人影。

妖魔の解体現場を中心に、それを囲むように杖らしきものを持った人間が5人。

皆一様に、同じものを持ち、同じ服を着ている。

どこの組織か分からないが、よく分からない獲物だ。

「なんだか知らないけれど、それに触らないでくれるかしら。一応私の仕事の跡だから、変なことされると困るのよ」

その言葉を聞くや否や、複数の光弾が襲ってきた。

見たことの無い攻撃手段ね。斬れるかしら。

その大半をかわしながら、余裕のあるところで幾つか小太刀を合わせてみる。

結果はそう甘いものではなかった。

銃弾とは感触が異なるが、打ち合わせた瞬間に弾かれるような手応えを感じた。

技術だけでは斬れないか。なら、次は氣。

必斬の意思を込めた氣を刀身に纏わせ、先程と同じように光弾に滑らせる。

今度はバターを裂くような感触が手に伝わる。

いけるわね。でも、どういった仕組みかさっぱりわからない。

氣を使っている気配も全くない。しかしながら、目の前の5人の身体能力は何かしらの強化がされたものだ。

詳しいとはいえない魔術かとも考えたが、そもそも魔術師がこんな所にいるわけが無い。

頭の中で考えを巡らせていると、5人が一様に地を蹴った。

「へえ、空を飛ぶの」

随分と面白いことをするものだ。

杖の先端に光が集まり、それが放たれた。

「今度はビーム?」

速さ自体は大したものではないため、襲い掛かるそれらを踊るように身を翻らせて危なげなく避ける。

でも、面白い。

興味が湧いた。

こんな気持ちになるのは久しぶり。

いい暇つぶしになりそうだ。

とりあえず、話を聞かないと。

「五槻」

袖に隠していた直径1cmほどの小さな鉄球を放つ。

3人の足を撃ち抜けると思ったが、直前で何かに阻まれた。

衝撃は多少伝わったようだが、傷も全くついていない。

障壁みたいなものでも張っているのか。

完全防御というわけでもなさそうだから、上回る威力で潰せばいいか。

まずは、引き摺り下ろしましょうか。

同様に鉄球を撃ち出し、それに注意が向いている間に手首に巻いてある鋼線を振るう。

「一縷」

それぞれの片足に絡みつけ、大地を踏みしめ腕を引く。

地に堕ちた5人に、容赦なく二刀の小太刀を振るった。

抵抗されるのも面倒だから、両手両足の腱を一思いに切り裂く。

4人の意識をさっさと奪うと、残った一人を仰向けにして胸の上に腰を下ろし、喉笛に刀を突き付ける。

ただ当てるだけでなく、僅かに刺すのが重要だ。

痛みは無いのに、血が流れているのが分かる程度。

「私の質問に答えなさい。

 抵抗したら殺す。

 応えなかったら殺す。

 嘘をついたら殺す。

 あと一つ。



 “私が気に入らなかったら殺す”



 これが私とあなたの間のルール。

 理解は出来た?」

悪魔でも見たかのように怯え、涙を流して頷く。

すぐ背後で失禁もしたのが気配で分かる。

まったく、殺気もさほど出していないのだから、そんな怖がらなくてもいいでしょうに。

これでまともに答えが返ってくるのかしら。人選を間違えたわね。

面倒だけれど、こいつは殺して別のに聞いた方がいいかもしれない。

「少し待ってくれないか」

そう思って、小太刀を刺し進めようとしたところで新たな声が響いた。

今までいなかったはずの6人目。近づいてくる気配はなかったが、空間が揺らぐようなものは感じた。

空間転移?

「……なに?」

振り向いた先にいるのは青いコートのようなジャケットに、白のスラックスを着た壮年の男。

あまり隙といった隙は見当たらない。それなりに出来るようね。

「こちらも君に危害を与えるつもりは無かったが、なにぶん突然でね。先程のことは謝罪しよう。

 それに私自身も君に興味がある。もちろん君の疑問にも答えよう。

 どうだい、もっとちゃんと話をしないかい?」

随分と腹の黒そうな男だ。

しかし、面白そうでもある。

何かあったとしても、どうとでもなる。

「まあいいでしょう」

「それは良かった。私はクラーク・マクラーレン。よろしく頼むよ」





これが、皇瑞樹と次元世界の出会いだった。















 ◆◇◆◇◆◇◆














「スメラギ主任」

廊下を歩いていて、後ろから掛けられた声に振り向く。

姿を確認せずとも、気配で誰が声を掛けてきたかは分かる。

私の感知を外れられるような人間には、次元世界に来てからあったことはない。

まず視界に入ったのは、露草色のショートカット。まだまだ十代前半の幼い少女だった。

「どうしたの、クーラ」

彼女はクーラ・ハイデルン。フォルセティでの私の助手を務めている。

まだまだ若い身ながらレベルの高い知性と、若さゆえの柔軟な発想力を兼ね備えた優秀な研究者だ。

「今度の人造魔導師のことで、マクラーレン提督から催促が来ています。素案だけでも早急に提出するようにとのことです」

「ああ、そんなこと」

「そんなことって……」

私の返事を聞いて、眉間に皺を寄せる。

そんな態度をとっても、まだまだ可愛らしさが先に映るような年頃だっていうのに、無理に大人びようとしている。

「そんなことよ。少なくとも私にとってはね」

「どうしてですか」

「あれは、土台無理な話なのよ。先天的に強靭な肉体を有し、且つ魔法の面でも類稀な才能を持つ人間なんてものはね」

「でも、先日主任は出来るって……」

よく覚えているわね。食事の時に適当に話しただけなのに。

「マクラーレンの案では無理よ。そもそも今の科学では不可能なの。出来てもどちらか一方だけ。さあ、ここまで言えば分かるでしょ」

私の隣を歩きながら、顎に手を当て、懸命に頭を回転させているのがよく分かる。

「……肉体か魔法のいずれかを別の要因で補完して、残った方を今ある科学で達成する……ですか」

「そう、その通り。具体的に言えば、肉体の方を素体に、リンカーコアをいじるのが楽かしら」

肉体の強度というのは、元となる遺伝子でほぼ結果が決まると言っていい。

胚からの分化の過程で、母体も気を使って成長させれば、それだけで概ねの問題はクリアできる。

これは、皇が代々培ってきたことだ。

外の血をいれず、極限まで一族の血を濃くすることで驚異的な身体能力を手に入れる。

最強の退魔の一族の名は、こうして守られてきた。

「私が母親となるのが手っ取り早いんだけど」

相手を誰にするか。

凍夜、は駄目ね。今の私より血を濃くすれば、たぶんまともな人間は生まれない。

なによりそんなことしたら、琥珀が怒り狂うわ。それこそ、私のお腹に風穴開けて中を覗き込むぐらいはしかねない。

そんなことを考えていると、バサバサと書類が落ちる音が聞こえた。

横にいた筈のクーラの姿も無い。

再び振り返れば、呆然とした顔で立ちすくむ少女。

「どうしたの、クーラ」

再び、同じ言葉を発する。

「主任、今なんて言いましたか」

「母体は私が務めるとして、じゃあもう一人の遺伝子提供者は誰にしようかと考えていたのだけれど」

先程の呟きを、別の言い方で分かりやすいように伝えた。

「駄目です!! 主任が子供を産むだなんて! そんな汚らわしい!!」

途端に、今までの様子が嘘のような剣幕で詰め寄られた。

また、出たわね。

「あなた、潔癖すぎよ。何事も美しく考え過ぎ」

そもそも、私達が研究していることなんて、綺麗なところなんて何も無いではないか。

まあ、この子の場合は潔癖というよりも、単純に男が憎いだけだろう。

ここにいるのだって、それが原因といっても過言ではない。

それをストレートに伝えると、余計に情緒不安定になるからあまり口に出すことは無い。

「それも一つの答えよ。フォルセティの研究者なら、過程を考えず結果を優先することは当然でしょ。

 案としては頭の片隅に入れておいてちょうだい」

そう告げて、彼女を置いてさっさと自室へと戻る。

そんなことを言いながらも、私は代替策を考えるつもりなど毛頭なかった。

これが一番確実で、一番成果の見込める案なのだ。

既にレポートは書き上げているし、後は痺れを切らしたマクラーレンに突きつけるだけだった。

そろそろ、この暇つぶしにも飽きてきたわね。

やりたいことは大体やってしまったし、ここともおさらばする頃合か。

そんなことを考えながら部屋に辿り着いて、二振りの小太刀を見た瞬間、随分前の凍夜との会話を思い出した。





『でも、今代の当主は間違いなく本物だよ。あんなに圧倒的な力は初めて見た。あれは、姉さんでも絶対に驚くと思うよ』





試してみる価値はありそうか。

皇の肉体に、天神の精霊術、そして次元世界の魔法。

その三つが合わせれば、何が生まれるのか。

化け物という形容以外、思い浮かばない。

最後の仕事としては悪くない。

思い立ったが吉日。

私はすぐに端末を開き、保存しておいたレポートを一言のメールに添付して、マクラーレンへと送信した。





『ちょっと種を取ってくる』





さて、地球の土を踏むのも久しい。マクラーレンと初めて会った日以来だ。

そんな言葉を残して、私は一年ぶりに地球へと跳んだ。















 ◆◇◆◇◆◇◆















情報屋の話が正しければ、今日ここで天神紅熾が仕事をするはずなんだけれど。

イングランドはウェールズの郊外。

かなり手強い妖魔が出たらしく、はるばる東の果ての日本にまで依頼がきたらしい。

ここに来るまで一週間かかった。

研究所から地球に跳んだが、管理外世界の為か上手く座標が合わず、降り立った地はシベリアだった。

その辺りを走っていた車の運転手を引き摺り下ろして港へと向かい、そこから出ていた貨物船に潜んで日本入りした。

そこで、直近の天神の当主の動向を聞いて、昔作っておいた伝手を使ってここまで来た。

だが、問題は信憑性。

日本のお金なんて持っていなかったから、情報屋も締め上げて吐かせたので、本当にここで天神紅熾が来るかどうか。

月明かりを頼りに森の中を駆け抜け、気配を探る。

瘴気の溜まりそうな地形に辺りをつけて、二時間ほど待ってみても何の変化も無い。

外れの可能性を考え始めた頃、





世界が歓喜に震えた。





かなりの距離を開けているはずだが、間近で圧倒的な力の鼓動を感じているような錯覚に陥った。

大気が自らの意志を持って踊っているかのように鳴動している。

私は、無意識のうちに駆け出していた。

鳥肌が立つなんて、初めての経験だった。

気配を消すことも忘れ、力の中心点へと向かう。

そうして舞い踊る炎の群れを見つめた瞬間、私の心は静止した。

「なんて……美しいの」

圧倒的な熱量を内包した、神々しいほどに光り輝く朱金の炎が、一体の人狼を取り囲む。

その炎を発する一人の男が何事かを呟く。

それまで一定の距離を置いて舞っていた炎が九つの火柱になり、中心の妖魔に向かって殺到した。

森に響き渡るような獣の断末魔が、耳を打った。

炎が過ぎ去った後には、何も残っていなかった。

本来であれば、瘴気が充満しているはずの空間も、精霊術の恩恵で聖域と言っても過言ではないほど浄化されている。

「さて、仕事を終えたのはいいんだけど……そこで覗き見ているのはどちら様かな」

そうして振り向いたのは、顕現している炎と同じく、朱に金のメッシュの入った髪をした精悍な顔立ちをした男だった。

鍛えられているのは分かるが、それでも色白で線が細く、骨太さなどは感じられない。

派手な髪の色に対して、アクが無く穏やかで、どこか犬のような印象を抱かせる。

見るからに善人そうだった。それこそ、ころっと悪女にでも騙されかねないような。

それでも、男には目には映らない何かがあった。

私はそれに、完膚なきまでに魅了された。

まずい。これは……

「……惚れたわね」

「うん?」

思わず零れてしまった呟きに、男が首を傾げた。

「失礼。今なんて――」

「貴方が、天神紅熾?」

「ああ、そうだけど、そういう貴女は――」

「私は皇瑞樹。単刀直入に言うわ、天神紅熾。私と子供を作る気は無い?」

何か言う前に、一気に畳み掛ける。

こんな気持ちになるのは初めてだった。

何をしてでも、目の前にいる男を自分のものにしたい。

実際に天神紅熾を目にするまで、目的は実験のためでしかなかった。

だがこうして、その存在を肌で感じて、そんなものどうでもよくなった。

どうしようもなく、自分の女としての本能が疼いた。

この男と一緒にいたい。

この男と添い遂げたい。

そんな衝動が、心の奥深くから止め処なく溢れてくる。

ああ、そうか。

これが、恋か。

「皇瑞樹って、一年前に失踪したっていうあの?……っていうか子供?」

自分の気持ちの要因を考えていたところで、ようやく私の言葉が認識できたのだろう。

「やけに突然だね」

困ったような笑みを浮かべ、顔を赤くしている。

あれだけの力を持ちながら、こんな所で初心なのか。

だが、そんな落差もどうしようもなく愛らしく感じてしまう。

「そうね。でも、どんな物事も、始まりはいつも突然なのよ」

「深い意味があるようで、その実何の意味もなさそうな台詞だ」

「そうでもないわ。私は突然貴方に惚れて、貴方は突然……」

腰に挿した、愛刀を抜く。

「私のものになる」

剣と炎。

皇と天神。

退魔師と精霊術師。

互いの一族で天才と呼ばれるもの同士の、恋の駆け引きが始まった。















 ◆◇◆◇◆◇◆















「いや、だからね瑞樹」

「わかってるわよ。天神では、精霊術師としての力が発現しやすいように、神氣の色と呼べる精霊の種類で名前を決めるんでしょう。

 でもね、紅熾。産まれてからじゃないと分からないからといって名前を考えようともしないなんて、親として怠慢だと思うのよ、私は」

そろそろお腹も大きくなってきて、体つきでも子供を産む準備ができ始めたというのがわかるようになった。

紅熾に会ってから、早いものでもう半年になる。

一番最初の攻め方は、今考えれば大概無茶をしたものだと思う。

どこの世界に、求婚するのに殴りあいになる馬鹿がいるのだと呆れかえる。

でも、あの時はそんなこと考える余裕なんてなかった。

紅熾を私のものにしたいという衝動を抑え切れなかった。

結局あの場では決着がつかず、その日から私のストーカー生活が始まった。

ひたすら紅熾の後をつけ、勝手に屋敷に忍び込み、強引に床に潜り込んだこともあった。

このとき程、皇の技術に感謝したことはなかった。

加えて運が良かったというのもある。

今の時代、天神の一族は紅熾しかいない。

星の廻りが悪かったのだろうか。不幸が重なって、彼一人残して他は全て故人となったのだ。

喜んでいいことではないが、それでも私には都合が良かった。

だが1週間もして、多少自分を客観視できる程度には落ち着いたところで、こんなことする女に落ちるはずがないと気づいた。

そう認識した瞬間、私は本屋へと走った。

どうすれば私になびくかなんてさっぱり分からなかったから、恋愛アニュアルやら少女漫画やらを読み漁った。

それを実践してみても、どこか違和感があるのが自分でも分かった。

その違和感は、他者には一層滑稽だったらしい。

紅熾がお腹を抱えて笑い出していた。

その態度により私は奮起して、いつぞや聞いた琥珀の話を思い出した。

『殿方を落とすときは、まず胃袋からです』

ナイスよ、琥珀。

幸い、料理にはそれなりに自信があった。掃除は壊滅的だが。

忍び込んだときと同じ要領で天神の屋敷の調理場を占拠し、手料理を存分に振舞った。

これはかなり好印象だった。

最初の一口は恐る恐るだったが、すぐに顔に驚きの表情を貼り付けて美味しいと連呼してくれた。

とても満たされた気持ちになった。

そうして一ヶ月が過ぎた頃、ようやく紅熾が折れた。

『お付き合いしましょう』

聞いた瞬間押し倒したわ。

そうして、紅熾を連れてミッドへと戻ってきた。

「ねえ、聞いてる瑞樹?」

「聞いてるわよ。でも、これに関して妥協する気はないわよ」

出会った頃を思い出しながら、その間も長々と言い訳をする紅熾にそろそろこちらも我慢の限界が近い。

私の言葉に、大きな溜息をつく。

「あの皇瑞樹が、こんな女性だとは思いもしなかった」

「昔は多分噂通りの女だったわよ。変わったのは貴方に会ってから」

家族が今の私を見れば、とりあえず夢だと思うだろう。

それほど、今と昔の私は違う。

自分でも自覚している。

でも、私は今の私のほうが好きだ。

「まあ、そうだね。ちゃんと考えてあげないとね」

「諦めがついたの?」

「というよりも、そんな仕草されたらさ」

無意識の内にお腹を撫でていたようだ。

こんなところでも、自分が母親になろうとしているのを意識させられる。

「失礼します」

そう言って入ってくるのは、見慣れた露草。

「頼まれていたデータの分析は終わりました。一度目を通してください」

「早かったわね。もう少しかかると思っていたけれど」

端末を操作して、資料が送られてきているのを確認する。

そうして再び彼女を振り返れば、ひどく恐ろしい顔をしていた。

視線の先には、紅熾がいる。

「ここは、機密の多い研究機関です。関係者以外立ち入り禁止となっております。

 あなたに人としての良心があるのであれば、速やかにお引き取りください」

口調こそ丁寧だが、込められている感情は紛れもない嫌悪。

嫌悪を通り越して、憎悪といっても良いかもしれない。

またなの。

「いい加減にして頂戴、クーラ。紅熾は今回のプロジェクトにおいて、最も重要な遺伝子提供者。紛れもない関係者よ」

これも何度も言ったことだ。

「いや、いいんだよ瑞樹。俺が出て行くから。ごめんね仕事の邪魔して」

申し訳なさそうな笑顔を浮かべて、紅熾はすぐに部屋から出て行った。

その後姿を見送って、三度彼女に向き直る。

「クーラ」

怒りを込めて、その名を呼ぶ。

殺気もそれなりに篭ってしまっているだろう。

「認めません」

それでも、彼女は私を見つめ返してきた。

「認めません。絶対に、私は」

そう告げて、彼女も踵を返した。















 ◆◇◆◇◆◇◆















「……えっ?」

それは本当に突然だった。

ついに産まれた我が子を胸に抱き、紅熾と共に部屋へと戻る途中。

目の前で、彼が前のめりに倒れていく。

鼻につくのは、嗅ぎ慣れた濃い鉄の匂い。

「ようやく、この日が来ました。どんなに待ちわびたことか」

その先にいたのは、私の助手。

その瞳は、どうしようもなく濁っていた。

「胸糞悪いこの男を殺して、もう用のないあなたも排除する。最高にいい気分です」

何も気付けなかった。私も、紅熾も。

「ロストロギアを使いましたからね。どんなに貴方がたが優秀だろうと、反則技にはどうしようもないでしょう」

いや、気付いてはいた。

この小娘が、私達を嫌悪していることは。

「知っていますか、主任。私、あなたのこと大好きだったんですよ。それはもう心から。

 母のように男に媚びたりせず、男なんて醜い生き物を必要とせず生きていける。それを体現するあなたのことが。

 愛していたといっても過言ではありません」

足元に赤い水溜りが拡がってゆく。

「でも、あなたは堕落してしまった。そんな主任、私は見たくないんです。

 それで気付いたんですよ。無かったことにすればいいって」

腕の中で眠るわが子を抱きしめる。

「流石の主任も、そんな赤ん坊を抱えたままでは、満足に動けませんよね」

現状を理解できていない思考が、次の行動を選択させない。

「大丈夫ですよ。その子は私が責任を持って育ててあげます。優秀な魔導師になることでしょう」

そう言って、右手に持っていた小さな宝玉を掲げる。

混乱した思考のまま、覚悟を決めた。

だが、次の瞬間、その手が朱金の炎に包まれた。

「!? 紅熾っ!!」

腹部に開いた風穴を抑えながら、血の気を失い蒼白な顔で紅熾が立ち上がった。

顕現させた炎で、直接クーラの精神にのみ傷を負わせる。

言葉も漏らさず、彼女は苦悶の表情を浮かべて倒れ伏した。

「はぁ、くっ。逃げるよ、瑞樹」

喋るのも辛いはずなのに、私の手を引いてその場から去ろうとする。

「駄目よ動いちゃ!! じっとして、お願いだから!!」

「いいんだよ、多分もう助からない」

その言葉を心が必死に否定しようとするが、私の経験の全てがそれを肯定していた。

「瑞樹が守るんだ。この子を」

決して速いとは言えない速度で辿り着いた、トランスポーター。

「じゃあ、後のことは頼んだよ、アコンプリス」

『お任せください、紅熾様』

そう、私の髪を結う簪が答える。

初めて紅熾が私にプレゼントしてくれたもの。

慣れないミッドの技術で、手探りながらも作ってくれた簡易デバイス。

受け取った当初は、デバイスとしては見れたものではなかったので私が手を加えたが、それでも彼の気持ちは本当に嬉しかった。

「待っ――」

私が何か言う前に、転送装置はその役目を果たした。

目に映ったのは、覚えのある天神の屋敷。

『結界を張りました。まず見つかることはありません。ですから、今は思う存分……』

アコンプリスが何か言っているが、それを理解することもなく、私は泣いた。

声が嗄れるまで。

涙が枯れるまで。

私は初めて、大切なものを失った。





一晩泣き続け、わが子の声で呆けていた意識を取り戻した。

そうだ。

私にはこの子がいる。

まだ、大切なものがある。

まだ、失えないものがある。

まだ、守らなければならないものがある。

紅熾との約束だ。

それは、そのまま私の誓いになった。















 ◆◇◆◇◆◇◆















あれから七年。

正直、よく持った方だと思う。

でも、もう限界だろう。

先日、仕掛けていたサーチャーに反応があった。

このままでは、見つかるのも時間の問題だ。

あの子のリンカーコアに封印処置を施して、それから私が捕まって目を逸らすことに決めた。

「私がいなくなった後は、お願いね、アコンプリス」

『はい。瑞樹様も決して無茶はしないでください』

「どうかしらね。やっぱり、あの子を守るのが一番だから、私のことは二の次よ」

『それでもです。私の主でしょう』

「ええ、そうよ相棒。だから私も期待しているのよ、共犯者(アコンプリス)。

 私達のまだまだ小さな、黒き煉獄をよろしく」

そろそろ、あの子が帰ってくる。

今からしなければならないことを考えると、震えが止まらない。

リンカーコアを活性化状態にしなければ、封印はできない。

いままで、魔法のことは何も教えてこなかった。

だから、命の危険に晒して、強引にコアの目を覚まさせる。

玄関の戸が開く気配がした。

さあ、皇瑞樹。覚悟を決めろ。

「愛しているわよ、黒煉」















to be continued the next episode “KARA NO SHONEN”
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